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case-1 ドラグーン

幼き頃、初めてプレイしたドラゴンクエストに始まり、世界樹の迷宮、スカイリムなど多くの冒険を経、たくさんのいろいろな冒険者の姿が描きたくなりました。

こちら、そういう作品になります。どうぞよろしくお願いいたします。


 あらゆる不思議を生み育てる世界、サンドボクス。

 そのうちの一つ、ダンジョン。

 それは魔物が潜み、罠が潜み、多くの危険を備えた空間。

 その空間を旅する者達がいた。

 彼等は冒険者。

 これは彼等の戦いの記録である。


⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔


 まるで、竜のような冒険者だった。

 ダンジョンの一角。

 迫り来る羽音を前に、青年はその手の内の槍を一閃させた。

 振り抜かれた槍の穂先は羽音の主を胴体ごと真っ二つに切り捨て、地面に落とす。

 穂先に纏わりついた肉片や羽片やらを振り落としながら、青年はまた“別の羽音“に向き合った。

 新たなる来訪者は鋭角的な動きを伴いながら青年の下へと特攻する。その様は、まるで投げつけられた投げナイフを思わせる。

 その大きさは大人の頭部ほど。四枚の羽を背より伸ばし、鋭い動きと腹先より伸びる毒針を持ち味とする魔物だ。

 Fランクモンスター、ニードルホーネット。

 これが青年の周囲を十数匹という群れを成し、飛び回っていた。

 個々の力はたいしたことのない魔物だった。

 だが、この魔物の真骨頂は群としての動きにある。引いては寄せる波のごとき怒涛の攻撃。これに苦しめられる冒険者は多い。

 ただ、それもこの青年に対しては通じなかったらしい。

 次々と舞い迫るニードルホーネットを時に突き、時に切り払う。

 どれ程の物量で迫られようと、意にも介す素振りがない。

「──……」

 全身を細身の鎧で固めた青年だ。

 第一印象は鋭さ。肩や腰、膝や腕には歪曲した鋭い爪の意匠が施され、素材になったであろう魔物の鱗が至るところに見受けられる。

 何より特徴的なのは、その頭部を覆う兜か。全身同様に鱗にくまなく覆われた表面、長い口吻、上下に突き出した鋭牙、そして背後に向かって鋭く伸びる二本の角はあの魔物、竜の類を模したものだろう。

 その手に持つ槍もまた、頭部同様に竜の類を模した得物だ。柄はびっしりと鱗に覆われている。穂先には頭部の兜とはまた異なる竜の意匠が施され、その鼻先から鋭い刃が伸びていた。

 全身を竜と結びのある何某で武装した青年、改め冒険者は肉片舞う渦中に立っていた。周囲に魔物の影は既になく、ダンジョンに沈黙が満ちる。

 しかし、一度は消えた羽音の群れも、時間が経てば元の姿を取り戻していく。どこからか小さな羽音が近づくのが感じ取れた……と思えば、気づけば冒険者の周囲には大量の魔物の姿があった。

