第10話 離れ離れの世界・世界
ん?……んんん?
あぁ……、そうかそうか、夢かまた。
道理でどうりで、朝の通勤通学時間に人っ子一人いないわけだ。またタクミの仕業かもしれないな。
この状況を、またタクミの夢に取り込まれただけ、もしくは単純に自分が見ている夢なのだろうと考えた時、オレはある事に気付く。
「夢……、じゃないのか。もしかして」
『夢』とは決定的に違う。正確にはタクミの夢に取り込まれた時の、『あの夢』と決定的に違う。状況はよく似ているが違う。
あの、どこか薄っぺらいような、
非現実的な、
そこにあるのに無いかのような、
見えているのに、影も形もないような、
まるで夢のような感じがしない。そこら中に見えている建物も電柱も道路もバリバリの現実感を放っていて、これが夢だなんてとても思えない。でも、現実だとも思えない。
「タクミの能力がパワーアップして、よりリアルな夢を作れるようになったって事か?かもしれない。だとすると、タクミはどこだ?」
悩んだり、タクミを探したりしている内に、いつの間にかオレの周りには通勤通学をする人が大勢いた。いつもの朝の状況に戻っていた。
「夢……、じゃなかったのか?」
オレの体内時計を信じたとして、およそ三分程の夢のような夢ではない世界は現実と入れ替わった。
「え、僕じゃないよ?」
朝の出来事をタクミに問いただしてみた結果、タクミから帰って来た答えがそれだった。
「お前じゃないとしたらいったい誰だよ?」
「知らないよ。新手のオルタナなんじゃないの?」
こいつのオルタナに対する危機感は低すぎる、やんわりとした微笑みで「知らない」と言われてしまった。「新手のオルタナ」の可能性を示唆されてしまった。
「確かに、オレもそれはなんとなく感じてたよ。お前の夢の世界とはどこか違う感じだったからな。でも、一応聞いてみただけだ。」
「ふ~ん。ま、とりあえずそういう事なら創さんの所行ってみようか。それが僕らの、ってかオルタナのセオリーでしょ?」
オレもそうしようと思っていた所だ。
放課後、神菜が創さんの家に着いたオレ達を出迎えた。
「遅かったねぇ~、待ちくたびれちゃうとこだったよぉ」
「遅くねぇよ、なんでお前がオレ達の事を待ちわびてんだ?」
「待ちわびてなんかいないよぉ、待ってただけ。二人の話を盗み聞きしてたからねぇ。先に来て待ってたんだよぉ」
「そうかい、ま、オルタナ絡みだし、お前にも聞いといてもらうか」
そう言って、いつも通り(と言ってもいつもの出迎えはマミだが)、中に通され、出されたお茶をすすり、一息ついて本題の話をする。
今日オレが体験した事をだ。
話し終えると、創さんが口を開いた。
「タクミ君の様な、夢とは違ったのよね?」
「はい、ちゃんと現実味のある世界でした」
「神菜ちゃんの様な、未来とか過去みたいって事は無い?」
「違うと思います。未来と言うには現在と全く変わらないし、近い将来に人が全くいなくなるなんて」
「じゃあ、オショロさんの様な、異界って事は?」
「それも無い気がします。今生きてる世界そのものって感じでしたから」
現実でも、夢でも、未来でも過去でも、異界でもない。
オレが迷い込んだのは、一体どこの不思議な国なんだ?
