第1章:愛の罪 (種族の壁1)
初めて小説を書いてみました。どのような経緯でありこの作品にありついていただきありがとうございます。ぜひ最後まで読んでいってください。
暗い森の中、小さな寝息だけが聞こえていた。
ジールは焚き火の炎をじっと見つめる。あの夜のことが、どうしても脳裏から離れなかった。
私の家族は、出来損ないの俺が兵士になれたときは、心から喜んでくれた。
仲間たちと囲んだ食卓、訓練の疲れを笑い飛ばしあった日々。
だが――もう、あの場所には帰れない。
そのことに、今さらながら気づいた。
なぜ、私はあいつを連れ帰ったのだ。
――人間の赤子など、燃え落ちた村と共に消えるべきだったはずだ。
というか竜人の私に人間の子など育てられるのだろうか、あの子は俺とは違い肌は柔らかく、顔の形も違う角や牙はない、さらには尻尾すらない。
ジールはそのことに胸の奥がざわめくのを感じた。
「……疲れた……少しだけ、休もう……」
静けさを破るように、か細い声が漏れた。
「……あ、あぁ……うぇ……えぅ……あ、あぁ……」
ジールは乱暴に頭をかく。
「……あぁ、眠いんだ。少しくらい寝かせてくれ! 俺は竜人の兵士だぞ、お前なんかたやすく──っ……」
言いかけて、言葉が喉に詰まる。
なにを言ってる、俺は……馬鹿じゃないのか。これは、自分で選んだ道なんだ。
帰れないのも、家族や仲間に会えないのも、すべて自分の選択の結果だ。
ため息をついて、ジールは赤子をそっと抱き上げる。
火のゆらめきに照らされるその顔は、どこまでも無垢で、あまりにも小さい。
焚き火の前、ようやく眠りについた子のそばで、ジールは肩を落として座っていた。
「どうして、俺はこんなことをしてるんだろうな……」
誰に聞かせるわけでもなく呟いた声に、小さな手が夢の中でジールの指をぎゅっと掴んだ。
その力は微かなものだった。けれどジールの胸を、強く引っ張った。
「……お前、ちっせぇくせに……ずるいな」
火の明かりに照らされたその表情は、かつての戦場にはなかった柔らかさを帯びていた。
また朝が来た。
何事も起きなかったことに安堵する暇もなく、ジールにはやるべきことがある。
赤子の食料を確保しなければならない。
幸い、この森には木の実や野生動物のミルクなど、命をつなぐための糧がある。
肉ばかり食べて生きてきたジールにとって、それらはどれも味気なく、時には苦かった。
だが――それでも。
「……悪くない」
そうつぶやいた彼の口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。
少し温めたスープを、赤子の口にそっと運ぶ。
「……こいつは、なんでも美味そうに食いやがるな」
その声には、あきれと愛しさがないまぜになっていた。
その横顔は、まるで父親のようだった。
ぽつん。
一滴が、首筋に落ちた。
続けて、二滴、三滴──あっという間に雨は地面を叩き始める。
空の青はすぐに薄れ、灰色の雲が広がった。
雨音は次第に激しくなり、次第に不穏な空気が森を包み始めた。
「……まずい」
そうつぶやいたときには、もう全身が濡れていた。
雨が強まる中、必死に走り続けていたジールの目に、ふと岩壁の影が映った。
「あそこだ!」
ジールたちは洞窟に駆け込んだ
暖を取るものも、濡れた服を乾かす手立てもない。
洞窟の冷えた空気に体温を奪われ、赤子の身体は震え始める。
その夜──赤子に熱が出た。
息が浅い。顔が真っ赤に火照っている。
ジールが必死に額を冷やすが、熱は下がらない。
「ここじゃ……ダメだ」
ジールは迷っていた。けれど、もう猶予はない。
外はまだ雨が降り続けている。だが、彼は立ち上がった。
赤子を背負い、ずぶ濡れの森へと駆け出す。
その顔に宿っていたのは、恐れではなく──決意だった。
ジールは冷たい雨に打たれながら、レイをしっかりと抱き締めていた。
