第16章 見えざる者と見える眼
私は描き上げた靴のデザインをすぐにトーマス師匠に見せた。
「これは素晴らしい靴の型紙だ!君を褒めたい。このおかげで、思っていたよりもずっと早く納品できそうだな。」
トーマス師匠は最初こそ驚いた表情を見せたものの、すぐにいつものように微笑みながら励ますような口調で声をかけてくれた。
さて、次に何をすべきか考える。システムの通知では“牛革”を使うのが良いとされていたので、部屋の棚を見渡してみると、たしかに様々な種類の革が並んでいる。しかし、牛革がちゃんとあるだろうか……。
「だが、まだ大きな問題が残っている。」
「もしかして……牛革が足りないとか?」
「いや、牛革は十分にある。ただ、今まで一度もピンク色の靴を作ったことがなくてな。ピンクの染料がないんだ。悪いが、染料屋まで行ってピンクの染料を買ってきてくれないか?」
【新しいクエスト!
トーマス師匠の靴屋にはピンク色の染料がないため、染料屋に行ってピンクの染料を手に入れよう!
マップに染料屋の場所がマークされています。マップを確認して向かってください。】
やっぱり、新しい通知と共に新たなクエストが発生した。
俺は軽く頷いて、店を後にする。マップの確認も忘れずに……幸い、染料屋はそれほど遠くないようだ。城の西側にあるらしいが、あの辺りには今まで一度も行ったことがなかった。
街の通りを歩いていると、今日もさまざまな職業のプレイヤーたちが自分の製品を売ろうと声を張り上げていて、レイドやダンジョンに行くためにパーティーメンバーを募集している声も聞こえてくる。
普段はレイドやパーティーにはあまり興味がないけれど、プレイヤー同士がどんな風に連携しているのかはちょっと気になる。もし俺がパーティーに入ったら、どんな感じなんだろう……?
……いや、馬鹿なことを考えてるな。
このゲームで“靴職人”なんて誰も注目しない。むしろバカにされるくらいだ。そんな職に就いてる俺をパーティーに入れようなんて物好きは、まずいないだろう。
無駄な考えを振り払って、マップに示された目的地へと足を進める。
……と、そのときだった。
突然、地面が揺れるような大きな音が響いた。
――爆発? それとも地震か?
いや、違う。
この音の正体は、今自分が歩いている通りのすぐ下にある“アリーナ”から聞こえてきたのだ。
「……アリーナか! 初めて見る!」
そのアリーナは小さいながらも、まるで現代建築のような設計で、木材ではなく石造りの壁に囲まれ、周囲には木がたくさん植えられていた。観客席もあり、ざっと見て2〜3千人は収容できそうだ。
中ではちょうど2人のプレイヤーがバトルをしているようで、観客の怒号や歓声が耳をつんざくような勢いで街中にまで響いてくる。
俺が興味津々でアリーナを眺めていると――
ドンッ!
「うわっ!?」
背中に強い衝撃を受けて、転びかける。なんとか体勢を立て直すと、後ろを振り返る。
「もう少し前を見て歩けよ……!」
誰だ? そう思って辺りを見回すが、誰もいない。……いや、たしかに誰かがぶつかってきたはずだ。しかも、その人もよろけて倒れたような音も聞こえた。
……もしかして、気のせい? それとも風か?
いやいや、そんなわけない。確かにぶつかった感覚はあったし、倒れる音も聞いたはずだ。
でも姿がない――
(まあ、いいか……今は任務を優先しよう)
気持ちを切り替えて、再びマップを確認する。もうすぐ染料屋に到着するはずだ。
だがその頃、アリーナ前の木の影では――
「……あともう少しで気づかれるところだったな。あぶねえ……」
黒いフードをかぶった謎のプレイヤーが木の陰に身を潜め、そう呟いていた――。
* * *
【ダークギルド・秘密チャットルーム】
《No Name 9》
本当だった。NPCのメアリー、王の任務を終えて街に戻ってきた。
《No Name 3》
マジかよ!?
《No Name 9》
ああ、遠くからだが見ていたんだ。しかもさらに驚いたことに、アリーナ前で裸足でレベルの低そうなプレイヤーにうっかりぶつかって、もう少しで俺の存在に気づかれそうになったんだ!
《No Name 7》
は? どういうことだよ?
《No Name 10》
お前に気づくなんて、トッププレイヤーでも難しいはずだろ。ホントか?
《No Name 9》
間違いない。周囲をじっと見回してたし、鋭い目をしてた。
《No Name 1》
……へぇ、それは……実に興味深いな。