第1話 夢人・切妻タクミ
……ん?
……あぁ、ん~……そうかそうか……夢か。
もうすぐ学校に着くころになってやっと気づくなんて我ながら鈍い事だ。よく考えれば、いや、よく考えなくてもわかりそうな状況じゃないか。そもそも町に誰もいない。それに建物もどこか変だ。全体的に現実感がない。漫画で描くとしたら一切スクリーントーンが貼られていないような。たまにある夢の中で夢だと気づくパターンだな。こんな状況で一切何も感じず気づかずここまで歩いて来てるなんて、関心関心。関心タイガース……。(ワードの校正機能も「関心関心」のとこに赤い線を引くより「関心タイガース」に校正をかけるべきだ。)
さてぇ~、学校には着いてしまったが、夢だしなぁ……。どうしようかなぁ……。あ~……、と、言いながらもう校門をくぐってしまったなぁ。お、上履きも履いたよ。やっぱり教室に行くしかないかぁ。夢の中でも授業はあるのだろうか?
ガラガラガラガラガラガラ……。
「?」
教室の扉を開けると、今まで誰もいなかったオレの夢の世界に、一人の登場人物が現れた。パーマのかかったグレーの髪をヘアバンドで止め、学校指定のセーターを着たそいつはクラスの真ん中の机に腰掛けてこっちを見ていた。待ってましたってな表情をしてやがる。学校指定のセーターを着てるってことはこの学校の生徒か。でもこのクラスか?見たことない気がする。まぁ、「記憶力」と「社交性」のアビリティに欠けているオレが言う事だからそんなに信頼できないが。
「あ~……、えっと、君は誰?ここはどうやらオレの夢の中らしいんだが、君はオレが作り出した夢の中だけのお友達なのか?」
「逆だよ」
落ち着いた声で、何を言った?逆?何がだ?
「あ~……っと、何が逆だった?」
「君の夢じゃない。ここは僕の夢の中」
おぉぉ……、オレは随分めんどくさい設定の夢を見ているようだぞ。
「いや、あのぉ~、それはどういうアレなんだ?状況が呑み込めないんだが、オレはどうやって君の夢にお邪魔しているんだ? 出来れば自分の夢に帰りたいと思っているわけなんだが」
「君がどうやって来たのかは正直わからないけど、ここが僕の夢なのは確かだよ。僕は夢に取り込まれたんだ。入学前にね」
にこやかに何を言ってるんだこいつは?
「一番つっこみたい『夢に取り込まれた』のくだりは一旦置いといていいか?その前に確認しとくが、入学式前って事はお前は一応この学校の生徒って事なのか?」
「うん、そうだよ。入学以来一度も学校に来ていない奴いない? このクラスに」
あぁ~そういえばいたような。いや、むしろいなかったような。どっちが正しい表現かはこの際置いといて、確かにその事実をオレは知っている。入学から二週間ずっと空きっぱなしの席はだいぶクラスに馴染みつつあるが、さすがにまだ違和感を払拭できるほどの時間は経っていない。
「座席表を見たんだ。ここが僕の席で間違いないよね?」
そいつが座っているのは入学式以来空席だった席だ。
「ん、あぁそうだな。多分あってるよ。て、ところでお前名前は?」
「僕は切妻タクミ。君は?」
「オレは一村メアテ」
「メアテ君だね。今日からクラスメートだ。よろしくね」
「あ、あぁ、よろしく。……って言っても明日目が覚めて学校行ってもお前はいないわけだよな?」
危ない危ない、タクミのにこやかな語り口と表情にごまかされてつっこみ忘れるとこだった。