どこへ向かっているのかもわからないまま、ただ前だけを見て、がむしゃらに走り続ける。
足は重く、呼吸は乱れ、体力は限界に近づいていた。
けれど、立ち止まるわけにはいかなかった。
この小さな命を守るため、何があっても諦めるわけにはいかない。
おそらく疲れと栄養不足だろう、ジールはもうじき限界を迎えるその刹那、森の奥に一つの小屋を見つけたジールはあそこにいる誰かがこの子を救ってくれる願わずにはいられなかった。
ようやく小屋にたどり着き、その戸を開ける。
中には、緑の髪を濡らした一人の少女がいた。
こちらを向いた少女は、赤い瞳に長い耳——エルフだった。
竜族とエルフの間には、深い因縁がある。
以前の俺であれば、迷わず掟に従い戦闘を始めていただろう。
この狭い小屋なら距離もない。無理やり抑え、彼女を追い出していたはずだ。
「お願いします。この子の看病だけでも、させてくれませんか!」
ジールは頭を深く下げ、必死に頼み込んでいた。
リスクを避けたかっただけかもしれない。
けれど、自分が今何をしているのか、一瞬理解できなかった。
——それが、間違いではなかったと。
すぐにそう感じることになる。
「……えっ……?」
少女は明らかに驚いていた。
普通なら、竜族に襲われると思っていたはずだ。
だが、それ以上に——
竜族の男が、人間の子を抱えている。
「……わかりました。その子を、こちらへ」
畏怖と疑惑を含んだ少女の声は、わずかに震えていた。
「ひどい熱」
赤子を抱えた少女は、部屋の片隅にある小さなベッドにそっと寝かせると、静かに魔法の詠唱を始めた。
「大いなる魂の流れよ、命をつなげ――ヒーオル」
その言葉と同時に、少女の手のひらから淡い緑色の光がふわりとこぼれ落ち、赤子の小さな体を優しく包み込む。
すると、苦しげだった赤子の顔から少しずつ緊張がほぐれ、浅かった呼吸も穏やかで安定したものになっていった。
「……これでもう、大丈夫。あとは――」
どんっ!
彼女が何かを言いかけたそのとき、背後で大きな物音が響いた。
慌てて振り返ると、扉の前でひとりの竜族の男が、全身の力を抜いたようにその場に倒れていた。
安心したような、どこか気の抜けたような表情を浮かべながら。
* * *
目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。
体が鉛のように重く、手足を動かすにもひと苦労だ。
窓の外を見れば、あの土砂降りは止み、眩しい陽射しが差し込んでいる。
いったい、どれほどの時間、眠っていたのだろうか――
そんなことをぼんやりと考えながら、ジールは重たい体をゆっくりと起こした。
そこには誰もいなかった。
赤子も、あの少女も――。
ジールは慌ててベッドから身を起こし、小屋の扉を勢いよく開け放って外に出た。
太陽が眩しく空を照らしている。
風が肌を撫で、近くの森の奥からは川のせせらぎが微かに聞こえた。
音のする方へと向かうと、そこに一人の人影があった。
あの少女だった。川辺で静かに水を汲んでいる。
視線が交わった瞬間、彼女は少し難しそうな顔をした。
「――あの子は!?」
ジールが声を上げると、少女は目をわずかに斜め下に向けた。
そこには、四つん這いになって大地を踏みしめている赤子の姿があった。
驚きに目を見開くジールを見て、少女はふっと口元を緩めて言った。
「はいはい、ですよ」
「……はいはい?」
思わず聞き返すと、彼女は微笑んだまま続けた。
「ええ、人族の赤子は、こうやって移動を覚えるんです」
なんという非効率。
歩くでもなく、這いずるでもない、不安定な四肢の運び。
だが、不思議だった。
その姿を見ていると、なぜか胸の内にあたたかなものが芽生えていた。
「ところで、竜人さん。あなた、お名前は?」
「……ジールだ。俺たちを救ってくれて感謝する」
「私はミリュエル。どういたしまして」