 毒液滴るその針を向け、渦を巻くように冒険者を囲い、不意にピタリと動きを止めたかと思えば、串刺しを目的に次々と挑みかかった。

 前後左右より襲い掛かる針の群れはまるで嵐の如く冒険者を襲い続ける。冒険者は時に弾き、時に避け、時に守りを繰り返し、怒涛の針蟲に対抗する。

 だが、それにも限界が訪れる。

「……!」

 冒険者の動きが止まった、いや、正確には止まらざるを得なかった。

 ダンジョンの構造上の罠に引っ掛かったのだ。

 冒険者の背後には石の壁。それも壁同士が織りなす角に追い込まれていた。

 ニードルホーネットという魔物にそこまで深い知性はないが、それなりの作戦を練り込む程度の意思は宿っている。初めからここに追い込む腹積もりだったのだろう。

 目的は達した。ならば次の目的は勿論、冒険者の身に、千本の針を飲ませることだ。

 ニードルホーネットが一斉に飛び掛かる。その光景に隙間はない。跳躍による回避も見越してか、頭上からも針が降り注ぐ。

 冒険者は……じっとその光景を見つめている。何をするでもなく、その手に握られた槍が振るわれる気配もない。

 そしてこの時、突撃を敢行する無数のニードルホーネットのうちの一体が、とある違和感を抱いていた。

 視界に映り込む冒険者の、その頭部を覆う竜の兜が……何故か、笑った気がしたのだ。

 ほんの一瞬。

 されど、一瞬。

 その微かな違和感を逃さなければ、一瞬は生き長らえたであろうに。

 無数の蟲眼の先で、不意に冒険者はその首を擡げた。

 続けて、奇妙なことが起こった。

 竜を模した兜の口元が、僅かに開いたのだ。

 それだけならば兜の特徴として受け入れられただろうが……驚いたことに、その内側には牙があった。鋭く、無数のダガーの如き牙が見事に生えそろっていた。

 どういうことなのか。

 困惑する暇は与えられず、冒険者は兜の口をいきなり閉じた。

 牙と牙がかち鳴り、火花が漏れる。火花は瞬時に炎となり、兜の隙間から零れていく。

 何が起きているのか?魔物の群れは、いずれも最期までその全容を知ることはなかった。

「────!」

 再び竜の顎が開かれたその瞬間、火炎が迸った。

 炎が大気を駆け、魔物を巻き込み、突き進む。

 焼かれたのか?疑問を憶えた時にはもう遅い。

 魔物は火達磨と化し、甲高い鳴き声を上げながら続々とその身を焦がしていく。

 羽は塵と化し、肉は黒炭となって宙に散っていく。

 やがて火炎が途切れ、ダンジョンに再び闇と沈黙が舞い戻る。

 後に残ったのは……何らかの魔物が燃やされたのであろう痕跡のみ。それが過去にニードルホーネットという魔物の成れの果てであることなど、誰にも分からないだろう。

呵責も慈悲もない。

 破壊だけがそこにあった。

「終わりだ」

 さて、その元凶ともいえる冒険者はというと、目の前の惨状を意にも介さない。息一つ、乱れていなかった。

「くるか?」

 冒険者が声を発する度、奇妙な光景が姿を見せる。

 頭部を覆う竜兜がその声に連動し、その口元を開けては閉じている。

 その度に牙が現れ、息遣いが漏れる。よくよく見れば、牙の奥には厚い肉が動いていた。

 長く、筋肉の塊のようでいて柔らかなそれは……舌だ。長く、肉の厚い舌が言葉を紡いでいるのだ。

 兜の、竜瞳を模したであろう部位が瞬きを起こした。よく見れば、眼球には確かな血の管が走っている。

 何故か?呪いの類を宿している訳でもないただの兜が、何故ここまで生物らしい動きを見せるのか?

「くるか」

 冒険者が注ぐ視線の先、ダンジョンの奥へと続く暗闇の内側から、羽音が燻り始めた。

 その分厚さも、数も、先程のものを遥かに上回っている。

 羽音はやがてその大きさを増し、確かな速度で冒険者の下へと近づいてきている。

「こい」

 そう呟くと、冒険者はまたもや首を擡げ、その牙を鳴らした。

 生じた火花が炎となり、裂けた口元より帯の如く棚引いた。

 闇を裂き、矢と化した魔物の群れが今にも跳び出さんとしていた。

 ダンジョンに新たな灰が積もるのは、これより数秒後のことだった。


⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 ドラグーン。

 それは竜の力を操るクラス。

 元の肉体を捨て、己が肉体を竜のそれと化すクラス。

 限られた者しか成ることを許されず、しかし同時に多くの者に望まれる道の一つ。それがドラグーンと いうクラスだ。

 その稀有なる者の一人が織りなす冒険を覗いてみよう。

 彼の名はラゴン。

 この世界において数少ない、ドラグーンのクラスを得た冒険者の一人である。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



<ダンジョン 荒ブル空ノ遺跡>


 延々、響き続ける“音“があった。

 嫌悪を示さずにはいられない不快感、そこにけたたましさを共存させたそれは、いわゆる蟲の羽音である。

 ダンジョンという場所で響いているのだ。当然、羽音の元凶は魔物だ。

蟲系という大枠の中、ホーネット系と呼ばれる内枠に位置する魔物が奏でる特有の音だった。

 そのホーネット系の中にとある“弓”の名を持つ魔物がいた。この羽音を担うのは、正しくその弓のホーネットだ。

 名を、ショートボウホーネットと言った。

 如何にも蟲らしい頭部、胴体を覆う白い体毛、酷く小さな六本の脚、背より生える四枚の羽……色調や細かい差異を除けば、ここまではホーネット系に属する魔物が持つ共有点と言ってもいいだろうが、ここからがショートボウホーネットとそれ以外とを分ける差である。

 本来は毒針が生えている筈の腹先からは……驚いたことに、小型の弓のような部位が付属していた。肉々しい形状をした弓本体に始まり、端から胴体に向かって伸びる鋭い弦、そして本体の中心には何と矢の姿まで見受けられる。

 その構造は正しく弓のそれだ。だが、真に驚くべきことは、この弓の如き部位のすべてが、決して見せかけのものではないということか。

 ショートボウホーネットとは胴体へと繋がる弦を自らの意思で引き、弓を大きくしならせ、矢を射出する、いわゆる武器を扱う類の魔物だった。

 肝心の威力は熟練の射手が放つ矢のものと相違がないどころか、場合によっては石像すら穿つ威力を見せるという。

 これが、Eランクモンスターことショートボウホーネットが持つ特徴だ。

 Eランク。一般的にそれなりに経験の積んだ冒険者であれば問題なく処理できる魔物とされるが……このダンジョンが孕むその数は、数体や十数体などという生易しいものではない。

