第4章 革屋の挑戦
トーマス親方は壁に掛かった靴棚へと向かった。棚の一つ一つを丹念に調べながら、「メアリーの以前のデザイン画はここにあるはずだ」と呟く。
慎重に取り出した段ボール箱には、きれいな字で「メアリー」と記されていた。親方は机の上に箱を置き、中から大きな設計図を取り出すと、箱を元の位置に戻した。
私は自分の椅子を親方の横に引き寄せ、設計図を覗き込んだ。
「すごい…魔法みたいだ」
初心者の私にも理解できるほど、細部まで丁寧に描かれた設計図。靴作りのプロの技が詰まっていた。
親方は設計図を眺めながら、左手でペンを握った。
「メアリーは快適性を求めているから、ここはこう修正した方がいいな」
消しゴムでサイド部分を消し、数センチ広げて新たに線を引いていく。次にソールの長さを調整し、細かい修正を加えていった。
(目の前で魔法が起きているみたいだ…)
いくつかの調整を終えると、親方は革を裁断し始めた。
「ヤギ革の在庫が少なくなってきた。革屋に行って、新しいヤギ革を数枚買ってきてくれないか? ついでに店主とも知り合いになれる」
夢中で見入っていた私は、はっと我に返った。
「はい、喜んで!」
元気よく返事をすると、地図で革屋の位置を確認し、工房を出た。
「強化石販売中! 最強のエンチャント石! 1個たったの2ゴールド!」
「テレポートサービス! どこへでも5ゴールド!」
「HPポーション! MPポーション! どこよりも安く1ゴールド!」
通りではプレイヤーたちが威勢よく叫んでいた。彼らは私と同じ「職人」プレイヤーらしい。
(いつか私も、作った靴をこうして売り歩く日が来るだろうか…)
しかし、そんな日が来るまでには、まだ長い修行が必要だとわかっていた。
地図を見ると、革屋は城の近くにあるようだ。近づくにつれ、城の威容がより一層迫って見えた。城門では警備兵たちが厳重に見張りをしている。
(メアリーもあの中にいるのかな…)
ふと、ある店の前に長い列ができているのに気づいた。
「あれ…?」
看板の革のマークから、これが目指していた革屋だとわかった。しかし、なぜこんなに混雑しているのか?
「だから言ったでしょ! もっと早く来るべきだったわ!」
「俺のせいにするなよ。革が半額になるなんて知るわけないだろ」
列の最後尾で、カップルらしき二人が言い争っていた。
「46レベルのダンジョンボスを倒すにはクマの革が必要なのよ! 私たちまだ30レベルなのに、今のうちに準備しておかないと!」
彼らの会話を聞きながら、少し緊張した。特に女性の強い口調に圧倒されたが、状況を理解することができた。
なんとか人混みをかき分け、店内に入ると――
「おお、トーマスの弟子じゃないか! なぜ後ろで待っている? 前へ来なさい」
店員と思しき男性の声が響いた。周囲の視線が一気に私に集中する。
(えっ…どうして…?)
囁き声の中、私は前へ進んだ。店員はトーマス親方と同じ年配の男性だったが、眼鏡をかけ、少し猫背気味だった。
「こんにちは。ヤギの革を買いに来たのですが…在庫は大丈夫ですか?」
「はっはっは。心配するな、トーマスのためならいつでもあるさ」
「ありがとうございます。でも、どうして私がトーマス親方の弟子だと?」
疑問に思って店員の目を見つめた。すると、彼は私の足元を指さした。
「ああ…」
裸足だった。それが証拠だったのだ。