創さんは少し考えた後、席を立ち、何やらファイルを持って戻ってきた。
「なんですそれ?」
「これは世界の神隠しや、行方不明者の情報をまとめたファイルなの。昔からあるそう言った現象がオルタナなんじゃないかと研究してる仲間がいて、そのデータを少しもらったの。その彼の研究室にはもっと膨大な資料があるわ。これはその抜粋ね」
「じゃあイッチーは神隠しにあったって事ぉ?」
「分からないけど、そうかもしれないってだけの話ね、今のところ」
「でも、オレはすぐに戻ってきましたよ?現にこうしてここにいられてる」
「えぇ、だから今はまだ可能性の話。みんなも神隠しの事はなんとなくわかる?」
「八幡の藪知らずとかぁ?」
「僕もそれ知ってる。後は、昔のイギリスだかどこだかの山岳部隊が山小屋で一晩過ごしている内に全員消えたとか」
「あ、あの私も本で読みました。バミューダ? トライアングルでしたっけ?」
やばい、みんな意外と知っている。神隠しについての知識を披露していないのはオレだけになってしまった。オレは二択の中から、ジブリじゃない方を選んで発表した。
「『大長編ドラえもん のび太の日本誕生』の中でも確か色んな事例が紹介されてましたよね?」
どうやら選択は間違っていたらしい。場の空気が重くなった。やはり余計な事は言わないに限る。ただ、ジブリの方を選んで、「千と千尋の神隠し!」と言ったところでやはり結果は同じだったろう。どちらにしてもこのサウンドノベルは殺戮コース行きだったのだ。ならばやはり沈黙という選択が一番だったのだろう。
創さんはオレの発言をスルーしてくれた。正直助かります。
「うん、みんなが言ったような事がこのファイルには書いてあるわ」
創さんが開いたファイルには、神隠し関連の情報がビッシリだった。
「このファイルは特にそういう情報に焦点を当ててまとめてあるんだけど、神隠しにはよくおこる場所というのがあるの。さっき実ちゃんが言っていた八幡の藪知らずとか、バミューダトライアングルとかね。このファイルを貸してくれた友達は、そこに注目して、ある仮説を立てたの」
神隠し
オルタナ
場所
仮説
およそ、この全てを内包した話など、オレの想像の範疇では思いつかない。
「みんな、サブリミナルって知ってる?」
全員が急な話の転換に少し戸惑いを見せた。創さんの友達の、おそらく創さんと同じくマッドサイ・エンティストなのだろうその人が立てた仮説を発表するんじゃなかったのか?
「知ってますよ。あの、映画のとかで、認識できないくらい一瞬、コーラの映像を挟みこんだら、無意識にコーラが飲みたくなるとかってそういう話ですよね?」
オレの答えに他の三人も、「そう、それそれ」と言う表情を浮かべている。同時に「で、それがどうしたの?」と言う表情で創さんを見ている。
「そう、それね。無意識のうちに刷り込まれる事で、無意識にそれを欲してしまう。まさにそれ。それがサブリミナル。友達の仮説と言うのは、神隠しもサブリミナルなんじゃないかって事なの」
全員が、「意味がわからない」と言った表情をしている。しかし、言葉を挟めないでいる。何をどう聞いたものか分からないのだ。創さんの次の言葉を待つのが一番いい。
「え~っとね、ごめんね私ただでさえ説明下手で、その上、友達の聞きかじりだから」
「いいですよ。とりあえず最後まで説明おねがいします」
「でね、つまり、神隠しっていうのは、気づけないほどの一瞬、無意識のうちに起こってるんじゃないかって事なの」
「えっ」と言ったのはタクミと神菜だった。二人は今の創さんの言った事に何か思うところがあるみたいだ。この話を聞いたのはオレも二人も初めてのはずなんだが。
「じゃあ、創さん、僕がこの前相談した事も」
「えぇ、タクミ君や実ちゃんが感じていた事がまさにそれなんだと思うわ。それで私は友達が以前言っていた仮説を思い出して、資料を借りていたの」
「ちょっと待って。なに? 全然話が見えねぇんだけど、二人は、なんかあんの?」
「ごめんイッチー。別に内緒にしてたわけじゃないんだよ……」
「そう、まだ気のせいかもって位にしか感じてなかったから。オルタナ絡みとも特に思ってなくてさ。一応創さんには話してみました程度の話なんだ」
「だから何がだよ?」