そう言って、彼女は水瓶を抱え直した。
「ところで、その子の名前は?」
赤子――人間の赤子。
ジールは、重大なことを忘れていた。
そう、名づけだ。
「……まだ、ない」
少しばつの悪そうな顔で、そう答えるしかなかった。
「はああああぁぁぁぁぁーーーーー!?!?!?」
小屋に着いた瞬間、ミリュエルが突然、絶叫した。
「な、なんだ……?」
何かあったのかと駆け寄ると、そこには……外れかけたドアの無惨な姿があった。
──ああ。
思い当たる。
俺が目覚めたとき、勢いよく開けたせいか。
プルプルと震えながらこちらを睨むミリュエルは、静かに歩み寄ってくる。
──説教、開始。
彼女は怒鳴るでもなく、淡々と、しかし執拗に俺を責めた。
突然の押しかけ。
倒れて迷惑をかけたこと。
何日もベッドを占領したこと。
極めつけは、ドアの破壊──。
その一言一言が、まるで軍時代の上官の説教のように、俺の精神を削っていった。
──まさか、エルフの少女にこんな圧をかけられるとは。
この子……将来、大物になるかもしれない。
俺は謝罪とともに、小屋を直すことを約束し、なんとかその場をしのいだ。
その夜、赤子を寝かしつけたあと、
俺はこれまでのことをミリュエルに話した。
ジールの話が終わると、ミリュエルは座ったまま拳をぎゅっと握りしめた。
「どうして……どうして、そんなことをしたの……!」
その声は驚くほど静かだった。怒鳴りもせず、ただ深く、冷たい怒りがにじんでいた。
ジールは口を開きかけて、だがすぐに閉じた。
村が焼かれる光景の中、泣き叫ぶ赤子の声に、心が抗えなかった。
この腕に抱いた命――それは間違いなく、助けるべきものだった。
「……助けただけだ。あの子は何も悪くなかった」
「そうね」ミリュエルは目を細めた。「あの子は、ね」
彼女は立ち上がり、窓の向こうに揺れる闇を見つめる
「でもその“助けただけ”で、どれだけの命が奪われたか、想像してる?」
「人間の村が襲われ、竜族の兵士が一人消えた。それが何を意味するか、考えたことある?」
ジールの胸が締め付けられる。
考えなかったわけではない。けれど、それ以上に“守りたい”という衝動が勝ってしまった。
「ジール。あなたのせいで、他の村が“襲撃された”なんて報告が入ったら……それが偶然でも、誰が責任を取るの? あんたの上官? あんたの同期?
それに、竜族の兵士が人間の子を匿ったなんて話が広まったら、今まで紡いできた歴史の土台ごと、全部崩れるかもしれないのよ。」
ジールは言葉を失っていた。自分の選択が“誰かを救った”と信じていた。だが今、目の前の彼女が語るのは、それとは真逆の現実だった。
「……俺は……守りたかっただけだ」
ジールが絞り出した声はかすれていた。
「知ってるわよ。でも“だけ”じゃ済まない。世界は、あなたの優しさ一つで動いてるわけじゃないんだから」
「じゃあ……おまえは、それでいいっていうのかよ! 理不尽に、弱い者たちが利用されて、虐殺される――そんな世界が!」
ジールが勢いよく立ち上がって怒鳴ると、ミリュエルはわずかに身をすくませた。
だが、すぐに目を伏せ、どこか悲しそうに微笑んだ。
「……そんなの、どうしようもないのよ。
それが、この世界の摂理なんだから――」
左手で震える肩をそっと押さえながら、ミリュエルはぽつりとつぶやいた。
……あぅっ、あぁぁ……びぇぇぇぇっ……!
少しの静寂を掻き切るようにその鳴き声は響いた。
ジールはとっさに駆け寄る。
「ごめんな、怖かったな……もう大丈夫だ。起こしてごめん……」
赤子はジールの胸に顔をうずめて泣き続けた。
「おやすみなさい」
それだけ言ってミリュエルは暗闇に消えていった。
4000文字なっが!!!平均くらい書いてみるかの気持ちで挑戦してみたけど、正直なめてました。
つたない文章かもですがここまで読んでいただきありがとうございます。
感想お待ちしております。