第43章 新たな注文の訪れ
工房に朝一番で到着したのは私だった。
静けさは慣れたものだが、心に安らぎをもたらす。
『静かな足音の影』
作業台の上の手帳を開き、昨日書いたメモに目を通す。まだ生々しい記憶だ。
窓から差し込む朝日が、工房内に優しい温もりを運んでくる。
この平穏が、私の胸に奇妙な興奮を生んでいた。
「昨日の納品、本当に上手くいったわ」
ベアトリクスが椅子に座り、微笑んだ。
「セラフィーナさんが靴を履いた瞬間は忘れられない」
メアリーも手帳を開き、ページをゆっくりめくる。
私はまだシステム通知を読んでいた。
『静寂の芸術』
このスキルが本当に現実なのか、今も考えている。
この能力により、静寂関連のアイテム効果が10%向上する。
単なる数値上の向上ではなく、名声をも意味するものだ。
「いつか皆が私たちの作品を話題にする日が来るわ」
ベアトリクスが軽く私の肩に触れた。
私はただ頷く。
心の静かな確信で十分だった。
その時、外の扉の向こうから足音が聞こえた。
木の床に響くその歩みは重く、しかし慎重だ。
「誰か来たわ」
ベアトリクスがすぐに扉の方へ向き直る。
ドアが二度、優しく叩かれた。
私たちは固まる。
私は扉を開ける。
目の前には年老いた男性が立っていた。
眼鏡の奥から私をじっと見つめる。
灰色のローブは、彼が学者であることを示していた——このゲームで研究職NPCの服装を何度か見かけたからわかる。
「失礼。セラフィーナに紹介されたのだが」
声は明瞭だが、非常に穏やかだった。
「どうぞ、お入りください」
私は扉を全開にした。
男性は一歩中へ踏み込んだ。
「エルドリンと申す。古代碑文を研究している」
ゆっくりと自己紹介する。話し方は落ち着きに満ちている。
手にしていた巻物を広げ、作業台に広げた。
そこには一足の靴の簡素なデザイン画と、いくつかの注記があった。
【砂上での滑り防止】【長距離歩行時の重量分散】【魔法耐性ソール】
要求事項は極めて具体的だ。
「これは...砂漠旅行者向けに設計されたものね」
メアリーが唇を動かした。
「禁書の砂漠へ赴く必要があるのだ」
エルドリンが頷く。
「あそこは...厳しい場所よ」
ベアトリクスが唾を飲み込んだ。
「何日も続く旅路、鋭い風、魔法で歪んだ領域...」
メアリーが注意深く注記を読み続ける。
「この注文、簡単にはいかないわ」
私はそう率直に言った。
だが胸には小さな興奮も湧き上がっていた。
困難こそ、職人の腕を試す。
「この靴を作りたい」
私の言葉には決意が込められていた。
エルドリンは満足そうに微笑んだ。
眼鏡を直し、ポケットに手を入れる。
小さなカードを取り出した。
注文番号とシステム接続コードが記されている。
「完成次第、システム経由で送って頂ければ結構。私は移動が多いが、システム配達なら確実に受け取れる」
「わかりました」
私は頷いた。
「あなたを信頼している」
エルドリンは軽く会釈し、ゆっくりと去っていった。
扉が閉まり、室内に静寂が戻る。
だがこの静けさは、安らぎに満ちていた。
「新たな注文ね」
メアリーが手帳を開いた。
「またしても挑戦だわ」
ベアトリクスが興奮気味に私を見る。
私はペンを手に取った。
新しいページの上部に、注意深く見出しを書く。
『旅する学者の靴』
これが、新たな職人としての試練の始まりだった。