 見るがいい、この光景を。どこに視線を向けようと必ず映り込む、ショートボウホーネットのその姿を。

 聞くがいい、この羽音を。どう耳を塞ごうと嫌悪をねじり込む、絶え間なく響く羽音の数を。

 百か?二百か?数百か?数えるのが馬鹿らしくなる。それほどの物量だ。

 危険なダンジョンだった。むやみに足を踏み入れれば、容赦なく無数の矢雨が降り注ぐ。冒険者はこれを潜り抜けながら奥へ奥へと進まねばならないのだ。

 言うまでもなく、決して簡単なことではない。ショートボウホーネットはEランクの魔物。確かに、個体としては駆け出しの冒険者にすら討伐できるような魔物。だが、たかがEランクとはいえここまでの数が揃え踏んだ状況を前に、ルーキーであろうとベテランであろうと、楽観視を抱く冒険者などこの世にはいない。

 仮にこの世にいたとして、そのような甘い冒険者であれば、とうに死んでこの世にいない。

 上下前後左右より迫る矢の軍勢。熟練の、歴戦の冒険者であっても格好の的になりかねなかった。

 加えて、ショートボウホーネットの系譜は繰り出す矢のすべてに大なり小なり毒の追加効果を持つ。すべての攻撃が該当するわけではないが、警戒は必須だ。

 数の暴力、矢の嵐、毒……手練れの冒険者であろうと膝に矢を受ける。

 そのダンジョンに今、一人の冒険者が攻略に臨んでいた。

 ソロだ。仲間はいない。装備は槍。武器、防具共に、その外観は飛竜ことワイバーンを連想させるものだ。

 もっとも特徴的なのはその頭部。竜の頭部を模した兜“らしき”もの。武器と他の防具が暗緑色を基調とするのに対し、これだけ赤を基本としている。その色の差異が強力に目を引いた。

 ドラグーンのクラスを持つ冒険者、ラゴンだった。

「…………」

 ラゴンは槍を構えた。ワイバーンを素材とした槍、飛竜槍だ。

 かの者の周りでは、無数の羽音がサークルを成していた。

 すべて、ショートボウホーネットによるものだ。本来ならば毒針を備えているのが自然であろう位置に装備した短弓を構え、止まることなく動き続けている。

『○×』

『△×』

『×、○』

『△△△』

『×』

『△』

 何らかの意思疎通を図っているのか、ショートボウホーネットの顎が不規則に鳴らされる。

 ラゴンが周囲を軽く見渡した。その数は甘く見積もっても百は下らない。見るからに多勢に無勢──傍から見ればそうとしか言いようのない状況だ。

 まだ冒険者と魔物の邂逅から十秒と経過していないのもあるだろう。互いの初手は様子見から始まっていた。

 ……邂逅からの経過時間が丁度十秒に達した途端、揺らめく気配に変化が生じた。

 ショートボウホーネットは黙々と広範囲に散ると急停止、揃って一斉にラゴンの立つ方向へ向き直る。

『『『『『『『『『『『×』』』』』』』』』』

 ヂギン。

 硬い音が響いた。

 ショートボウホーネットが弓を構え直していた。音は、これにより生じたものだった。

 弓を構える際に生じる小さな音も、百も揃えば爆音となって周囲に響く。音の大きさはイコール、この場におけるショートボウホーネットの密度を物語っている。

 弓の狙いは、言うまでもない。

 構え直してから一秒と経たず、矢は即座に放たれた。

 彫刻を一息に粉砕する力を秘めた矢が、文字通り矢継ぎ早に繰り出される。連続且つ広範囲に渡る矢の嵐。どこへ行こうと逃げ場がなかった。

 矢の暴風域に逃げ場はない。前後左右、上下にさえ……これを前に冒険者は、

「……」

 片手間に答えた。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 百を超えるショートボウホーネットとたった一人の冒険者の戦いは……まさに一方的な展開となっていた。

 その差を考えれば当然の帰結と言えた。百と一との差は歴然。戦いそのものがほぼ成立していないに等しかった。蹂躙と言い換えてもいいだろう。

 そう。このような事態、予想などしていなかった筈だ。

百の弓を揃えた筈が……たった一振りの槍に打ち倒される事態など。

「──!」

 熟練の冒険者が繰り出すレイピアの刺突は呼吸一度につき三つの音が弾けるという。

 それを上回る速度で繰り返される槍の刺突が、己が身に迫る矢嵐を次々と弾き落としていく。

 たとえ頭上や背後といった死角からの攻撃であろうと関係ない。背に向けて放てば後ろ手に軽く繰り出された刺突に阻まれ、頭上より打ち込めば事もなげに突き出した槍の穂先に弾かれる。

 ショートボウホーネットが繰り出す無数の矢を前に、ラゴンはそれを悉く弾き飛ばす。

 あまつさえ、カウンターとして次々と刺突を繰り出していく。

 突き出された穂先より飛び出す刺突の衝撃波が、射線上に舞うショートボウホーネットを纏めて貫き倒していく。

 今も数体のショートボウホーネットが刺突に巻き込まれ、消えていった。持ち前の防御力に対し、ラゴンの攻撃力との差が大きすぎる証拠だった。

 刺突により、ショートボウホーネットの胴体に風穴が開いたかと思えば、魔物は瞬時にバラバラに分解され、肉片となって宙を舞う。

 魔物にとってもラゴンにとっても、もはや見慣れた光景だった。矢を番えて繰り出せば易々と防がれ、即座に反撃の餌食となって四散する。再び矢を番え、放ち、防がれ、反撃される。三度、矢を番え、放ち、防がれ……見慣れるどころか、見飽きたという言葉の方が正しいのかもしれない。