「落ち着けって、今話すから。最初いつ気付いたの覚えてないくらいなんとなく感じ始めたんだけど、そうだなぁ、覚えてるので言えば体育の時かな。サッカーをやってて、フッとさ、周りに誰もいないような感じがしたんだよ。本当に一瞬だけね。気づけないくらい一瞬だからほとんど気づいてないんだけど、そんな感じがしたような気がした覚えが無くもない前世の記憶がありそうだなって位曖昧で実感ないくらいなんだよ。そういうことがたまにあるんだ」
「私もそんな感じかなぁ。実感するって言えないくらい実感はしてないんだけど」
二人とも必要以上にお茶を濁すな。
「要するに、気のせいかもってことか?」
「そうそう! そっかそれを言えばよかったのか。説明するのに言葉を尽くせばいいってわけじゃないっていう好例だね。僕のクラスのどっかの英語担当教師に聞かせたいよ」
「どっかのって、鵡川ティーしかオンリーだろ。まぁ、大体わかったよ。ということは、二人には徐々にその神隠しが刷り込まれてるって事ですか?」
「かもしれない……、としか言えないんだけど」
なるほど、どうりで二人の顔も険しいわけだ。
「で、その神隠しが刷り込まれるとどうなるんですか?」
「うん、神隠しが刷り込まれるというより、神隠しで行った世界、タクミ君に言うところの誰もいないような感じのする世界、それが刷り込まれるって事なんだけど。その世界が刷り込まれると、さっきのコーラの例みたいに、無意識にその世界を求めるようになる」
話が少し見えてきた。
無意識に別の世界を求める。誰もいない世界を。
「無意識にその世界を求めるとどうなるんです?」
「この世界から消えて、その世界に行く。これが友達の立てた神隠しの正体の仮説」
無意識に刷り込まれ、無意識に求め、その世界に行ってしまう。
それが神隠し。
それがオルタナ。この世界の。
タクミと神菜の顔は既に険しいを通り越して、青くなっている。そりゃそうだろうな。二人は今、順調に一人ぼっちの世界へ向かっているようなもんだ。たった今も神隠し進行中と言ってほぼ間違いないような状況だ。
「あ、で、場所がどうとかって」
「そう、そのよく神隠しが発生する場所っていうのは、そのサブリミナルの間隔が短い、と言って正しいのか分からないけど、タクミ君達が感じる周りに誰もいないような感覚、それがとても頻繁に起こる場所だというのが友達の仮説。つまり、普通の場所よりも刷り込みが早くて、その分早く無意識にその世界を求めるようになって、その世界に行ってしまう。だから神隠しが頻繁に起こる。って言う事なの」
繋がらないと思っていた事が、繋がった。
「世界サブリミナル」
「え?」説明が終わったと思って気を抜いていたかもしれない。創さんが言った事を聞きとれなかった。いや、聞きとれたが、聞き慣れない言葉のせいで何を言っているのか分からなかっただけか。
「世界サブリミナル神隠しの事を友達はそう呼んでるの。」
そのまんまと言えばそのまんまで、まぁ分かりやすくていいネーミングなのかもしれないが、「なんだかなぁ」という思いも適度に含んでいる感じだ。
「神隠しがよくおこる場所、そのサブリミナル効果が高い場所っていうのはあるんだけど、なにもサブリミナルはそこだけで起こってるんじゃないの。タクミ君や実ちゃんみたいに普通に生活しているそこここに、どこにでも、世界中でサブリミナルは発生しているの。だから世界サブリミナル。こうしている今も、気づかないだけで、ほんの一瞬私やメアテ君、マミちゃんもそっちの世界に行ってるのかもしれない。そっちの世界を刷り込まれてるのかもしれないわ。」
マミは、一気に青ざめ、泣きだしそうな顔をしてその場にへたり込んでしまった。
でも、オレは……。
「それで、友達の仮説の結論なんだけど、世界中でサブリミナルが発生していて、少しずつではあるけれど世界中の人にそっちの世界が刷り込まれて、そっちの世界を無意識に求めた時、この世界からは誰もいなくなる。世界中全員が、神隠しにあう。世界中の全員が、それぞれ一人ぼっちの世界に行く。それが……、結論だって……」
…………。
沈黙。
まさに沈黙。
読んで字のごとく沈黙。
全員が「沈」んで「黙」っている。
沈みきっていて、黙らないではいられない。
