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わざとじゃない。けど、本当はーー

教室の窓から差し込む陽射しが、ちょうど机の上に当たっていた。


プリントの白がやけに眩しくて、私は軽く目を細める。


「――笹本、数学の点数、また七十五点か」


前の席で、誰かがつぶやいた。


聞こうとしたわけじゃないのに、その名前だけ、耳に残る。


私の斜め後ろ。いつも静かなその席に、彼はいる。


隣の席でもないのに、やけに意識してしまうのは、どうしてだろう。


「……また、ってことは、ずっと同じ点数ってこと?」


「そうそう。三回連続だって。偶然ってある?」


小さなざわめきに紛れて、私は一度だけ後ろを振り返る。


笹本悠人は、ノートを閉じる手を止めない。


顔色一つ変えず、静かにペンをしまっていた。


なんとなく、気づいていた。


彼は、本当はもっとできる。


それでも、目立たない点数を選んでいる――そんな気がしてた。


教室の空気が少しずつ、彼に向けられていく。


「わざとじゃないの?」


ふと、私は口にしていた。


笑っていたつもりだった。軽口の一つ、冗談みたいに。


でも、その声に反応したのは、私だけじゃなかった。


「え、どういうこと?」


「笹本くんって、わざと点数落としてるの?」


みんなの視線が、じわりと彼に集まっていく。


彼は何も言わなかった。


でも、そのまま立ち上がり、教科書を鞄にしまった。


私は少しだけ、後悔していた。


別に悪意があったわけじゃない。


ただ……気になって、つい、口にしただけだった。


笹本くんは教室を出ていく。


背中がいつもより遠くに見えた。



放課後。


私は一人、教室に残っていた。


誰かが窓を開けたせいで、風がカーテンを揺らす。


その音だけが、静かな教室に響いていた。


「……あたし、何やってるんだろ」


つぶやきは、誰にも届かない。


ちょっとした冗談のつもりだった。


でも、それがきっかけで、彼は少し目立ち始めている。


今日は、他の女子とも話していた。


――それが、普通のことなのに。


なぜ、こんなに心がざわつくんだろう。


私は、笹本悠人が好きなんだろうか。


いや、それは違う。


違うはず。


そうじゃなきゃ、困る。


だって、彼はクラスで浮いている存在だった。


話しかけようと思えば、いくらでも機会はあった。


それなのに、ずっと遠くから見ていただけだったのは、なぜ?


私はきっと、変わるのが怖かったんだ。


いつも通り、みんなに優しくして、うまくやって。


それで満足していた。


“特別”なんて、求めていなかった――はずなのに。


「……変なやつ」


そうつぶやいて、立ち上がる。


窓から見える夕焼けが、少しだけ滲んで見えた。


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