知っていた人
次の週。
平日。
ユウは休みを取っていた。
「……なんか嫌な感じだな」
スマホを見つめながらつぶやく。
桜木医院からの呼び出し。
ただの検診。
そう思えばいい。
でも。
胸の奥に、小さな引っかかりがあった。
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その横で。
チェリは元気だった。
「ねえねえねえ!!!みてみて!!!」
道路脇。
小さな猫。
白と黒のまだら。
チェリはしゃがみこんでいた。
「ほれほれ〜」
指をひらひらさせている。
猫。
じっと見ている。
完全に。
目が合っている。
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ユウ。
足を止めた。
「……おい」
チェリ。
気づかない。
「かわいい!!!」
猫。
しっぽを立てる。
一歩。
近づく。
さらに。
前足を出した。
チェリの手を。
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ちょん。
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触れた。
ユウ。
固まる。
「……マジか」
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その時。
後ろから声。
「おや?」
ユウ。
振り返る。
そこには。
竹ぼうきを持った老人。
道路を掃いていた。
目を丸くしている。
猫の方を見ている。
そして。
宙を。
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「……?」
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ユウ。
一瞬で理解した。
見えていない。
でも。
何かが起きているのは。
わかっている。
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ユウ。
慌てて猫を抱き上げた。
「す、すみません!」
老人。
驚いた顔。
「いや……その……」
ユウ。
苦しい笑顔。
「人懐っこくて」
老人。
まだ不思議そう。
でも。
小さく頷いた。
「そうかい」
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ユウ。
歩き出す。
早足。
背中に汗。
「……お前な」
小声。
チェリ。
振り向く。
「なに?」
「外では
あんまり触るな」
「なんで?」
「……説明が面倒なんだよ」
チェリ。
少し考える。
そして。
にかっと笑った。
「わかった!!!」
全然わかってない顔だった。
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数分後。
桜木医院。
古い看板。
静かな入口。
ガラスの扉。
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中。
空いていた。
待合室。
人は一人もいない。
時計の音。
カチ。
カチ。
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受付。
そこに。
いた。
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桜木智絵里。
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白衣。
柔らかい笑顔。
でも。
どこか。
懐かしい。
「あ、おっはよぉ御座いますぅ」
その声。
優しい。
でも。
胸の奥に。
小さな波が立つ。
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ユウ。
少しだけ戸惑う。
「……どうも」
智絵里。
にこっと笑う。
「今日はお休み取ってくださったんですね」
「ええ」
自然な会話。
でも。
妙に落ち着く。
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チェリ。
じっと見ている。
智絵里を。
黙って。
珍しく。
騒がない。
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小さく。
つぶやいた。
「……似てる」
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ユウ。
聞き返す。
「なにが?」
チェリ。
首を振る。
「なんでもない」
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その時。
奥のドアが開いた。
カチャ。
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院長。
桜木。
現れた。
白衣。
静かな目。
そして。
ユウを見る。
まっすぐ。
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「朝霧くん」
低い声。
穏やか。
でも。
逃げ場のない響き。
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「どうぞ」
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診察室。
椅子。
机。
消毒の匂い。
古い時計。
カチ。
カチ。
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院長は座った。
カルテを開く。
静かに。
ページをめくる。
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「最近、頭痛はどうかね」
「……減りました」
院長。
小さく。
頷く。
そして。
ほんの一瞬。
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安堵した顔
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ユウは気づかない。
でも。
チェリは見ていた。
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沈黙。
数秒。
時計の音。
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院長は。
ペンを置いた。
そして。
ゆっくり。
顔を上げた。
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ユウを見る。
まっすぐ。
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そして。
静かに。
言った。
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「君は、今」
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間。
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「そこにいる子が見えているよね」
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時間が止まった。
ユウの呼吸が浅くなる。
背中に。
じわりと汗。
言葉が出ない。
喉が乾く。
頭の中が真っ白。
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チェリ。
きょとんとしていた。
「……?」
ユウを見て。
次に。
院長を見る。
そして。
少しだけ。
首をかしげた。
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その瞬間。
院長の視線が。
ゆっくりと。
動いた。
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ユウではない。
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その横。
少しだけ空いた空間。
そこに。
ぴたりと止まる。
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チェリと。
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目が合った。
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数秒。
沈黙。
完全な沈黙。
時計の音だけが響く。
カチ。
カチ。
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チェリ。
目を丸くする。
そして。
口がゆっくり開いた。
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「……え?」
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院長。
小さく。
うなずいた。
まるで。
昔から。
そこにいた存在を。
確認するように。
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そして。
静かに言った。
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「久しぶりだね」
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チェリ。
完全に固まる。
数秒。
そして。
次の瞬間。
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「へぇえええええ!?!?」
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両手をぶんぶん振り回す。
「なになになに!?!?」
「見えてる!?!」
「見えてるの!?!?」
「なんで!?!」
「誰!?!」
「おじいちゃん誰!?!?」
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ユウ。
頭を抱える。
「……マジかよ」
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院長は。
ほんの少しだけ。
笑った。
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優しく。
でも。
どこか。
寂しそうに。
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「やっと」
小さく。
言った。
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「会えたね」
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沈黙。
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時間が。
再び。
動き出した。