最初に聞いた「オルタナ」という言葉。今オレ達が持っている世界や価値観を破綻させ、取って代わる、理由もないただの「そういう事」。
でも、このオルタナはそんな生易しい事ではなく、まさにそのまま世界を破綻させる。世界に取って代わる。
この世界が、この世界自身で。
何故って?理由は無い。オレ達は受け入れるしかない。たとえ受け入れられなくて、潰れようが破裂しようが、オレ達は常に受け入れる側でしかいられない。
ただ「そういう事」を。
「あれ、でも今の話って、今朝のオレがした体験と似てるようで微妙に違うんじゃないですか?オレは約三分ほどそっちの世界に行っていた、でもタクミ達の体験してる世界サブリミナルってやつは、気づけないほど一瞬なんでしょ?」
そうやって無意識に刷り込まれるのがサブリミナル効果ってやつだったはずだ。三分もそっちに飛ばされたら、無意識になんて刷り込まれない。
「うん、メアテ君そもそも、なんでタクミ君や実ちゃんは、私たちが気づけないような一瞬に気付けたんだと思う?」
「え、それはオレの質問になんか関係があるんですか? ……わかりませんけど」
「仮定の話なんだけど、タクミ君は夢の世界、実ちゃんは未来や過去の世界、そういうこの世界とは別の世界を知っているからだと思うの。だからそういう別の世界に関して敏感になっているんだと思うわ。あくまで仮定の話ね」
「という事は、もしかして異界を知ってるオショロさんも?」
「感じてるかも知れないわね。それでね、メアテ君。君は……」
「どの世界も知っている。夢の世界も、過去の世界も、異界も、全部……」
創さんは小さく頷いた。
「だから、みんなより敏感、というよりもっと強くかもしれないわ。そっちの世界に引っ張られているのかも知れない。かなり……、強引に……」
また、沈黙だ。
と思ったが、沈黙じゃない!
周りに誰もいない。創さんも、タクミも、神菜も、マミも、突然創さんの部屋にオレ一人だ。
「おぉっ? ……話してるそばから」
どうやら今話していた一人ぼっちの世界に引っ張られたみたいだ。
「前が三分くらいだった。今回もそれくらいで戻れるのか?」
分からないが、とりあえずこのままここにいるよりは、外に出てこの世界を調べてみた方が何かと有益だろう。
我ながら冷静だ。今の今までこの世界について聞かされていたせいかもしれないな。
創さんの家から出ても、やはり誰もいない。
「まぁ、この辺は住宅街だし、もとからそんなに人通りは多くないしな。」
それにしたって気配すらしないんだが、そこは自分自身に対して黙殺を決め込む事にしよう。
住宅街を出て、少し大きな通りに出てみるが、それでも人は誰もいない。車だって走っていない。
「確かにこれは一人ぼっちだな」
世界サブリミナルが進むと、世界中の人がそれぞれこういう状況に陥るのか。それは多分、老若男女関係なく一人一人が。妹も弟ももれなく一人になるんだろうと考えたあたりで、ようやくオレはぞっとし始めた。
「あいつらを一人にする訳にゃいかねぇぞ……。すぐ死んじまうぞ。」
原因を探ろう。なんとか戻る方法を探そう。
でも、どこをだ? 基本的にオレ以外誰もいない事をのぞいて、元の世界と何一つ変わらない世界だ。探そうとしたってどこを探そうというあたりも付けられない。
でも、走る。とりあえず街中を走りまわる。
走り回って、小さな路地に入った時、人がいた。
「あの、すいません……」
話しかけた瞬間、後ろの道路を走る車の音が聞こえた。振り向くと、通りを歩く人達も、いつもと変わらずそこにいた。
戻った。今度は小一時間行っていたみたいだ。少しずつ時間が延びている。
「兄ちゃん、何か用か?」
「あ、いえ、すいません……、なんでもないです」
創さんの家に戻ろう。
走り回っていたので意外と遠くに来ていたみたいだ。創さんの家まで結構時間がかかった。
「戻りました。」
そう言って、、創さんの家のドアを開けると、中からドタバタと音がして、みんなが出迎えに来てくれた。みんな幽霊でも見たような、安心したような、そんな顔でオレを見ていた。マミにいたっては泣いている。
「メアテ君!」という創さんの一言からは質問責めだった。