「うん、その事だけど、僕自身『どうやら』としか言えないんだけどね。ある日から僕は目を覚まさなくなった。夢の中から出れなくなった。病気ではないと思う。以上」
「『以上』って随分あっさりと言ってくれるな……。ここがお前の夢の中だって証拠みたいなものはあるのか?」
「なんでも僕の思い通り。無秩序に思い通り。ここは教室だろ?じゃあ君の後ろには今何があるだろう?もし、ジャンバーとかをかけるとこあると思ってるなら確認してごらんよ」
以前にこやかに、人差指でオレの後ろを指差している。多少の躊躇はあるが後ろを確認するしかないだろう。
「南無三!」
後ろを振り向くと、そこは見たこともない草木の生い茂った、そう、アマゾンでした。あわててタクミの方を振り帰ると、そこには何も変わらず教室があり、机に座っているタクミがいる。前と後ろを何度も振り返る。何度振り返っても後ろはアマゾン、前は教室だ。教室は三階なのにアマゾンは地上だ。確かに夢の中ならではの無秩序感だ。
「これでもだいぶ秩序だった世界になったんだよ。最初はホントに無秩序だったよ。しかもその無秩序さに気付けないんだ。スキューバダイビングの装備をして、スカイダイビングをして、空中でコンビニに立ち寄って、買い物が終わって出たところにちょうど原稿を催促に来た敏腕編集のドラえもんがやってきて、商店街を爆走して仕事場に帰ったりするのを当たり前に受け入れちゃうんだよ。それをやっとコントロールできるようになったんだ。そうだ、なにか飲むかい?」
そう言ってタクミがパチンと指を鳴らすと、オレとタクミの間の机にコーラの瓶が二つ現れた。しかもキンキンだ。
「ンフフぅ~。ま、本当は指を鳴らさなくていいんだけどね。鳴らした方が魔法使いっぽいでしょ?」
面白そうに笑ってやがる。こっちは全然頭が現実について行ってないぞ!
いや、現実じゃなくて夢なんだが……。
「あ、そうだ、メアテ君はさ、ワンピースって読んでる?」
「え、いや、あんまり読んでないかな。空島編くらいで終わってる」
「ならオッケー!そのワンピースで言ってたんだけどさ、『人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である』だってさ。僕の夢の中ではまさにそのままなんだ。こうだと思ったらそうなっちゃうわけ」
「それって、ワンピースで言ってたって言うか、どっかの学者先生の言葉とかじゃないのか?それをワンピースが引用したんだろ。」
「うん、物理学者ウィリー・ガロンさん」
悪びれねぇ~、全っ然悪びれやしねぇ。知ってて言ってるよこいつ。ニコニコしてるけど案外質悪いのか?
「だからさ、こういう事も出来るわけ」
そう言ってタクミは教室の窓の外を指差した。
ちょうど空から大きな船が逆様に降ってくるところだった。「あ~、ワンピースで見開きであったシーンだ。」なんて事を思ったような思わなかったような。呆然としてしまった。物凄い音とともに船は地上に激突した。同時にそこにあった建物を潰しながら。その衝撃でそこいら一帯は船も含めて目も当てられない状況になった。人がいたら満場一致の大惨事だ。まん丸な目でタクミを見返すと、やはりなんでもないという顔をしてニコニコしている。なんでこいつ、こんな状況でこんな感じなんだ?
