第39章 霧の湿地へ向かって
霧の湿地に着くまで、そう時間はかからなかった。
森の奥へと続く細い小道を進んでいく。
道中、鳥の声は途絶えていた。
響くのは私たちの足音だけ。
「この静けさ、気味が悪いわ」
ベアトリクスが周囲を見回しながら、剣の柄に手をかけ、囁くように言った。
「あと少し…湿地の入り口まであと数歩よ」
メアリーが再び地図を確認する。
淡い霧が足首まで立ち込めていた。
冷たさが肌に触れた時、私は震えた。
この地域はまさにその名にふさわしい場所だった。
まるで世界全体が静寂に包まれたようだ。
「ここには今まで誰とも来たことがない…一人で来た時も入らなかった」
ベアトリクスが先頭を歩き始めた。
目は警戒し、周囲を注意深く見渡している。
「あそこに…何かいる!」
メアリーが突然立ち止まり、指で前方を指し示した。
霧の中から、シルエットのような人影が現れた。
近づくにつれ、詳細がはっきりしてくる。
長身でローブをまとった人物…
そして背中には植物の束を背負っている。
「NPCか?」
ベアトリクスが剣を半分引き抜く。
「私はロロ。あなたたちはここで〈静寂の花〉を探しているのだろう?」
男の声は風のようだった。
私たちは驚いて互いを見つめた。
彼がこれほど明確に話すとは予想外だった。
「ええ…静寂性と耐湿性、そして優美さを求めているの」
私の返事は明確で、目は彼に釘付けになっていた。
「それを得るには〈静穏蘭〉しかない。そしてこの花は…〈湿地の精霊〉が守る領域に生えている」
「つまり戦いが待っているってこと?」
ベアトリクスが歯を食いしばった。
「いや。この戦いは静かなものだ」
ロロは首を振った。
「どういう意味?」
メアリーが目を細める。
「彼らを倒すことはできない。気づかれずに通り抜けるしかない」
「ステルスミッションってこと?」
ベアトリクスが目を丸くする。
私は頷いた。
この任務は今までとは違っていた。
「そこへはどうやって行けばいいの?」
私の声は決然としていたが、胸の不安は膨らんでいた。
「あの小道…まっすぐに導いてくれる」
ロロが手を上げ、細いトンネルを示した。
「罠は?」
メアリーが直接的に尋ねた。
「ただ一つ…あなた自身の声さえもあなたを裏切る」
ロロは目を細めた。
「どうする?」
ベアトリクスが私を見る。
「行くわ。この任務は私たちのためよ」
「静かに進みましょう。靴職人らしく」
メアリーが微笑んだ。
トンネルの入り口に着いた時、霧はさらに濃くなっていた。
心臓が高鳴る。
しかしこの鼓動が私に力を与えてくれる。
最初の一歩を私が踏み出した。
その後をベアトリクスとメアリーが続く。
今やあるのは私たちの足音だけ。
そしてこの任務は、静寂の中の勇気を試すものだった。