 戦力の差は明らかだった。

『△!』

 百以上の数を揃えていた筈の魔物の残数は、遂に半分を切った。

 その瞬間、一体のショートボウホーネットが一際巨大な金切り声を上げた。

 鉄を裂くような、けたたましい鳴き声だった。

 鳴き声が響き渡って一秒と経たず、一際重い羽音がどこからか聞こえてきた。

 気づけば大量のショートボウホーネットの中に、一回り巨大な魔物が映り込む。

 外見はショートボウホーネットと似通ったものだ。

 だが、先述のとおり、その大きさが違う。

 背から外へと伸びる羽も、ショートボウホーネットが四枚なのに対し、その数は六枚。

 何より、腹先より伸びる弓の形状と重厚さが一線を画す。

 ショートボウホーネットの上位種にして危険度Dランク、ロングボウホーネットだ。

 文字通り長弓を携えた魔物が複数、いつの間にか群れの中に紛れ込んでいた。

 偶発的に現れたのか?

 そうではなかった。

 ロングボウホーネットは能動的に現れたのではなく、受動的に出現した魔物だった。

 いや、呼び出されたという表現が適切か。

 事の発端は先ほどショートボウホーネットが上げた金切り声にある。

 一口に言えば……仲間を呼んだのだ。

 自身と同じショートボウホーネットの系譜の枠内に位置し、尚且つ短弓の上位種ともいえる長弓を呼び出し手札を補充する。

 不意打ち気味に奏でられた金切り声は、このためのものだった。

「……【増援】か」

 ラゴンが小さく呟いた。

 これがショートボウホーネットの次なる方針らしい。

 自分が逆立ちしても勝てない相手なら、自分以上の力を持つ仲間を呼べばいい。理屈としては単純ながら、有効な策と言える。

 呼び出された合計十体のロングボウホーネットが長弓を構えた。一斉に。

 長弓に釣られるように、ショートボウホーネットもまた弓を構えた。同時に。

 狙いはEランク五十体とDランク十体による一斉同時攻撃だ。

 たったランクが一つ違うだけだが、侮ることはできない。

 その一つの差で、危険度は大きく跳ね上がる。その強さの段差は、驚くほどに高い。

 ロングボウホーネットも例外ではない。外見が似ているからと言って、ショートボウホーネットと対峙する要領で迎え撃てば間違いなく痛い目に遭うだろう。

 そんな魔物が十体。同時に放たれた五十の援護射撃を背景に、ラゴンに向かって一斉に矢を繰り出した。

 姿を変え、威力を上げ、再び自らへと迫る矢嵐にラゴンは……その場から動こうともしなかった。

 槍を正面に突き出し、構えこそ見せている。

 だが、それだけだ。

 逃げる素振りも防御の気配もそこにはない。

 あるのは、矢嵐に対する攻撃的な威圧感だ。

 間違いない。迎え撃つつもりだろう。

 真正面から迫り来る怒涛の矢に、真っ向から立ち向かう腹積もりなのは明らかだ。

 とはいえ短弓も長弓もこれに対して然程の興味も抱いていない。

 それは自らの攻撃に対する確かな自信に裏打ちされたものか。これならば、この攻撃ならば、この冒険者を、確実に仕留められるという確固たる自信によるものか。

 確かに、これが最終的に冒険者を打ち倒すと確信しているのであれば、この冒険者が何をしようと意味はない。興味を持っても無駄というものだろう。どうにも魔物らはこの総攻撃に随分な自信があるらしい。

 ……だからきっと、思いもしなかった筈だ。

 その数秒後、今しがた繰り出したその自信が、まさかそっくりそのまま返される光景など。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 迫る怒涛の矢に対し、ラゴンが動いた。

 正面に構えた槍を片手間に、車輪の如く高速で回転させている。

 緩やかさの欠片もない、初動から既にトップスピードを記録した回転槍をラゴンは……そのまま前方に突き出した。

 盾代わり、らしい。

 如何にも攻撃的と言える雰囲気を纏いながら繰り出されたのは防御的行為だ。

 その違和感はさておき、これほどの速度で回転しているのだ、実質的に巨大な丸盾と化した槍は矢に対する防御策として機能しているのは火を見るよりも……と言ったところだが、その本質は防御に位置しない。

