成長
『いやー、君ももう入社二年目だねぇ。最初の頃とは見違えたよ』
『そうですか?』
『あぁ。最初の頃は慣れないことが多かったせいなのか、戸惑っていたことが遠目からでも分かったよ』
話しかけんなよ。
臭いよ。
『いやー。成長を感じるねぇ』
『あ゛~』
家だ。やっとだ。
倒れ込むように床で横になる。
……一年前。
仕事ってこんな感じなんだと。
この先を考えるのが辛くなったことを思い出す。
そのときから考えると。
よくやれていると、自分で思う。
…成長、成長か。
私はその言葉が嫌いだった。
いや、その言葉を、物理的なもの以外に使うことが、どうしても嫌いだった。
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
『ちょっと 。なんで洗い物してくれなかったわけ?』
『え~?そんなこと言われてない』
『言われなくてもやってよ~。それぐらい』
『それぐらいって言うなら、お母さんがやればいいじゃん』
『そういうことじゃないでしょ?』
『じゃあどういうこと?』
『…はぁ』
『おい。説明の放棄だぞ~』
自分でも分かってた。
ただめんどくさかっただけ。
甘えてただけ。
でも、こんなくだらない話をするのが、私は楽しかった。
ある日。
なんとなく、私は洗い物をしてみた。
それでお母さんがどんな反応をするのか、気になったから。
『あ!洗い物してくれたの?』
『うん。偉いでしょ』
『ありがとう。助かるわ』
嬉しかった。
お母さんの役に立てたことが。
褒められたことが。
それから。
私は、いろいろやった。
学校でも、みんながやりたがらないことを率先してやった。
我ながら単純だと思う。
それでも、間違ってないと、そのときは思ってた。
疑わなかった。
三者面談のときだった。
『 さん。配布物を配るときとか、荷物を運んでほしいとき、率先して手伝ってくれるんです』
その言葉を聞いて、誇らしかった。
やれば評価はついてくる。
そんな実感があった。
『そうなんですね。うちの子、あんまり学校のこと話したがらなくて。こんなときぐらいしか様子を知れないものですから』
『そうなの? さん』
『わざわざ家で学校のこと話さなくてもいいじゃないですか。必要な連絡はしてますし』
『家でお母さんと話さないわけじゃないんだよね』
『はい』
『お母さんは学校でのことが知りたいみたいなんだけど、話したくないかな』
『…?そんなに気にする必要あります?』
『あぁ、違うの。責めてるわけじゃなくてね。こんなに成長できたんだから、きっと、 さんなら出来るかなって思ったの』
『まぁ…できますけど』
『ほんと?ありがとう』
それで、面談は終わった。
そこから、いつも通りの日々が続いた。
当たり前だけど。
『 。洗濯機回しとくから干しといてもらえる~?』
『はーい』
ハンガーに服を通しながら、鼻歌なんかを歌いながら。
ふと、思った。
私、なんでこんなことやってるんだっけ。
洗濯物を干し終えて、ベランダの手すりに寄りかかる。夕方の風は少し冷たくて、洗剤のにおいがした。
私がやらなくても、別に回ってたはずだよね。
だって、実際私はやってなかったわけだし。
「成長」
そのとき、気づいた。
気付いてしまった。
その言葉を言われる、意味を。
その人の中で、より都合がいい存在になること。
それを、成長したと言うんだと。
………あれ。
それって、嬉しいこと?
忘れ物も減った。空気も読める。
何か頼まれてもきっと、いいよって言う。
成長したね。
それを言う人の目を、私は知っている。
前より手がかからなくなった。前より扱いやすくなった。前より期待通りに動くようになった。
私は、そう言われて、嬉しいの?
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
ミスをしなくなった。 文句を言わなくなった。 顔に出さなくなった。 我慢が板についた。
怒る前に、諦めてしまうようになった。
それを成長と呼ぶなら。
私は、成長なんてしたくない。
『…はぁ~~』
大きなため息をついた。
それでも。
成長しないと、世の中うまくはやれない。
それを、知っているから。
褒めるときはね。
頑張ってるねって言うんだよ。




