信頼
「最近、久遠さんさ……話しかけても反応薄くない?」
教室の隅で、誰かがひそひそと囁くのが聞こえた。
静は聞こえないふりをした。けれど、言葉はしっかり届いていた。
(……そんなつもりじゃ、ないのに)
ノートを貸したことも、体育でペアを組んだこともあるクラスメイト。いつの間にか距離が空いていた。声をかけようとして、躊躇して――気づけば誰とも話さなくなっていた。
代わりに、放課後にはいつも玲が隣にいた。
「静、今日は寄り道しよう」
「……どこへ?」
「屋上。夕日、きれいだよ」
玲の声はいつも同じ温度。押し付けがましくもない、でも拒絶できない。
不思議と、従いたくなる声だった。
屋上で二人きりの時間が始まった。
誰にも見られず、誰にも触れられない空間。静はそこで、少しずつ何かを失っていった。
最初に消えたのは、LINEの通知。クラスのグループから抜けていた。
次に消えたのは、習い事。気づけば休みがちになっていた。
「変わったね、久遠さん」
先生の言葉にも、静はただ小さく頭を下げるだけだった。
(別に、嫌われても……玲がいれば、それでいい)
心のどこかで、そんな声がしていた。
ある日。図書室。
読書中の静に、ひとりの女子が声をかけた。
「ねえ、久遠さん。最近、伊織さんとばかり一緒だけど……気をつけた方がいいよ」
「……どうして?」
「彼女、前の学校で色々あったって聞いたよ、久遠さんも…」
「やめてください」
静の声は、思った以上に強かった。
女子生徒は驚いた顔で、何も言わずに立ち去った。
静は、自分の拳が震えていることに気づいた。
(どうして、あんなに怒ったんだろう)
ただ、彼女を否定されたことが、堪えられなかった。
玲のことになると、何かが狂っていく――そんな実感があった。
その日の帰り、玲が言った。
「誰かに何か言われた?」
「……少しだけ。でも、もう大丈夫」
「ふうん」
玲は特に追及せず、ただ歩調を静に合わせた。
その沈黙が、なによりも心地よかった。
(この人が、全部知っててくれれば、それでいい)
(そう、それでいいの……)