オレは今までの状況をを説明して、最終的に、戻る方法が分かったわけではなく、ただなんとなくいつの間にか戻って来ていただけという事を話した。しかも、向こうにいる時間が前より伸びている事、このまま行くと完全に向こうから戻れなくなるんじゃないか? というオレの予想も発表した。みんなはオレ以上に絶望的な顔をしていた。マミは既に声を出して泣いている。こういう時っていうのは、意外と当事者よりも周りの人の方がこうなるものなのかもしれないな。オレは自分の事だって言うのに何だか第三者的な、なんというか、諦めに似た、そんな気分だった。「みんなはどうしてこんな感じになっているんだろう?」とさえ思った。麻痺してんのかなオレ。
聞けば、みんなはみんなでオレがいきなりこの場所から消えた事で相当焦ったそうだ。周りを探しまわったりしてくれたそうだ。まぁ、それは世界サブリミナルの話を考えればあまり意味のない事だと気づいて、すぐに戻ったらしい。そういう事を考えれば、オレが戻ってからのリアクションも当然かもしれないな。
結局その日、結論は出ずに解散となった。
いや、正確には結論は出た。最悪の結論が。
「世界サブリミナルを防ぐ方法は無い。無意識だから」
「一人ぼっちの世界に行ったら戻る方法は無い」
「オレことメアテはみんなより早めにそっちの世界に行くかもしれない」
救いが無い。こんな結論は誰も認めたくないし、受け入れられない。もとより誰も口に出しさえしない結論だった。でも、誰もが確実に実感している結論だ。
家に帰って、夕飯を食べて、風呂に入って、ベッドに入る。
いつも通り。
いつもと変わらない日常もいつまで享受できるかわからないと寂しくなる。大事にしようなんて事を思う。さっきまで、他人事のように思っていた事を急に深刻に考えてしまう。やはり夜っていうのはよくないな。よくない事をよくない方に考えるからよくないんだ。そういう時はさっさと寝るに限るんだが、よくない事を考えている時はなかなか眠れない。
そりゃあ眠れないさ。
朝起きたら、オレは一人かもしれないんだ。
いや、下手したらオレはもう一人かもしれない。部屋にはオレ一人なんだからそれは分からない。
家族の立てる物音が嬉しい。
そうは言っても寝てしまうものは寝てしまう。
朝、目が覚めてすぐに思う。
「そうか、一人か」
朝の、いつもの妹達のドタバタする音が聞こえない。茶の間に行っても誰もいないし、勿論朝ごはんも用意されてはいない。家族は誰もいない。おそらく、家族だけでなく、他に誰も。
冷蔵庫にあったものを適当に食べ、とりあえず学校に行く事にする。どうなってるのかは知らないが、どうやら電気は来ているらしいし、水も出る。ガスも来てるようだが、バス停で待っててもバスは来ないんだな。気づいたのは、いつもの時間にバスが来ない事に気付いた時だった。間抜けにも誰もいないバス停で「あっ」とか言っちまった。まだ頭が目覚めてないらしい。
「まぁ、歩ける距離だしな」
それに遅刻も無い。行ったところで何もないがとりあえず行ってみるだけだ。
行ったところでやはり誰もいなかった。
なんだか感じる。今回は完全にこっちに来たんじゃないかと。
全体までのお試し期間の様な感じがしない。事実、もう既に三時間は一人ぼっちだ。
もしずっとこのままなら?と考え、とりあえずこの状態で生きる方法を考えて色々試すことにした。
スーパーやコンビニなど、とりあえず、飯のありそうなところはチェックした。それがいつまでもつかは分からないが。
時報に電話もした。
人間以外の生き物がいる事も確認した。これでいざとなったら取って食べればいい。熊とか降りてきたらどうしようかな。
電機メーカーのお客様相談センターにも電話した。
寝るところは家に帰ればいい。
知り合いの家に電話をかけて留守電の声も聞いた。あと、人の声が聞けるのはどこだったかな。とりあえず、人の声が聞きたい。あぁ、でも生の声で無くていいならDVDでも見ればいいか。
ひとまず生活に必要な食糧及び暇つぶしを確保して、家に戻ることにした。何でもタダで手に入るってのは、それはそれでありがたいな。
夜になり、外の電灯がついた。どうなってるんだろうな一体。一人ぼっちではあるが、オレが生活に困らないくらいのものは供給されてくる。この世界はそれくらいの気を使ってくれるって事なのか?
