第5章 初めての完成品
革屋を出ようとした瞬間、店主の頭上に【革屋の主人 アルバート】という名前が浮かび上がった。
(ああ、この人は店員じゃなくて店主だったんだ)
NPCとの関係構築の重要性を改めて実感する。彼らの態度は、こちらの接し方で大きく変わるのだ。
「他に何か必要なものは?」
「いえ、これで十分です。ありがとうございました」
「トーマスによろしく伝えてくれ。近々、一緒に飲みに行こうじゃないか」
「喜んでお伝えします」
アルバートの友好的な態度に胸が温かくなった。メアリーとはまた違うタイプのNPCだ。
店内の他のプレイヤーたちが不満そうに私を見ている。これ以上目立たないよう、急いで店を後にした。
「おい!待て!」
城塞の方から聞き覚えのある声がした。振り向くと、メアリーが手を振りながら駆け寄ってくる。
「呼んでるのに、なんで無視するの?」
近づいてきた彼女の額には怒りの血管が浮かんでいた。
「あの、何か用ですか?」
「遠くで見かけたから声をかけたの。王様から緊急任務を命じられて、明日出発することになったの。だから靴、明朝までに完成させて。トーマス親方に伝えてくれる?」
「了解しました。任務、無事を祈っています」
なぜかメアリーの頬が赤くなり、慌てて走り去っていった。
(NPCが照れるなんて……でも、まだ彼女の名前は見えない。もっと深い関わりが必要なのか?)
考えながら工房に戻ると、トーマス親方はメアリーの靴に没頭していた。
「親方、革を買ってきました」
「ありがとう。メアリーからの伝言もありがとう」
親方は優しく微笑みながら続けた。
「王命とは大変だ。無事に帰還できることを祈ろう。しかし正直なところ、一人では明日までに完成させるのは難しかっただろう。弟子がいてくれて本当に良かった」
胸が熱くなる。親方の言葉は大きな励みになった。
「さあ、頑張りましょう!」
目を輝かせながら作業台に向かう。親方は既に型紙を準備し、縫製用具を整えていた。
渡したヤギ革を、親方は熟練の手つきで裁断していく。寸法を測り、小さな穴を開けていく。
「今度は君の番だ。靴底の仕上げを任せよう」
初心者の緊張で手が震える。深呼吸し、サンドペーパーを手に取る。何度も丁寧に磨き、接着剤を塗布し、再び磨く。
親方が満足そうに頷くのが見えて、誇らしい気持ちになった。
最後に靴鎚でしっかりと叩き、強度を確認する。
「見事だ。素晴らしい出来だ」
「ありがとうございます!」
気づけば夜は明け、朝日が差し込んでいた。
【おめでとう!】
【初めての靴を完成させました!】
【アイテム情報】
・敏捷性 +2
・筋力 +1
・バランス +1
(え? これだけ?)
思わず目を疑った。こんなに苦労したのに、この性能値は普通なのだろうか?
親方は完成した靴を慈しむように撫でながら言った。
「最初の作品としては上出来だ。だが覚えておきなさい、本当に優れた靴は数値では測れないものだ」
その言葉に、私はハッとさせられた。ゲームの数値だけが全てではない。この世界で、私たちが作るものにはもっと深い価値があるのだ。
メアリーがこの靴を履いた時、きっとその真価がわかるだろう。