 あくまでも、これは“攻撃”を意図して選択された行動であることを知るのは、現状この場に置いては、ラゴン以外に存在しなかった。

 魔物らがラゴンの意図を思い知るのは、今から数秒後のことである。

 さて、超高速で回転する槍に矢が触れた。

 槍が作り出す車輪へ吸い込まれていく無数の矢は、車輪の前に阻まれ、弾かれて、

『『『『『『『『『『『……???』』』』』』』』』』

 次の瞬間、魔物の群れに牙を剥いた。

 ラゴンの槍に触れた矢が、次々と弾き返されていく。

 弾き返された矢はショートボウホーネットに、ロングホーネットに突き刺さり、その息の根を止めていく。

『『『『『『『『『『『……!!!』』』』』』』』』』

 繰り出した矢を返されていく光景に、魔物の群れは慌てて回避を、または射ち落としによる相殺を試みる。

 だが、もう遅すぎる。

 左右に動くより速く、矢を引き絞るより速く、魔物の肉体を矢が易々と通り抜けていく。

 すべて、ラゴンが意図したとおりの結果だった。

 それは防御と反撃を目的としたスキル。

 車輪の如く槍を回転させ、飛び道具やブレスといった攻撃を弾き返す攻防一体のスキル。

「【車輪槍】……」

 その被害は甚大だ。

 回転する槍が弾き返した矢は、全く同じ軌道を通って返される訳ではない。

 軌道が読めない上、高速で弾き返されていく大量の矢に対応できずに打ち倒されていく。

 ようやく矢の反旗が止まった頃、魔物の数は【車輪槍】が繰り出される前に比べて半分はおろか、残り二割にも満たない数にまで削られていた。

『────?』

 そこに、更なる駄目押しが生じた。

 鋭く、荒々しく伸びる“巨大な槍衾”が、魔物の群れの目と鼻の先に、唐突に、その姿を見せたのだ。

 それどころか、槍衾はうねり、揺らぎ、動いていた。

 流動する槍衾の存在を認めた時、魔物の群れはその肉体を破裂させた。

 群れは知る由もなかっただろう。それが前方に向けて高速で繰り返される攻防一体の刺突であることを。

 押しては退き、退いては押す、その繰り返しが巨大な槍衾を幻視させていたことを。

 防御などできるはずもなく、回避を決断するには遅すぎた。

 文字通り無防備な魔物に向かって放たれる刺突の嵐が、羽に、胴体に、頭部に、全身に余すことなく風穴を開いていく。

「──【ファランクス】」

 攻撃系スキル【ファランクス】。

 刺突の嵐が吹き抜ける。

「…………」

 ふと、ラゴンは動きを止めた。

 同時に槍による刺突も止まる。

 周囲には【ファランクス】によって烈断された魔物の姿。

 羽音は、もう聞こえない。

 どうやら、この空間に出現した魔物はすべて打ち倒してしまったらしい。

 見れば見るほど、ラゴンの槍は魔物にとって大きな脅威だった。刺突、斬撃、薙ぎ払いといった基本的な技量の高さに、強力なスキルが加わる。

 攻防一体の刺突を繰り出す【ファランクス】。

 投石に始まり、投刃、矢を経て、果てには属性系ブレスすら弾き返す【車輪槍】。

 しかし、それらは冒険者ラゴンの強さの片鱗に過ぎない。

 何しろ、これはあくまで槍使いラゴンとしての強さでしかない。

 彼の本域ともいえる、ドラグーンとしての力は依然姿を見せていなかった。

 ただ、彼が持ち得る鱗のすべてを晒すような真似は、少なくともこの冒険ではしないだろう。

 ……片鱗程度なら、あるかもしれないが。

「来い」

 どこからか聞こえる新たな羽音に向け、ラゴンは槍を構えた。

 数の暴力を覆す、個の暴力が再び動き出した。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



「…………」

 既に息絶え、痙攣するばかりの死骸の山を他所に、ラゴンは一人、羽音の消えた空間に立ち尽くす。

 それは今より、数十秒ほど前のことだ。

 ショートボウホーネット、そしてロングボウホーネットで構成された魔物の群れを【ファランクス】によって殲滅したラゴンの前に、新たな魔物が姿を見せた。

 長弓に続く上位種、名をビッグボウホーネット。危険度C。ラゴンが本ダンジョンの攻略に臨んで以降、魔物の中で最も高いランクを、つまりは強さを持つ魔物だ。

 短弓および長弓との違いは単純に分けて三つ。

 一つ目は威力。彫刻どころか大岩をも丸ごと砕き割る攻撃力。

 二つ目は射程距離。森林を丸ごと貫くほどの射程。

 三つ目は精密性。暴風の中でも狙いを外さない精密射撃。

 大岩を粉砕する矢が、逃走を無意味とする程の射程を備え、尚且つ熟練の射手にも匹敵する精密性を仲間に繰り出される。

 それがビッグボウホーネットという魔物が持つ力であり……その強力な魔物で構成された群れをラゴンが打ち倒したのが、つい先ほどのことだ。

 戦闘に関する全容は結論から言えば先程までと殆ど変わらなかった。違いといえば、ラゴンによって繰り出される攻撃の中に【真空波】なる無数の風刃を繰り出すスキルが加わった程度。後は【車輪槍】と【ファランクス】による反射と蹂躙が繰り返されただけだった。

