第12章 騎士の謝罪と靴の奇跡
グレースと別れた後、私は靴屋へと戻った。
トーマス師匠は、私が最後に見た時と同じように、靴作りに集中していた。
できれば邪魔したくなかったが、どうしても言わなければならないことがある。
実は、私の画面に表示された通知の内容を、まだ師匠には伝えていないのだ。
トーマス師匠はその通知の存在を知らないため、私に自分専用の靴をデザインするよう、まだ期待しているかもしれない。
でも……。
「自分の靴を作るにはレベル25を待たなきゃいけない」なんて、どう言えばいいんだろう?
はぁ……本当に、ややこしいことになったな……。
それでも、私の中には一つのアイデアがある。
上手くいってくれるといいけど……。
「トーマス師匠、自分の靴のデザインをするには……もう少しだけ時間が欲しいんです。準備が整ったら、きっと素敵なデザインに仕上げますから」
ちょっと緊張しながらそう伝えると、トーマス師匠はいつものように賢者のような穏やかな微笑みを浮かべ、こう言ってくれた。
「もちろんだ。準備ができた時が、お前にとっての最良のタイミングだ。お前なら素晴らしいものを作ってくれると、私は信じている」
……やっぱりこのNPCは最高だ。
こんなキャラクターを作ったゲーム開発者に、心から感謝したい。
その後、自分の作業机に座り、今後の計画を練り始めた。
トーマス師匠の手伝いをするだけでなく、自分のデザインにも少しずつ挑戦していくべきだろう。
でも、実際にはどうすればいいのか……?
「トーマス師匠、新人の私が訊くのも変ですが、普段このお店には月に何人くらいお客さんが来るんですか?」
情報を得るには、それっぽい理由が必要だ。
まだ弟子になって日が浅い私にとって、今は一つでも多くのことを知るべき時だ。
これまでこの店に来たのは、NPCのメアリーただ一人だ。
「数人くらいだな。でも、それで十分さ」
「そうなんですね……。それともう一つ、気になっていたことがあるんです。
この間、革屋でヤギの革を手に入れた時、代金を払っていないんです。
それと、メアリーも靴を受け取っていましたが、お金のやり取りはありませんでした。これはなぜですか?」
「それは簡単なことだ。
この街の店同士は、物々交換で成り立っている。
必要な時に、必要なものを互いに交換しているのさ。
彼らに靴が必要な時は、私が作って渡す代わりに、彼らは私の必要な素材や料理をくれるんだ。
……ただし、城の守備隊員だけは例外だ。
彼らは王命で街を守っているから、何も請求してはいけないことになっている」
そう言って、彼は手を頭の後ろに回して、しばらく考え込んでから長々と説明してくれた。
この情報は、私がこれまで見たどのフォーラムにも載っていなかった。
……ということは、これは靴職人だけの仕様なのか?
でも、以前この職業をやっていた二人のプレイヤーの記録には、こんな話は一切なかった。
知れば知るほど、ゲームの仕組みは奥が深い。
だが、これで現実的な計画が立てやすくなったのは確かだ。
ただ、一番の問題は……
トーマス師匠が言っていた「月に数人しか来ない」という部分。
しかも、それはNPCだけ。
私はまだ弟子の立場なので、この店では他のNPCに靴を売ることができない。
つまり、販売するには自分の店を持たなければならないのだ。
それに、グレースに支払った1ゴールドは……もしかして、ただのチュートリアル?
そして、開放された「ワールドマーケット」はどう使えばいいのか?
ああ、わからないことばかりで、頭がごちゃごちゃする……。
でも……
きっと、少しずつこの世界に慣れていけば、いつかは全部わかるようになる。
そんなことを考えながら、私は椅子にもたれて深く考え込んでいた。
――その時、店の扉についたベルが鳴った。
誰だろうと思って立ち上がると、見慣れた声が聞こえてきた。
「ただいま」
「メアリー? 任務に出てたんじゃなかったの?」
「うん、でも早く終わったから、すぐ戻ってきたの」
「怪我がなくて良かった」
ほっと安心して微笑んでいると、メアリーの隣にもう一人の姿が見えた。
頭上に名前の表示がない……つまり、これもNPCだ。
よく観察すると、全身を鉄のような重厚な鎧で覆っており、メアリーとは違い、剣を背負わず、脚のホルスターに収めている。
さらに、ヘルメットをかぶっているせいで、性別すらわからなかった。
そして次の瞬間――
「ご無礼をお許しください!」
その鎧のNPCは、私の前に来るなり、いきなり頭を下げて謝罪してきた。
……な、なんで?
メアリーはその背後から彼の鎧を叩いて、励ましている。
「えっと……何があったんですか?」
「お許しください!
任務中に靴の効果がここまで素晴らしいとは思わなかったのです!」
「どういうこと?」
「あなたの作った靴のおかげで、メアリー先輩の動きが格段に上がり、
私が川に落ちそうになったところを助けてくれたのです!」
相変わらず、彼は頭を下げたまま動かない。
「そうか、君も無事で良かった」
「本当にありがとうございます!」
ついに顔を上げたそのNPCは、感情を抑えきれない様子だった。
そして突然ヘルメットを外し、私にその顔を見せてきた。
右目の下には縫い跡のような傷、黒髪、そして――
エルフのような薄い肌色。
……まさか、この人って、本当にエルフなの……?