第2話 時をかける少女・神菜実
数日後、タクミは何気なく普通に登校してきた。
当然のように周りからは質問責めにあっていた。あっていたが、冗談交じりに全てかわしていた。タクミは話も面白いらしく、休み時間の度にタクミの席の周りから笑い声が聞こえていた。
今まで言及しなかったが、タクミはそこそこルックスもいい。今まであえて言及しなかったけどね。それに基本的にニコニコしていて人当たりがいい。まぁそれを考えれば、「社交性」「協調性」というアビリティを欠いているオレより、すでにクラスにとけ込んでいるのも合点がいくというものだ。いや、とけ込んでるなんてものじゃないな、完全に人気者だ。あの変な能力のせいか、なんだか現実離れした雰囲気を醸し出しているし。その雰囲気にあてられてる女子もいるようだ。授業中ポカ~ンと視線を送っているのがクラスの最後尾のオレの席からはもろバレなのだ。
だが、タクミはオレになついているらしく、事あるごとに、何もなくてもオレの席にやって来る。話しているうちに家が近い事もわかり、登下校を一緒にことになったらしいよ……。
なんやかんやあったが、一週間もすればクラスの内でのタクミの新鮮さも薄れ、タクミとの登下校もなんだか当たり前の日常として定着した。そして今日も今日とてオレはタクミと登校する。基本的にタクミが喋り、オレが適当に相槌を打つ。タクミ曰くオレは聞き上手らしく、話しやすいらしい。「んん」とか「そうだな」くらいの返事しかしてないはずだから、単にタクミが話し上手なだけだろうとオレは思っているが。
適当な雑談をしているうちに教室に着く。いつもの事だ。タクミが教室に入り、オレも続いて教室に入る。今日はまさにこの一歩からいつも通りではなくなった。
オレが足を踏み入れた教室に、先に入ったはずのタクミはいなかった。タクミだけではなく、いつもならクラスの半分くらいがすでに登校し、教室内はざわざわしているはずだが、誰一人いない。何よりいつもと違うのは教室の窓の外は真っ暗で教室の灯りも月明かりのみという何とも風流で、オレの時計が午前八時半を表示していなければ一句詠めそうな状況であった。慌てて教室を出ると、そこにはいつも通りの午前八時半の一年八組の前の廊下だった。廊下から教室をのぞくとちゃんとタクミもその他のクラスメートもいる。今入って行った奴だって教室の中にちゃんと入ってる。当たり前だが、何故オレはその当たり前が出来なかった?
「……とりあえず、もう一度入ってみるか……」
意を決してもう一度教室に入ってみる。結果はまったく同じ。真っ暗で誰もいない教室だった。オーライ、どうやらオレがまともに教室に入れないのは間違いないらしい。さてどうしたものかと教室を見渡すと、どうしてさっき気付かなかったのかと不思議なくらい、デカデカと黒板に文字が書かれていた。
「午前参時まで待て!」
教室の時計を見るとこの教室で言うところの現在二時半。窓の外の様子からするとおそらく午前だな。とりあえずタクミに相談してみるか。一旦教室から八時半の廊下に出た。ちょうどクラスに入ろうとしてる女子に「タクミ呼んで来てくれない?」と頼むと、明らかに「何故自分で行かないの?」と言いたげな渋い顔をしつつ、呼びに行ってくれた。
「どうしたの? 教室に入ったら、後ろにいたはずのメアテがいないからトイレでも行ったのかと思ったんだけど?」
オレは一通りタクミに事情を話した。
「どうしようタクミ……、オレこのままじゃ……遅刻する。」
「……タクミ、意外と混乱してるね。」
そうかもしれない。遅刻とか言ってる場合じゃないわ。何言ってんだオレ。自分では冷静に状況を把握してるつもりだったが、そうでもないらしい。
「まぁ、なんにしても午前参時まで待つしかないんじゃない?」
「え~……」
「そう言ったって、僕は普通に教室入れるし。手の出しようがないよ。夢に引きずり込む能力だって、この場合別に意味ないし。あ、僕遅刻しちゃうんで。」
そう言ってタクミは手を振って教室に入って行ってしまった。オレは三度深夜の教室へ入った。気持ち悪いから黒板の字は消しとこう。消しながら、参時になると何があるんだろうなんて事をぼんやり考え、消し終えた後、とりあえず自分の席に座った。ただ待ってる三十分は意外と長いな。
