第36章 五つ星の夜に輝く夢
作業場に吹き込む微かな風が頬を撫で、私は製作帳に目を落とす。
エグロルから届くであろう五つ星の評価を心待ちにして、胸の奥がそわそわと騒がしい。
メアリーは作業台の上にある小さな革の切れ端を手に取り、指先でその表面を確かめている。
「エグロルは、いつになったら満点をくれると思う?」
彼女は好奇心に満ちた瞳でこちらを振り向きながら問いかけてきた。
「今すぐくれたらいいのに! うちの店にはそれが必要だもん!」
ベアトリクスが傍らで足踏みしながら私を見つめ、声に出しきれないほどの興奮を滲ませる。
「でも、もう少し我慢しなきゃね」
私は微笑んだ。期待と共に、内側から温かな力が湧いてくる。
良い仕事には、やはり時間が必要だと、私は知っている。
「そうね。でも、待つのって案外しんどいわ」
メアリーは頷きながら、革の切れ端を静かに机に戻す。
腕を胸の前で組み、少し考え込むような顔つきで続けた。
「でも、満点が来たら…本当に素敵なことよね」
ベアトリクスが両手を叩き、明るく弾けるように笑った。
その笑顔に、部屋の空気まで華やぐようだった。
「もちろんさ」
私も心から頷いた。この空間の温もりが、全身に染み込んでいく。
ささやかな会話が、静かな工房の空気をやわらかく包み込む。
三人でこの穏やかな時間を共有していることが、何より幸せだった。
その時だった。
画面にひときわ眩しい通知が現れ、作業場全体が一瞬光に包まれた。
心臓が大きく跳ね、息を呑んだ。
これは…ついに、あの瞬間だろうか?
『おめでとうございます、【Shoemaker】さん!
あなたの製品「茶色のブーツ」が、NPC商人エグロルより新しい評価を受けました!
新しい評価:★★★★★
エグロルのコメント:「この靴は履き心地だけでなく、職人技も素晴らしい! あらゆる冒険におすすめです!」』
胸の奥で喜びが弾ける。体が軽くなったように感じた。
画面に輝く五つ星と、エグロルからの言葉に目が釘付けになる。
信じられない。けれど、これは現実なんだ。
「五つ星……!」
「やったね、Shoemaker! 完璧よ! 本当にすごいわ!」
ベアトリクスとメアリーが歓声を上げ、両手を高く挙げながら飛び跳ねていた。
その喜びが、部屋の隅々まで広がっていく。
私はただ静かに笑った。全ての疲れが、今、報われたように思えた。
震える手で製作帳に手を伸ばす。
その五つ星とエグロルのメッセージを、丁寧に記録する。
「これはただの評価じゃない。君の才能と忍耐の証だよ」
メアリーが近づいてきて、目を潤ませながら語りかけてくれた。
その優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「これが始まりに過ぎない。でも、とても大事な始まりだね」
「さて、次は何を作る? どんな靴をデザインしようか?」
メアリーが深く息を吸い、目を輝かせている。
「もっとかっこいいものを作ろうよ! 世界市場でみんなを驚かせたい!」
ベアトリクスがせっかちに身を乗り出し、全神経をこちらに集中させていた。
「うん。もっとすごいものを、作っていこう」
新しいデザインが、次々と心の中に浮かんでくる。
この五つ星は、新たなインスピレーションの源だ。
私は窓の外に目を向けた。
夜空には、たくさんの星がきらめいていた。
そして今、私自身の星も、このゲームの世界で静かに輝き始めていた。