どんなに不思議でも、ただの「そういう事」が信条のオルタナだ。深く考えるのは無意味なんだろうな。オレはそれを受け入れてさえいればいいんだ。それが強制的であっても。受け入れる。
一晩寝て、それなりに吹っ切れた。多少期待していた「朝起きたら戻ってる」という展開も起こらなかった事だしな。
二晩寝て、相当諦めがついだ。とりあえず、今のところだが、生活は出来てる。
一週間、完全に諦め、もうこの状態で生きていく事を受け入れた。この世界を楽しもうと思い始めた。
とりあえず、欲しかった物をあらかた手に入れた。
普段は入れない所にも入ったりしてみた。
夜の校舎の窓ガラスも壊して回ってみた。警報装置が作動して、ジリリリリとうるさかったので、警備室の機械も壊して止めた。
一人で出来る事なら、何でも出来る。
何でも出来るじゃないか。
いやな事はしなくていい。
オレって結構一人好きな性格だし。
誰かといるのが煩わしいって思うことだってあるしな。
わりと理想的な生活かもしれないぜ?
何をしたって誰に怒られる心配無いんだぜ?
「つまんねぇよ!」
窓ガラスの壊れまくった学校のグランドの真ん中で大の字に寝転んで叫んだ。
「ぁぁ……、つまんねぇ」
二言目は声にもならないような、ため息を漏らすような声が出た。
つまんないさ。
だって、なにをしてもいいんだぜ?
何をしたって誰にも怒られる心配無いんだぜ?
「つまんねぇよなぁ……、おい」
独り言だ。史上最大の独り言。誰も聞く人がいない。
手に入る物を手に入れても、壊していい物を壊しても、そんなのはつまんないんだよ。
今は子供のおもちゃで、「壊していいおもちゃ」「壊すためのおもちゃ」なんていう物があるとかテレビでやってたな。全然的外れな商品だよ。そんなおもちゃ、子供は絶対楽しまねぇよ。壊しちゃいけないものを壊すから面白いんだよ。ワクワクするんだよ。ぞくぞくするんだよ。
誰もいないたった一人ぽっちのこの世界だってそうだ。わかってねぇよ。こんな世界は全然面白くないんだ。
誰かいるから一人になりたいんだ。
誰かといる時間があるから、一人の時間もあるんだ。
誰もいなきゃ一人になりたいなんて思わねぇよ。
ここは理想の世界なんかじゃねぇよ。
理想の世界だったら、オレが今泣きそうになってるのは何でだよ?
オレ泣きそうだよ?
寂しくて泣いちゃうよオレ?
「寂しぃ~……」って洩らしちゃうよ?
「出してくれ!」って言っちゃうよオレ?どこにも閉じ込められてない、どころか、かなり開けた場所にいるのに言っちゃいそうだよ?