コツコツコツ……
足音?誰か来る。おそらく黒板にアレを書いた張本人が来るのだろう。心臓の音が早くなって来た。ドクンドクンとうるさいくらいだ。足音はクラスの扉の前で止まった。
ガラガラ……
扉が開いたそこには、小柄な女子が立っていた。暗くて顔はよく見えないが、制服を着てるし、この学校の生徒だな。
「あ、ちゃんといてくれた~。嬉し~。」
小柄な体格にピッタリの可愛らしくて明るい声だ。語尾を伸ばすような奴は、チャラいか、おっとりし過ぎてるかでどっちも苦手なんだが、こいつはそのどっちでもないようだ。
真っ暗な教室でこいつの声は浮いてるな。
「いたけど? この状況はお前がやった事なのか? てか、お前は誰だ?」
「え~? ひっどいなぁ~。クラスメートだよぉ?」
あぁ、そんな予感はしてたが、やっぱりクラスメートか。そういやクラスメートの名前なんてほとんど覚えてない……。小中学校と違って班単位の行動とか少ないから覚えようとしないとあんまり覚えられないんだよな。ま、言い訳だ。オレの記憶力が悪い。あと社交性だな。その二つを兼ね備えてるタクミはもう結構クラスメートの名前を覚えてるし。
「そりゃすまん。で、誰?」
「神菜実。クラスメートの名前位憶えといた方がいいよ~、もっとクラスの人と話したりしなきゃ。」
「その忠告は真摯に受け止めるよ。ショートカットの小柄な女子が『神菜実』だな」
「うわ、メモった~。今覚える気がないって事? ひっどいな~」
「笑ってなくていいから、最初の方の質問に早く答えてもらえるか?」
「最初の方って、『君が朝教室に入ろうとしたら深夜の教室に来ちゃうように私がしちゃってごめんなさ~い』って話の方?」
「やっぱお前か! なんでこんな事してんだ? いや、理由より先にどうやってこんなことやってんだ?」
「どうやってこんな事をやったか! 答え! そういう能力があるから!」
あれ、似たような話をどっかで聞いたか?
「私ねぇ、好きな場所に時間移動の入り口を創れるんだよぉ。しかも誰を時間移動させるか限定したりできるんだぁ。今回は一村君だけが時間移動しちゃうように教室の入り口に六時間前へ時間移動する入り口を張り付けたの。合点していただけたでしょうか?」
「何、その談志のモノマネ流行ってんの?」
「志の輔だよぉ~。え、他にも誰かやってたの? その人と友達になれるかも!」
「つい最近タクミがやってたんだよ。友達になってあげて」
「え、切妻君? 凄ぉい、どうしてこんな事をやったかの答えだよそれぇ!」
「はぁ? タクミがやれって言ったのか?」
「違う違う、切妻君が原因だけどそうじゃないのぉ! あのね、タクミ君って最近学校に来るようになったでしょ? なんでかなぁ~? って思ってたんだけど、様子を見てたらどうやら一村君が原因みたいだからさぁ」
「それだけ? じゃあ普通に聞けばいいじゃねぇかよ。なんでこんなめんどくさい呼び出しすんだよ? オレ遅刻するかと思ったぞ! それに黒板の文字とかメチャメチャ怖かったんだぞ!」
「あははは、ごめ~ん。黒板の文字はちょっとしたイタズラ心で。こんな呼び出しをしたのはねぇ、あ、てか遅刻って。ははははは」
「いいよ笑わなくて! 呼び出した方の理由を言えよ」
「あ~、もう一村君て面白いねぇ~。ちょっと涙出そうになったよぉ。で、本題なんだけど、切妻君ってさぁ、私みたいな変な力持ってたりするんじゃない?」
「で、」から急に顔つきも目つきも語り口も変わり、雰囲気も一気にこの暗い教室にとけ込んだ。否応なく真面目に聞かなきゃいけない空気になった。こいつ、凄いな……。
「あぁ、似てるかどうかはわからないけど、変な力は持ってるよ」
あれ、これって本人の許可なく言っても良かったのかな?アイツは気にしない気もするけど、個人情報の保護が叫ばれる昨今だしな。まぁ、でも状況が状況だしな。それにもう言っちゃったし。
「やっぱり」
「なんでわかったの?」
「ん~、まぁ勘かな。後は同じように変な力を持ってる同士だから感じる空気感みたいなのかな。あるんだよそういうのが。それと、女の勘」
