第48章 牛革から生まれた静かな奇跡
その朝、私は工房に早く到着した。
空気はまだ冷たく、胸には言葉にできない熱意が宿っている。
今日は注文が一件も入っていない。
だが、それは私が手を休めることを意味しない。
作業台の隅にある箱を開ける。
中から、ずっと前に手に入れたあの牛革を取り出す。
濃い茶色で、滑らかながら強靭な質感。
手袋で触れると軽く伸び、すぐに元の形に戻る。
「この革…靴作りに本当に理想的だ」
私は独り言のように呟く。
ベアトリクスはまだ到着しておらず、
メアリーだけが他の椅子に座っている。
今日は客の注文ではなく、自分の想像力から生まれる靴を作りたい。
心の奥から湧き上がるデザイン…
「ソールはもう少し柔らかく、しかし長持ちするように」
ペンを手に取り、素早くスケッチブックに描き始める。
足裏に当たる部分を三重構造に構想する。
柔軟な支持層、衝撃吸収層、最後に滑り止めゴム。
牛革の自然な紋様を活かした縫製パターンを選ぶ。
シンプルながら目を引くフォルム。
この靴の名前はもう心に浮かんでいた。
【匠の静かな一歩】
《製図師》のスキルを発動させる。
視覚イメージが目の前にゆっくりと形作られていく。
準備が整う。
材料を作業台に並べ、糸を通す。
最初の裁断を慎重に行う。
牛革の香りが工房全体に広がる。
一針一針、瞑想のような静けさの中で進めていく。
手は自動的に動き、私の心は別次元にいるようだ。
「何を作っているの?」
メアリーが傍に寄ってきた。
「自分の想像でデザインした靴だよ」
私は微笑む。
「素敵な考えね。時にはこういうものも必要よ」
彼女は見守り始める。
ベアトリクスもほどなく到着した。
「この香り…牛革か?」
入り口で鼻を鳴らす。好奇心がすぐに伝わってくる。
「ああ。前から寝かせていたんだ。そろそろ時期だと思って」
最後の糸の結び目も仕上げる。
実際、牛革を使うのはこれまで何度もあったが、
その香りがこれほど繊細だとは今さらながら気づかされる。
そしてついに靴が完成した。
クラシックながら、洗練された優雅さをたたえている。
箱詰めする前にインターフェースを開く。
システムメニューから『個人製作』タブを選択。
【新規商品追加】
→ 靴種別:軽量革靴
→ 素材:牛革
→ 特性:+耐久性、+静寂歩行、+快適性
→ 名称:匠の静かな一歩
「価格はどうする?」
メアリーが尋ねる。
「自分たちの作品だ。高品質だが手の届く範囲に」
40銀貨と設定する。
【商品の登録に成功しました】
画面に現れた緑の光が目に眩しい。
「あとは最初の購入者を待つだけね」
ベアトリクスがウィンクする。
だが今回は待たないつもりだ。
この商品は客を呼ぶためではなく…
私自身への証明なのだから。