「ワンピースのあのシーンを再現してみました~。テッテレ~。あれ、そんなに度肝抜かれちゃった? ハハ、ごめんごめん。でもこれで僕の力ガッテンしていただけたでしょうか?」
「似てない談志の真似はいいよ」
「志の輔ね。まぁとりあえずこんな感じで?なんでも出来るから何するにも不自由しないよ。どこでも行けるし、なんでも食えるし。あ、ちなみにこの世界で好きに出来るのは僕だけだからね。なにか食べたい物とかあったら遠慮せず言ってね」
「いや、いいよ。なんかやっぱ頭がついていかねぇわ。夢見てるみたいっつうか……。」
「夢だしね。」
そうだ、さっき自分で自分にしたつっこみを他人にされちまった。
「で、お前はこの後どうするんだ? オレとしては一刻も早くお前の夢からはおいとましたいんだが?」
「どうしようにも、抜けられないからねこの夢から。多分君も」
ぉいいい! オレもか? オレもなのか? 何故だ? そうだ起きればいいんだよ。今まで寝るたびにオレは起きてきた、今回だって起きられるさ。待て待て待て待て、起きる時ってどうするんだ? ほっぺをつねるか?いや、それじゃあ夢の中を確認するだけのことだ。わからねぇ、起き方がわからねぇ。
「どうすんだよ ?とばっちりだよ! 何とかしろって!」
「そう言われてもねぇ……。僕自身この世界に誰かが入って来たのは初めてだからさ。案外君は普通に出られるかもね」
ダメだ、こいつの顔には真剣さがまったくもって伺えねぇ。『てきとー』って言葉が顔に彫ってある気がしてならねぇ。
「まぁまぁ、この世界も案外悪くないよ? どこぞの国やロッカーが語る自由なんかよりよっぽどの自由がある。君と僕の二人くらいがまともでいられる程度の秩序は保ってみせるよ」
こんな、もとから曇天の雲行きをさらに悪化させるタクミの発言を聞いた頃、にわかに状況は変わって来た。
「おい、お前またなんかやったのか?」
「ん? 何も。どうかした?」
「外に人の気配と声が聴こえるぞ」
「本当に?」
タクミは慌てて教室の窓から外を見た。顔つきが険しくなったところをみると、あいつの言う秩序ってやつが乱れたのかもしれん。どれ、オレも窓の外を見てみるか。
「どうだ?秩序のある世界の眺めは?」
「人が……」
「人がいるな」
「人がいる、しかも……どんどん増えてる」
「増えてる?」
確かに、外にはいつもの平日並みに人が歩いている。だが、増えてるか?
「別にここだけを見て言ってるわけじゃないんだ。自分でこの夢の世界は把握できる。どこに何があるか、どうなってるか、どうするか、全て管理できる。じゃなきゃこの世界を秩序を保てない。だからこの世界にどんどん人が増えてるのがわかるんだ……」
「それってのはもしかしてオレと同じような状況の奴が……」
「増えてるって事だね。僕の夢がまた人を取り込み始めた。正直このままだと世界の秩序を保つ自信はない……」
秩序の保てない、まさに夢の世界から抜けられなくなったら、正直正気を保っていられる気がしねぇ。
ガタッ
「タクミ?」
タクミが倒れてる。
「おいっ、どうした? あれか?ヤバいのか?」
この世界の主が倒れたらこの世界はどうなるんだよ?
「って、教室が!」
教室が、徐々にブロック状に崩れていく、崩れた先は……、
「真っ白……?」
窓の外も崩れていってる。ビルも空もワンブロックで崩れてるぞ! 窓の外は立体じゃないのか? まるでパズルのピースじゃねぇか。
「タクミ! ……って、お前も崩れていくのか!」
やばい、立ってる場所がなくなる!
……!
「……夢?」
うん、いや、夢なのは知ってたが、まぁオレの夢じゃなかったみたいだが。
で、朝なわけか。
「飯食って、学校行こう」
朝飯を食い、夢と同じようにボケ~っとしながら歩いて学校へ行った。どうやら建物も本物っぽいし、人もいる。こりゃあ現実で間違いないだろう。教室に着くと普通にクラスメートがいる。ただ、タクミの席はやはり空席のままだった。そしていつも通りのHR、いつも通りの授業が始まった。昼休みになるころには昨日の夢は夢だったんだと、納得し、気にもしなくなっていた。帰りのHRもほぼ終わり、さぁて帰るかなんて思った頃、担任の坂本から最後の連絡事項があった。
「あ~、最後に一村。この後、市の総合病院に来るように連絡があったから、行くように」
「は? 病院すか?」
教室もざわついてる、わざわざ振り向いてまでオレを見るな。毎日見てる顔だろ。
「連絡って誰からすか?」
「切妻タクミだ」
ある意味予想通りの展開なのか?