「帰りてぇし、帰りてぇし、帰りてぇし、帰りてぇし、帰りてぇよ。」
潜在的に、無意識にどころか、心の底から、足の先まで「帰りたい」と思った。
元の世界を願った。
その瞬間、空気が変わった。
「人が……」
人がいる気がした。
グラウンドからの景色はなにも変わらない。が、確実に何か変わった気がした。
走って学校の敷地から出てみる。車は走ってない。この辺は街の外れだ、元から車の通りも少ないし、まぁ、夜だしな。
走って人のいそうな所へ向かう。
コンビニに、人がいた。店員がいた。客がいた。
見渡せば、そこら中に人の気配がした。あの建物の中にも、その建物の中にも人の気配がする。夜だから少ないとはいえ、通行人もいる。
携帯を取り出して、メールの一斉送信をした。
「ただいま」
次の日は休みだったので、朝から、創さんの家に集合した。
こちらから色々話そうと思ったが、全然話せなかった。
まずもってマミが大泣きしながらしがみ付いて来て離れないし、タクミと神菜が「こっちは大変だったんだから!」という話を凄い勢いで始めたからだ。
オレがいなくなっていた一週間、学校と家へ誤魔化しの説明をしておいてくれたのは二人だったらしい。どうりで昨日帰った時に親が呆れたような顔をしていたわけだ。一体どんな誤魔化し方をしたんだかな。まぁ、誤魔化しておいてくれただけで相当ありがたいんだがな。
「まぁまぁ」と空気職人の創さんがみんなをたしなめてくれたおかげで、やっとオレは話が出来た。マミは相変わらずひっついていたが。
オレは一人ぼっちの一週間について全部話した後、付け加えて言った。
「多分ですけど、今後世界中の人が一人ぼっちになってもそんなに心配はいりませんよ。世界サブリミナルで潜在的にそっちの世界を求めるのが原因なら、多分同じ理屈でこっちの世界に戻ってこられると思うんです。実際、オレが戻ってこれたのはそういう事でしたから」
「潜在的にこっちに戻って来たいって思ったって事?」
「ですね。潜在的かどうかはよくわからないですけど、心の底から思いましたよ。あの世界に行って、そう思わない奴は結構少ないんじゃないですかね?オレでさえ帰って来れましたし。大抵の人は多分」
オレとしては、みんなを安心させるために言ったんだけど、みんなのリアクションはそれ程でも無いみたいだ。まぁそりゃあ一回は一人ぼっちの世界に行ってしまうんだから、確実に大丈夫とは言えないだろうけど。
「あのね、メアテ君。メアテ君のいない間に、その世界オルタナについての研究している友達と色々話したの。そしたら大丈夫みたいなの」
え、だからそれはオレが身をもって…。と思っていると、創さんはそれを察したように続けた。
「ううん、メアテ君の言うのとは違うことで大丈夫みたいなの」
「どう言う事ですか?」
「タクミ君や、実ちゃんの事を考えてみて?」
タクミと、神菜?
「二人が、感じていた世界サブリミナルって、一回一回が相当期間が開いていたの」
そういえば「たまに」とか言ってたっけ?
「それって、人間が無意識に影響を受けるサブリミナルとしては、開き過ぎなの。もっと細かく意識に働きかけなくちゃ人間はそれの影響は受けないのよ。多分、この世界、地球の起こすサブリミナルじゃ人間には長すぎるんだと思う。っていうのが私と友達の結論。神隠し多発地帯はまた違う事みたい」
思った以上に、予想外に、拍子抜けするほどあっけない結論だった。
「それじゃあ本当にもう心配はいらないって事ですか?」
「あ、でもね、その間隔は少しずつ狭まっていってるかも知れないらしいの」
「それじゃあまずいじゃないですか!」
「でもね、その間隔が人に影響を与えるようになるのは相当先の事らしいの」
「相当先ってどれくらい先ですか?」
「少なくとも太陽が燃え尽きるよりも先になる事は無さそうらしいわ」
「それじゃあ心配いらないじゃないですか!」
少なくとも、人類は一人ぼっちの世界に行く事よりも、太陽が無くなる事を心配した方がいいようだ。
なんだか全部があっけなくて、終わってしまえばバカらしくて、そして笑った。一週間貯めてた分を一気に笑った。
面白いから、妹達にも話して聞かせようかな。おとぎ話として。
人間は一人じゃ生きられないっていうありきたりな教訓話として、退屈で妹達が寝ちゃうまででもさ。
なんにせよ、今ここにいられるだけで、みんなといられるだけで十分なんだ。相当十分。これ以上願うなんて欲張りすぎだ。
一人の世界は何でも手に入って、それから比べたら足りない物も多いかもしれないけれど、今持ってる数少ない物は、かけがえが無くて、大事で、必要不可欠で、何かと天秤にかけれるようなものじゃなくて、例え夢の中に引きずり込む奴がいても、時間移動できる奴がいても、マッド・サイエンティストがいても、狸の死に変わりがいても、方向音痴がいても、確実に破綻に向かい世界であっても、それはきっとつまり、
当たり前って事なんだろう。