アチキ 何処からきたの?
朝。
京都のホテル。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけにまぶしかった。
ユウは目を開けた。
頭が重い。
少しだけ。
「……飲みすぎた」
昨夜の記憶がゆっくり戻ってくる。
焼き鳥。
ビール。
笑い声。
そして――
泣いていた。
安田パイソン。
ユウは横を向いた。
隣のベッド。
そこに――
正座したまま寝ている男。
背筋がまっすぐ。
手は膝の上。
口を半開きにして、静かに寝息を立てている。
ユウはしばらく見つめた。
そして。
「なんでだよ……」
小さくつぶやいた。
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その時。
ガラッ。
カーテンが勢いよく開いた。
「おはようございます!」
ミナだった。
朝日が一気に部屋に流れ込む。
まぶしい。
「うわっ、まぶし……」
ユウは目を細めた。
パイソンは微動だにしない。
まだ正座している。
ミナが首をかしげる。
「……どういう寝方ですか、それ」
「さあ……」
ユウはため息をついた。
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ふと。
視線を感じた。
窓際。
チェリが立っていた。
外を見ている。
静かだった。
いつもなら:
- 「朝だぁあああ!!!」
- 「お腹すいた!!!」
- 「今日なにする!?」
と騒ぎ出すはずなのに。
今日は違う。
ユウは少しだけ眉をひそめた。
「どうした?」
チェリは振り向かない。
窓の外。
京都の街を見つめたまま。
小さく。
「ねえ」
間。
「ここさ」
さらに間。
ゆっくり振り向いた。
「どこ?」
沈黙。
ユウは一瞬、言葉に詰まった。
「……京都だよ」
チェリは首をかしげた。
「そうじゃなくて」
少し考えて。
そして。
ぽつりと言った。
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「アチキ、どこから来たんだろ」
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部屋が静かになった。
その瞬間。
パイソンが寝言を言った。
「……すまん……」
ユウは思わず吹き出した。
ミナも小さく笑った。
空気が少しだけ軽くなる。
でも。
その言葉は残った。
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朝食会場。
ホテルのレストラン。
焼き魚の匂い。
味噌汁の湯気。
人の話し声。
いつもの日常。
チェリは元気を取り戻していた。
「これなに!?納豆!?うわぁああああ!!」
「混ぜるんだよ」
「うわぁあああああ!!糸ぉおおおお!!」
ミナが笑う。
パイソンはまだ少し顔色が悪い。
「……二度と飲まん」
「昨日も言ってました」
「本当にだ」
そんなやり取りを聞きながら。
ユウはふと考えていた。
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どこから来たんだろ。
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そして。
もう一つ。
胸の奥に浮かぶ疑問。
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「……なんで」
小さく。
自分にだけ聞こえる声。
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「俺にだけ見えるんだ?」
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その瞬間。
ズキン。
こめかみに痛みが走った。
「……っ」
ユウは思わず手を当てた。
チェリがすぐに気づく。
「また痛いの!?」
心配そうな顔。
ユウは苦笑した。
「大丈夫」
でも。
少し冗談っぽく言ってみた。
「なあ」
チェリを見る。
「お前が原因だったりしてな」
笑いながら。
軽く。
からかうように。
そのつもりだった。
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でも。
チェリは笑わなかった。
動きが止まった。
目が少しだけ揺れた。
そして。
小さく。
本当に小さく。
言った。
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「……そうだったら」
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間。
ほんの一秒。
でも長く感じた。
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「ごめんね」
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ユウは言葉を失った。
チェリはすぐに笑顔を作った。
「にゃんてぇ〜♪ にひひーっ!!!」
明るく。
いつもの声。
でも。
どこかぎこちない。
ユウは何も言えなかった。
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夜。
帰りの新幹線。
窓の外。
流れていく景色。
夕焼け。
静かな車内。
今日は騒がしいこともなかった。
珍しく。
本当に。
静かだった。
チェリは窓の外を見ていた。
小さな声。
「ねえ」
ユウは目を閉じたまま答える。
「ん?」
チェリは少しだけ迷った。
そして。
言った。
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「アチキ、いなくなったら」
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間。
ほんの少し。
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「寂しい?」
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沈黙。
車輪の音だけが響く。
ゴトン。
ゴトン。
ユウは目を開けた。
少し考えた。
そして。
いつもの調子で。
ぶっきらぼうに。
言った。
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「…うるせー」
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チェリが少しムッとした顔をする。
でも。
次の言葉を聞いた瞬間。
目を丸くした。
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「けど困る」
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短い言葉。
それだけ。
チェリは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
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新幹線は。
静かに。
前へ進んでいた。