どうやら「勘」と「女の勘」は別カウントらしい。
「で、それが確認出来たらどうするんだ?ていうか、オレじゃなくタクミを呼べばよかったんじゃないのか?」
「切妻君が怖い力持ってたらアウトじゃない。私一応女の子だし」
「オレならいいのかよ?」
「君は何の能力も持ってる感じしなかったしね」
「なるほどね。で、お前が確認したい事は確認できたわけだろ?それでどうするんだよ?」
「もう一つ確認。切妻君は本当は怖い人だったりしないよね?」
「それは変な力で、変なことしないかって事か? 大丈夫だ、オレと二人の時も、クラスにいる時と何も変わらない」
「よかった。じゃあ今日の放課後ちょっと二人につきあって欲しいところがあるの」
「ほう、オレもタクミも帰宅部だし、スケジュール的になんの問題もないが、一体どこに?」
「うん、私んちの近所にマッド・サイエンティストが住んでるから、そこに」
「おぉ! マッド・サイエンティストつったか今? お前マッド・サイエンティストなんてそんじょそこらの近所にいるわけねぇだろ! マッド・サイエンティストってのは人っ子一人いないような、山奥とか、岩山の洞窟とかに研究所を構えてるもんだろ!」
「一村君、ドクター・ゲロだけがマッド・サイエンティストじゃないんだよ。ていうかそんなのフィクションの世界の話じゃない。実際はマッド・サイエンティストだって普通に生活するし、普通のとこに住んでるもんだよ」
「いや、まぁ言われてみればそうかもしれないけど、マッド・サイエンティストって言葉がなぁ……」
「しょうがないよ、実際、自他ともに認めるマッド・サイエンティストなんだから」
「自も認めてんのかよ?」
「そ。で、その人がこういう変な力に一言持ってるから、君たちにも聞いてもらおうと思って」
「わかった。じゃあ放課後な。で、放課後まであと十二時間以上あるんだが、戻してくれるんだよな? もうここの時計で三時過ぎてるってことは六時間前に繋がってるそこの入り口をくぐるとオレは遅刻しちゃうんだが?」
「また遅刻の事言ってる~。一村君って意外と真面目なんだね~」
本題の話が終わったらまた元の感じに戻った。切り替えが早いな。女子ってのはみんなこんなもんか?
「笑ってなくていいから」
「ハハハ、ごめんごめん。じゃあそこの掃除用具箱に入ってよ。そんで私が合図したら出て来ていいよ~」
「はぁ? なんでそんな事しなきゃいけないんだよ? そこの入り口の移動する時間をちょっと調節すればいいだけだろ? 出来るんだろそれくらい?もしくは他に入り口創ればいいだけだろ?」
「は~い、つまんない質問はすべて却下しまぁす。それともこのまま朝まで待ちますか~?」
ぐっ……、さすがにそれは避けたい。
「わかったよ、入ればいいんだろ?」
「そうそぉ、入ればいいの。ちゃんと遅刻しないようにしてあげるからさ」
掃除用具箱は掃除用具が入っているだけあって、狭い。それに埃臭い。
「お~い、早くしてくれ~」
「はいは~い、い~まやってま~すよ~」
鼻歌交じりに返事しつつも、神菜は掃除用具箱の入り口に何かしているようだった。
「はい、いいよぉ出て来て~、また後でね~」
ふぅ、やっとか。さっさとここから出よう。一時間目は古文だったかな。
ガチャ
扉を開けた先には、もちろん教室。だが、なぜか授業中?
そりゃあみんなこっち向くよな! 先生だって見てるよ!
全員言葉失ってるよ! そしてその後クラス中大爆笑……。あぁもうオレはこういうのが一番苦手なんだよ……。出来るだけ目立ったりしたくないんだよ。ただでさえ最近、人気者のタクミとよくつるんでるから無駄に目立っちゃってるのに。そして教室の時計を見ると、
「昼過ぎっ?」
どうりで英語の須川先生が教壇に立ってると思ったよ。
クラス中から「お前いつからいたんだよ?」「マジかよ! ありえねぇー!」「え~そんなことする人だったんだ~」「やべぇ~腹いてぇ~!」というような声が飛び交っている中、小柄でショートカットの女子が一人後ろも向かずに、体を丸めてプルプル震えていた。
神菜だ。後ろ姿でも一発で分かった、神菜が笑いを堪えているのが一発で分かった。笑う理由はみんなとは違うだろうが。