 誤解なきよう説明しておくが、Cランクとはいわゆる実力派と呼ばれる冒険者と互角に渡り合える、そういう魔物が位置する段階だ。

 決して、弱い魔物ではない。

 ビッグボウホーネットの強さはロングボウホーネットを大きく上回る。

 それは間違いない、れっきとした事実だ。

 ビッグボウホーネットにとっての不幸は、邂逅した冒険者がよりにもよってラゴンであったことだ。

 ラゴンにしてみれば、長弓も大弓も、多少強さの増したショートボウホーネットが現れた程度の認識でしかなかった。

「……──」

 やがて、ラゴンが動き始めた。

 魔物らの死骸を跨ぎ、更なる奥地へと歩を進める。

 ただ、ダンジョン側もやられてばかりではいられなかったらしい。

 それ以上の侵攻を留めるべく、動き出す影があった。

 ラゴンが見据える闇の奥。

 一本道の通路の果ての果て。

 その先の闇に気配が揺らいだ。

「………………!」

 ラゴンが足を止め、素早く槍を構え直す。

 ラゴンの耳に、微かに、しかし確かに届く音があった。

 羽音だ。その音は、これまでにないほど重い。

 はたして、今度は何が現れるのか。

 警戒するラゴンの目に映り込んだのは、

「!」

 自らに飛来する、特大の矢の姿だった。

 それが一本道の通路を駆け抜け、真っ直ぐラゴンの胸元へと吸い込まれていく。

「……!」

 これにラゴンは目を見開きながらも、冷静に槍を両の手に握り直す。

 そして、薙ぎ払う。

 暴風を交えつつ振るわれた槍は矢の先端と衝突、矢の進路を大きく狂わせる。

 弾かれた特大矢はあらぬ方向へと飛び、ダンジョンの壁へと激突。粉塵を膨らませ、巨大な破壊音と地響きを作り出す。

「……大きさも威力もビッグボウホーネットの数段上か」

 矢がもたらした被害の大きさを瞳に映し、それから正面に向き直る。

 目の前の暗闇、その最果て……彼の視界にこそ依然映らないが、襲撃者はそこにいた。

「会うのは初めてだ」

 姿は見えない。

 だが、それが何者であるか、ラゴンは知っていた。

 暗闇の先を往けば見える筈だ。

 特大の肉体を支える十枚の羽を背に、大弓を超えた特大弓を携えた魔物の姿が。

 一流の冒険者と互角に渡り合うことを示す称号、Bランクを与えられた魔物の姿が。

「……バスターボウホーネット」

 破壊の弓蟲、バスターボウホーネットの姿が。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 続々と通路の果てより撃ち込まれる特大の矢を、渾身の刺突が迎え撃つ。

 矢と槍の衝突によってもたらされる被害は凄まじいものがある。荒巻く風に粉塵が巻き上がり、突き壊され半ばで折れた矢が至るところに突き刺さっていた。

 通路一本を隔てた弓と槍の対決は休むことなく続いていた。放たれた矢を槍の一撃によって破壊する……それを延々と繰り返していく。

 言葉にすれば単純なことだが、この光景を目の当たりにした上で、そうと済ませられる者などいないだろう。

 通路の果てからは分厚い羽音が、そして大量の特大矢が文字通り矢継ぎ早に繰り出されていた。

 たった今、通路の向こう側から飛来した矢は六本……その一本一本が巨大なバリスタの矢に匹敵する。

 矢はまるで蛇の如く不規則な動きを経て、ラゴンの胸元へ吸い込まれていく。攻撃系スキル【スネークスナイプ】。複雑な曲線を描きながら放たれる矢を前に、通路から身を隠そうと意味はない。

 曲がり、くねり、時に急な加速を見せながら進む矢は時間差を置いてラゴンを襲う。

「【車輪槍】……!」

 これにラゴンは【車輪槍】を以て対抗する。弾かれた矢はその向きを反転し、元来た道を辿りながら主に対して牙を剥いた。

 その不敬を、バスターボウホーネットは許さない。

 バスターボウホーネットによって、これまでになく強力に絞り込まれた弓から放たれた矢は、自らの下へ向かう三本の矢をもその余波に飲み込み、粉砕しながら真っ直ぐ通路を突き進んでいく。攻撃系スキル【パワースナイプ】。変化球を捨て、攻撃力に重きを置いたその威力は【スネークスナイプ】の比ではない。

 矢が向かうその先には言うまでもなく、ラゴンの姿だ。弦より放たれ、瞼を落とすより速く眼前に迫った矢を前にラゴンは、

「!」

 手元の槍を縦に一閃。矢を真っ二つに切り裂き、危機を逃れた。

 切り別たれた矢はラゴンの背後にて破壊音と地響きとを引き起こし、ようやく止まる。

 警戒しつつも背後を振り返ったラゴンの双眸に映り込んだのは巨大な二つの穴だった。深々と抉られたダンジョンの壁に更なる亀裂が走り、瓦礫となって一部が崩れていく。

「大した威力だ」

 皮肉でも何でもない、素直な感想だった。

 バスターボウホーネット。その危険度はBという高水準に位置する。

 字列だけを見れば、これはあの飛竜ワイバーンと同じ水準に位置するということになる。ただし、実のところその危険度の高さはバスターボウホーネットの個体としての側面に起因するものではない。それにはまた、別の理由が存在するのだ。

