第七章 風を裂く誓い(後半)
−−旅立ちと風の囁き−−
祭りの余韻が村を包む中、夜が明け、別れの朝が訪れた。
ヴェリタスは村の小道を歩いていた。昨夜のことが夢だったのではないかと思うほど、村はいつものように穏やかで、空には霞のような雲が漂い、木々の葉は朝露に濡れていた。
だがその心の内は、騒然としていた。神の力によって導かれた幻視と、ノイラの瞳に宿った“真実を見抜く力”。何かが始まろうとしていると、確かに感じていた。
ノイラは、神殿前の泉のほとりに立っていた。白い祭服から普段の旅装束に着替えたその姿には、昨日までの少女らしさではなく、確かな覚悟が宿っているように見えた。
「……行くの?」 ノイラは、彼の足音に気づいて振り向いた。その表情は静かだったが、瞳の奥に揺れる感情は隠せなかった。
「うん。王都ファルセリアへ。成人の報告と……そして自分が何者なのかを確かめるために」
ヴェリタスの声には決意がこもっていた。しかし、その胸の奥では、まだ戸惑いと恐れが混じり合っていた。
――この力は、誰かを救えるのか。それとも、破滅をもたらすのか。
「じゃあ、私も一緒に行く。……理由は、昨日の幻視。あなたの周りに現れた鎖。そしてあの光……私はあれを、忘れられない」
ノイラの声には、微かな震えが混じっていた。それは恐れではなく、覚悟と向き合った者の声だった。
「君まで巻き込むわけには……」
「もう巻き込まれてるよ。だって、私が見たものは、私だけのものじゃない。きっと、神が“見せた”の」
沈黙が流れる。
鳥が一羽、空を横切った。
「ありがとう」 ヴェリタスは、小さくそう言った。
ふたりは荷を背に、村の東門へと向かった。そこには、すでに一人の男が立っていた。
鋼の鎧を纏い、長い旅の跡を感じさせる褪せたマントを纏うその男の名は――ドゥラニエル。
「よう。予言通り、君たちは来たな」
低く、渋い声。だがその口調には柔らかさと、どこか懐かしさのようなものが混じっていた。
「あなたは……」
「ドゥラニエルだ。元は王国の騎士だったが、今は流れ者さ。……お前たちを探していた」
彼の眼差しは鋭く、だが優しかった。まるで長い歳月を旅し、あらゆるものを見届けてきた者のような風格があった。
「君たちは、いずれ大きな“渦”に巻き込まれる。俺の役目は、その渦の中心まで、道を守ることだ」
ドゥラニエルの言葉に、ヴェリタスとノイラは顔を見合わせた。
「信じていいの……?」
「信じるんじゃない。必要とされたから来た。それだけだ」
ドゥラニエルの語る“渦”という言葉の重さに、ノイラは自分の背中が冷たくなるのを感じた。まるで、祭りの夜の冷気がまだ残っているように。
そして三人は、村の門を後にした。
草原を抜け、谷を越え、遥か遠く、王都ファルセリアへ。
その旅路の途中、幾度となく立ち止まり、悩み、涙を流す日もあるだろう。
だが今は、ただ進むしかなかった。
空に昇る朝陽が、彼らの行く先を照らしていた。
(第五章へつづく)