失敗作?
診察室は静かだった。
時計の音だけが響く。
カチ。
カチ。
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チェリは、まだ両手を上げたまま固まっていた。
目を丸くしている。口も開いたまま。
「……見えてる?」
小さな声。
さっきまでの勢いはない。
確認するように、恐る恐る。
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院長は、ゆっくり頷いた。
「もちろんだ」
短い言葉。
でも、はっきりしていた。
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チェリは一歩、後ずさる。
「……なんで?」
ユウは何も言えない。
ただ、二人を交互に見ていた。
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院長は少しだけ遠くを見るような目をした。
「どこから話そうか」
小さくつぶやく。
そして、ゆっくりチェリを見た。まっすぐに。
「まず――」
ほんの少し、声が揺れた。
「君は、私が作った存在だ」
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沈黙。
完全な沈黙。
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ユウは理解が追いつかない。
「……は?」
チェリも瞬きを忘れていた。
「……アチキ?」
院長は小さく頷く。
「そうだ」
しかし、すぐに首を横に振った。
「だが――最初の失敗作でもある」
空気が変わった。
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チェリの顔から、一瞬笑顔が消えた。
ユウは思わず身を乗り出す。
「失敗作って……」
院長は静かに言った。
「違う」
そして、はっきりと。
「失敗したのは、私だ」
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沈黙。
院長の手が、ほんの少しだけ震えていた。
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「私はね」
言葉を選ぶ。慎重に。
「脳と機械をつなぐ研究をしていた。
人の意識を――消さないために」
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チェリが小さくつぶやく。
「……消す?」
院長は、ゆっくり頷いた。
そして、初めて本当に静かな声で言った。
「私は――娘を失った」
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診察室の空気が重くなる。
ユウは言葉を失う。
チェリの目が揺れる。
院長は続けた。
「まだ幼かった。
受け入れられなかった」
そこにあったのは狂気でも野望でもない。
ただ――
後悔だった。
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院長は再び、チェリを見た。
「だから、作った」
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沈黙。
チェリの声は震えていた。
「……アチキ、人じゃないの?」
院長は迷わなかった。
「違う」
短い言葉。
しかし、すぐに続けた。
「だが――君はここにいる」
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沈黙。
チェリは何も言えない。
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ユウがゆっくり口を開いた。
「……じゃあ」
少し間を置く。
「なんで――俺に見えるんですか」
震える声だった。
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院長は視線を向ける。まっすぐに。
そして、静かに言った。
「それが――私の二つ目の失敗だ」
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時計の音だけが、静かに時を刻んでいた。
カチ。
カチ。




