第6章 最初の客
夜明け前の工房で、私は入り口近くに佇んでいた。メアリーが約束の時間通りに現れるか、胸を躍らせながら待っている。
チリンチリン──
ドアのベルが鳴り響く。そこには、いつもとは違う装いのメアリーが立っていた。
(あれ…?)
普段の鎧姿ではなく、黒いミニスカートに白いワンピース。青い巻き毛はきれいなポニーテールにまとめられ、背中の大剣だけが唯一の共通点だった。
「あの…これが新しい靴?」
彼女の視線は、カウンターに並べられた革靴へと吸い寄せられる。
「ええ、トーマス親方と一緒に作りました」
メアリーは靴を手に取ると、少年のように目を輝かせた。
「試着していい?」
「どうぞ。椅子を用意しますので」
工房を見回し、ふと気づく。客用の椅子も、展示ケースもない。
(これじゃあ、商売にならないな…)
隣の部屋から自分の椅子を運び出す。メアリーは子供のような笑顔で腰を下ろした。
「どうして履かないの?」
「えっと…あなたが履かせてくれるんじゃないかと思って」
頬を赤らめながら、メアリーはつま先をちょこんと突き出す。
(まさか…)
「わ、分かりました。紳士らしくお手伝いしましょう」
慎重に右足、次に左足へと靴を履かせると、メアリーは蝶のように立ち上がった。
スッ、スッ──
突然、背中の大剣を抜き放ち、目にも留まらぬ速さで虚空を斬り裂く。
「すごい! 軽くて、力がみなぎってくる!」
「気に入っていただけて何よりです」
彼女の頭上に、ふわりと文字が浮かび上がる。
【城門警備隊長 メアリー】
【システム通知】
おめでとう!
NPC3人目との友好関係を確立しました!
『靴職人』レベル1に昇格!
▷レベル:1
▷職業:靴職人
▷魔法スキル:使用不可
▷特殊能力:NPCの友(?)
(は? この"?"マークは…?)
困惑しながらも、メアリーが楽しそうに剣を振るう姿を見て、ふと気づいた。
──この世界で本当に大切なのは、数値じゃない。
「トーマス親方にもよろしく伝えてね! もう行かなきゃ!」
メアリーは風のように駆け出し、城門へと消えていった。