教室のざわつきが大きくなった。そりゃあそうだな。入学以来一度も登校してない、クラスメートの名前も知らないはずのタクミから呼び出しがかかったんだ、ざわつきもするだろうね。まぁ、振り向いてまでタクミの席を見ることもないと思うがな。お前が座ってる机と椅子と同じものだよ。
「一村、お前切妻と知り合いか?」
「えぇ、まぁ」
「そうか、じゃあ行ってくれな」
「はぁい」
こりゃあ、クラスの連中に色々聞かれる前にさっさと教室を出るとしよう。
病院に行き、受付で切妻タクミの病室を聞き、指示された病室へ向かった。病室に入ると、昨日教室で出会ったタクミは机に座るのと同じような形でベッドに座り、こっちを見ていた。(服は入院着だったが。)
「や、来たね」
「見舞いの品は持ってきてねぇぞ。てか、目ぇ覚めたんだな」
「おかげさまでね。どうやら僕が眠り続けてることで病院に入院させられたらしくてね。目が覚めて驚いちゃったよ。何日か検査しておかしいところがなければすぐに学校に行けるらしいよ。今日も朝からいろいろ検査したり、家族が来て、泣いて、帰ったり大変だったんだ」
おそらくこいつは家族が泣いてる時もこのニコニコ顔だったのだろう。
「そうかい。そりゃ結構だな。早く学校に来れることを心から祈るよ僕ぁ。で、呼び出した要件は?」
「それなんだけど、僕はすぐに学校に復帰するだろう。ただ、おかしいところはある」
「なんだ? はっきり言えよ」
「まぁまぁ。昨日僕が倒れた後、君はいつも通り目を覚ましたんだろ? 僕はどうなったと思った?」
「別にどうも。夢だったって事で納得した」
「ハハハ、なるほど、間違ってないよね~。でも他に、僕が正気を保てなくなったとか、精神が崩壊したとか思わなかった?」
それは確かに思った事だ。じっさいあいつの精神世界ともいえる夢の世界が崩れたんだ。そう思ったっておかしくないだろ?
「でも、僕はどこもおかしくなってない。ただ……」
タクミがそう言うと、病室の四方の壁がパタパタと外に倒れた。コントの壁じゃあるまいし、ここはちゃんとした病院の一室だぞ! そして、タクミの後ろの壁の倒れた先には、「ようこそタクミドリームランドへ!」と書かれた横断幕が広がっていた。外野席にあっても、打席のバッターが楽々読めるほどのサイズで……。
「僕が夢を取り込んだ。」
「はぁっ? どういう事だ? ここってもしかしてまたお前の夢の中か? オレはいつの間に寝たんだ?」
「まぁまぁ落ち着いて。要するに僕は自由に昨日のような夢の世界に入れるし、他の人も自由に引きずりこめるようになったわけ。それが僕のおかしなところ。病院の検査では発見できないけどね」
「じゃあ今回は意図的にオレを夢の中に引きずりこんだってわけか」
「そう言う事だねぇ~」
「いつからだ? いつからオレは引きずり込まれてたんだ?」
「君が病室に入って、ドアが閉まったあたりからかな。僕も含めて夢の中に入ると現実の方は強制的に寝ちゃうから。現実世界で立ってた君は当然今頃ぶっ倒れてるよ。だから扉が閉まるまで待ったの」
面白そうに喋ってるが、全然笑えてねぇよこっちは。
「この世界ってお前の思った通りになるわけだろ?お前、最強なんじゃないのか?」
「ん~、どうだろうね? そうでもないと思うよ。現実世界じゃ何にも変わんないし。むしろ寝ちゃって無防備丸出しなわけだしね」
「ふ~ん、ちなみにこれって何人くらい一度に引きずりこめるんだ?」
「僕が認識出来てる範囲なら何人でも大丈夫みたい。多分、見渡せさえすればスクランブル交差点を渡ってる人丸ごととかもいけると思うよ。まぁまだその辺は実験足らず」
「ところでこれって超能力ってやつなのか?」
「さあ」