 しかし、今しがたラゴンの前で見せた【スネークスナイプ】に伴う技量、【パワースナイプ】が秘めた攻撃力はそれぞれ目を見張るものがある。

 討伐することが一流の冒険者の証明とされるBランク……少なくとも、それを名乗るだけの強さは持ち合わせていた。

 環境もまた、魔物に味方していた。

 バスターボウホーネットが飛翔する広間と、ラゴンが佇むこの広間。

 これらを繋ぐ一本道の通路。幅が狭く、それでいて酷く長いそれは近接攻撃を得意とする者からすれば悪条件に溢れた環境だ。

 だが、矢という遠距離攻撃手段を持つバスターボウホーネットにとっては、絶好のポイントになり得る。これを無理に駆け抜けようとすれば容赦なく矢の餌食となるだろう。

 この通路はバスターボウホーネットの狩場と化していた。

 だとしても、いつまでもここで立ち止まっている訳にもいかない。

 バスターボウホーネットは強力な魔物だ。それは確かなことだった。

 環境はラゴンにとって見方とは言い難い。それも確かなことだった。

 しかし、だ。

「いい加減、通らせて貰う」

 ラゴンにとっての強敵には位置しない。それもまた、確かなことだった。

 バスターボウホーネットが再び矢を放つ。繰り出されたのは【スネークスナイプ】。

 不規則な軌道を描きながら進む六本の矢を前にラゴンは、

「……──!」

 不意に、地を蹴った。

 これまでのように【車輪槍】によって弾くのではなく、文字通り矢の如き速さで地面を蹴り、前に出た。

 対象の急速な移動に対応できず、【スネークスナイプ】によって放たれた矢はラゴンの遥か背後の闇へと吸い込まれていく。

 ラゴンが駆け出した目的は攻撃の回避にあったのか?

 いいや、違った。

 あろうことが冒険者はその足を止めず、真っ直ぐ狩場である通路に向かって飛び込んでいった。

 捨て鉢になったのか?それとも何かしらの作戦があるのか?

どちらにせよ、この機会を逃すバスターボウホーネットではない。

 即座に狙いを定め、一切の迷いなく特大の矢を放つ。繰り出されたのは【パワースナイプ】。矢は真っ直ぐに、狙い通りの箇所へと吸い込まれていく。

 狙いはラゴンの胴体、その中心に向けて定められている。

 矢とラゴンとの距離が近づいていく。既に矢は逃れようのない距離まで達していた。ラゴンのステータスの高さが災いしていた。高い敏捷性に支えられた動きの素早さが、むしろ矢が到達するまでの時間を稼いでしまっている。

 命中する。バスターボウホーネットの目に、確信の光が揺らいでいた。

「【車輪槍】」

 ただの虚光でしかなかったが。

 矢が到達するその寸前、ラゴンは手のうちの槍を車輪の如く回転させた。

 緩やかさの欠片もない超高速で回転する槍にバスターボウホーネットの矢が触れ、真っ直ぐに弾き返されていく。

 スキル【車輪槍】の効果、カウンター発動の瞬間だった。

 どうやら、強引に【車輪槍】によるカウンターで狩場を突破する目論見らしい。

 確かに、迫り来る矢を連続して弾き続ければ突破はできる。ただの弾くのではなく【車輪槍】を選んだのは反射によるカウンターという旨味があるからか。

 しかし、一度でも反射をしくじれば、その隙を起点に矢嵐に晒されるのは間違いない。

 ラゴンの培った技量、その見せ所だった。

 早速【車輪槍】による反射が発動。主に向け、矢が返されていく。

 バスターボウホーネットは既にこれを打ち落とすべく動き出していた。

『✕』

 速い。

 次矢の装填、弦の絞り、そして狙いを定めて放たれるまでの速度には目を見張るものがあった。

 矢と矢が衝突する。小ぶりなものであれば互いが互いを弾き合い、せいぜい矢の破片を周囲に散らす程度の被害で済むだろうが、これはバスターボウホーネットが放つ特大矢だ。

 爆音と数々の破片が矢となって周囲に吹き飛び、通路のあらゆる箇所に突き刺さる。生まれた衝撃波が地面、壁、天井にそれぞれ亀裂を生み、亀裂は粉塵を生む。

 周辺被害に構う義理はないとばかりに、冒険者と魔物の合戦は続く。

 驚異的な速さで装填から射出までを繰り返すバスターボウホーネット。

 自らに向けて放たれた矢を【車輪槍】によって確実に弾き返すラゴン。

 互いに一歩たりとも譲るつもりはないらしい。

 狩場を抜けるまでの距離は残り半分を切った。バスターボウホーネットへの接近に伴い、自然、矢が飛来するまでの速さ、即ち【車輪槍】を発動するタイミングもまたより短くなっていく。

