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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

泡沫の願い〜合作Ver〜

作者: サメラバリー
掲載日:2026/03/10

月の灯が、夜の水平線に沈み、海を大きく包む。

水面は静かな鏡ではなく、細かな破片のような光を無数に跳ね返し、海全体が淡く震えている。


深い水辺では、陽気な水の精霊達がはしゃぐように遊んでいた。

泡の一つ一つが銀色に輝き、まるで海底にもう一つの月が沈んでいるかのようだった。


遠くから見れば、それはどこにも存在しない楽園の再現だった。

ラッセルの画集に閉じ込められた世界のように、現実よりも美し過ぎる光景に目を奪われる。


熱帯魚の群れがゆっくりと泳ぎ、海底の月へ口づける。

珊瑚礁は柔らかく揺れ、濡れた宝石のようにあでやかな光を放っていた。


静けさは神聖な程深く、沖を進む漁師は口笛を吹くことすら忘れ、ただ舟を進めていた。


私たちはその影を見ていた。


大きな魚の影に紛れ、人間の目から身を潜める。

魚類でもなく、哺乳類でもない私達は、この海に生まれ、この海に還る。


何処から産まれるかは分からない。ただ1つ確かなのは、死ぬ時には海底に消えて行くということだけだった。


「あの男、イケてない?」


甘い声でクレアが囁いた。


彼女の身体は人間の上半身を持ちながら、腰から下は魚の尾に変わっている。

細かな鱗が月光を受けてびっしりと輝いていた。


それはどこかグロテスクで、同時に奇妙な芸術でもあった。


「クレア」


私は軽く呼びかけた。

私の尾も、彼女と同じように鱗で覆われている。


「男を好きになったら、私達は泡になるって噂があるでしょ」


クレアは笑った。


「リリーったら、迷信深いんだから」


私たちは静かに歌い始めた。


人魚の歌は、人間の耳にはただの夜の海が揺れる音にしか聞こえない。

囁きのようで、柔らかく、そして艶やかな旋律。


音はゆっくり沈んでいく。

まるで海底へ落ちていく光の粒のように。


私はふと水面へ顔を出した。


「何してるのよ! リリー!」


クレアの声が水の奥で響いた。


私はそれを無視して辺りを見渡す。


気のせいだろうか。

人間の声がしたように思えた。


海は圧倒的だった。

この巨大な存在に飲み込まれれば、私たちは跡形もなく消えてしまう。


それでも、私は導かれるように岸の方へ泳いだ。


岸から離れて、浅瀬が急に深く落ち込む深場に、少女が沈んでいた。


金髪の短い髪に青いボーダーの上着と革の短パンの少女は冬の海に凍えていた。


夜はまだ深い。

こんな時間に、子供が一人で海にいるはずがない。


私は少女を抱き上げた。


彼女の体は冷えきっていた。

震えながら、薄く目を開く。


「……だれ?」


私は、自分に体温がないことを知っていた。


自らの鱗を一枚へし折る。少女を救いたかった。


硬い鱗は、私たちの命の欠片だった。

それを少女の口に含ませる。


彼女の瞼に触れ、そっと閉じさせた。


「忘れなさい」


私は少女を岸へ押し戻した。



それから、海は変わった。


いや、変わったのは私だった。


ある日突然、胸の奥が焼けるように痛み始めた。

まるで海の神の怒りを全身で受けているような痛み。


私達は人間を想ってはいけない。


感情を持った人魚は、祟られる。


それがこの海の掟だった。


知らなかったとはいえ、私はそれを破った。


鱗が剥がれ始めた。


一枚、また一枚。

月光の中で崩れ落ちていく。


クレアが顔を歪めた。

タリスも、ポーラも、見ていられないと言った表情で顔を背けた。


私達はいつも一緒だった。

家族のような群れて暮らしていた。


それでも、この痛みは誰にも分けられない。


私は血を吐きながら、ただ一つのことを考えていた。


あの少女は、どうなっただろう。


今頃、どこかの学び舎にいるのかもしれない。

あるいは、奴隷商人に売られているのかもしれない。


もしそうなら。


何とも滑稽だ。


私達は海の歌を歌う。


それは柔らかく、静かで、囁くように浜辺を撫でる旋律だ。


月が揺れる。


ラッセルの世界のような光景が、視界いっぱいに広がっていた。


沈みながら、私は月へ手を伸ばす。


鱗がまた一枚剥がれる。

尾が裂け、人間の足のように崩れていく。


断罪だった。


私は海底へ落ちていく。


終わりのない深い底へ。


祈りは痛みに変わり、

涙は海水に溶け、

失われていく力は歌へと変わる。


永遠に少女に届くように歌う。


私達は囁くように歌う。

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