時間がないの!?
診察室は静かだった。
時計の音だけが響く。
カチ。
カチ。
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院長は、ユウを見ていた。
まっすぐに。逃げずに。
「それが」
小さく息を吐く。
「私の二つ目の失敗だ」
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沈黙。
ユウの胸の奥で、
何かがゆっくり熱くなる。
怒りなのか。
不安なのか。
まだわからない。
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「……俺に」
声が少しかすれる。
それでも、はっきり言った。
「何したんですか」
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院長は、目をそらさなかった。
「小さな装置だ」
少し間。
「君の脳に」
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空気が止まる。
ユウの手が、
無意識にこめかみへ触れる。
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「……勝手に?」
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短い言葉。
でも、重かった。
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院長は、ゆっくり頷いた。
「ああ」
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言い訳はない。
謝罪もない。
ただ、事実だけ。
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ユウの拳が、わずかに震えた。
「俺の人生ですよ」
静かだった。
でも、確かに怒っていた。
「勝手に触っていいもんじゃない」
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院長は、その言葉を真正面から受け止めた。
「その通りだ」
短く。はっきりと。
「私は」
小さく息を吐く。
「間違えた」
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その言葉に、嘘はなかった。
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その時。
チェリが口を開いた。
「でも」
二人を見る。順番に。
「アチキは」
少しだけ、声が震える。
「ここにいる」
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診察室の空気が、少し揺れた。
院長は静かに頷いた。
「そうだ」
そして、ゆっくり続けた。
「だが」
少し間。
「このままでは」
時計の音が、やけに大きく聞こえる。
「彼女は」
ほんの一瞬、目を閉じる。
「消える」
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沈黙。
言葉が落ちた。
重く。静かに。
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チェリ。
きょとんとする。
「え?」
理解が追いつかない。
「……アチキ?」
自分を指さす。
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ユウの背中に、冷たい汗が流れる。
「どういう意味ですか」
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院長は、迷わず答えた。
「拒絶反応だ」
「君の脳が」
「存在を維持できなくなっている」
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ユウの呼吸が、少し速くなる。
院長は続けた。
「以前」
静かに言った。
「君が倒れたことがあったね」
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ユウの眉が動く。
思い出していた。
あの日。
突然、意識が遠のいた。
気づいたら。
大きな病院にいた。
病院のベッド。
白い天井。
ぼんやりした記憶。
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院長は続ける。
「あの時」
「私は一度」
「装置を調整している」
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沈黙。
ユウ。
目を見開く。
「……調整?」
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院長は、静かに頷いた。
「ここ一年ほどの間」
「彼女が見えなかったはずだ」
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ユウの呼吸が止まる。
思い出す。
あの違和感。
静かすぎた日常。
チェリが。
いなかった時間。
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院長は続ける。
「一時的に」
「接続を弱めた」
「暴走を防ぐためだ」
少し間。
「そして」
「その間」
「経過を観察していた」
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視線が、ゆっくりドアの方へ向く。
「別の場所から」
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診察室の外。
かすかな気配。
誰かが。
そこにいる。
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院長は、再びユウを見た。
「最近」
静かに言った。
「頭痛は増えていないか」
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ユウ。
何も言えない。
思い出していた。
ズキン。
ズキン。
あの痛み。
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院長は言った。
「それは」
「警告だ」
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チェリは、じっとユウを見ていた。
初めて。
不安そうな顔で。
「……じゃあ」
小さな声。
「どうすればいいの」
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院長は、ほんの少しだけ間を置いた。
「方法はある」
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ユウ。
即座に反応する。
「治せるんですよね」
迷いはなかった。
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院長は、ゆっくり頷いた。
「ああ」
そして。
続けた。
「だが」
その一言で、空気が再び張り詰める。
「完全に安定させるには」
院長は、チェリを見た。
まっすぐに。
「器が必要だ」
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沈黙。
ユウの眉が、わずかに動く。
「……器?」
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院長は、静かに言った。
「彼女が」
「存在し続けるための」
「体だ」
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時計の音。
カチ。
カチ。
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院長は最後に。
ゆっくり言った。
「そして」
ほんの一瞬。
視線がドアの方へ向く。
「その器は」
少し間。
「すでに存在している」
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沈黙。
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ドアの向こう。
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そこに。
誰かがいる。