「……」

 ラゴンの顔に焦りはない。

 あくまで淡々と目の前の矢を弾き返し、前に進む。

 やはり、どこまでも只者ではないらしい。

「……!」

 ラゴンの足が、遂に狩場を抜けた。

 目の前に広がるのは巨大な広間。上下左右、縦横無尽に動き回ることができるほどの広さを備えている。

 しかし、それでもラゴンに自由をもたらしてはくれなかった。

 広場に踏み込んだラゴンの眼前には、無数の塊が浮遊……いや、飛翔していた。

 塊は大きさにこそ差はあるが、いずれも腹先に“弓“を携えている。

 塊が弓を構える。

 ショートボウ。

 ロングボウ。

 ビッグボウ。

 それぞれを備えたホーネットが、ラゴンの目の前を舞っていた。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 バスターボウホーネットは同ランクの魔物と比較し、個体としての力は些か劣る。それは先述したとおりだ。

 それでもBランクという立ち位置を維持し続けられるのは、基本的に下位種である短弓、長弓、大弓と共に出現するという特徴を、つまりは群れとしての力を評価されたことによるものだ。膨大な物量と連携による波状攻撃、その二つを備えた時、初めてバスターボウホーネットはBランクと呼ばれるだけの力を得る。

 ゆえに、こうなるのも自然なことだった。

 ラゴンが狩場を抜け、広間に踏み込んだ瞬間、バスターボウホーネットの配下達は爆発的な羽音を連れ、一斉にその姿を現した。

 ここまで羽音はなかった。あくまでラゴンの耳に聞こえていたのはバスターボウホーネットの分厚い羽音だけだ。

 ラゴンに気取られぬよう身を隠していたのは間違いなかった。気配を消し、こうしてラゴンが本命の狩場に踏み込んできた瞬間にカウンターを仕掛ける腹積もりだったらしい。天井、壁、地面……隠れられる場所はいくつもある。

『『『『『『『『『『✕』』』』』』』』』』

 弓を構える。その先には勿論ラゴンの姿だ。

 矢は即座に放たれた。逡巡の欠片もない、一瞬の攻撃だった。

『────?』

 その直後のことだった。

 バスターボウホーネットの視界が異変を捉えた。

 眼前に迫るラゴンの口腔に、燻るものを見た。

 火だ。牙の端より外へと漏れ出す、炎の束だった。

 ラゴンは一際強く牙を鳴らした。

 その直後、零れ出す炎がその勢いを猛然と増した。

 ドラグーンが息を大きく吸い込んだ。

 そして、次の瞬間。

 文字通り、一息に吐き出した。

 ダンジョンを眩い赤光が駆け抜けた。

 光が、魔物の群れを飲み込んだ。

 スキル【フレイムブレス】。

 ドラグーンの持つ攻撃系スキルの一つ。

 読んで字のごとく、炎の吐息を吐きつけ攻撃する。

 その威力はあらゆる物体を瞬時に燃やし尽くす。

 ドラグーンの片鱗、そのうちの一枚が晒された瞬間だった。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔




 地面の至るところに黒塊が転がっていた。

 かつて短弓の名を、長弓の名を、大弓の名を冠した魔物の成れの果てだった。

 それらの中心に、一際巨大な黒塊がある。

 焼け爛れた羽らしきものを丸め、胴体をまるで胎児のように小さく丸めたそれもまた、かつては強力な魔物として名を馳せたものの成れの果てだった。

 巨大な黒塊ことバスターボウホーネットの残骸は、その肉体の多くを黒炭と化した状態で転がされていた。

 血も肉も生命さえも燃やし尽くされた魔物の目に光はない。ドラグーンの炎に、つまりは竜の炎に焙られたのだ。

 羽虫が山火事に飛び込むようなものだ。

 無事でいられる筈がなかった。

「…………」

 さて、この惨状の元凶ともいえるラゴンはといえば、あくまで平然と、いまだ地面に燻る炎を踏みつぶしながら歩みを進めていた。

 その瞳は、既に広間の奥を、ダンジョンの更なる奥地を見つめていた。

「次」

 そう、まだ冒険は終わっていない。どのような魔物であろうと、それが例えBランクという座に位置する強力な魔物であろうと、ダンジョンの中を冒険し続ける限りは通過点に過ぎない。

 ラゴンが槍を大きく振るうと、地面を駆ける炎はたちまち消え去った。

 再び暗闇を取り戻した空間の中で、冒険者の双眸だけが爛々と燃えていた。



⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 ドラグーン。

 それは竜の力を操るクラス。

 元の肉体を捨て、己が肉体を竜の“それ“と化すクラス。

 熟練の斬撃を、打撃を、属性を弾く肉体。

 毒、麻痺、混乱といった肉体を蝕む異常への耐性。

 あらゆる物体を燃やし尽くすスキルの使役。

 限られた者しか成ることを許されず、しかし同時に多くの者に望まれる道の一つ。

 それがドラグーンというクラスだった。



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