第十二章 風の谷の遭遇(後編)
谷を抜けた先の岩棚に、簡素な焚き火が揺れていた。燃え上がる火花の音に、リューシャは腕を組みながら足を組み替えた。
「で、どこまで行くつもりなの? あんたたち」 「この先の森を抜けて、聖都への道を辿る」ヴェリタスが焚き火越しに静かに答えた。
「へえ……面白そうじゃない。あたしもその先まで行ってみようかしら」リューシャの声には軽さがあったが、わずかに浮かぶ焦りをノイラは見逃さなかった。
「あなた、誰かから逃げてるの?」その言葉に、リューシャの肩がぴくりと揺れる。
「……な、なんでそう思うのよ」
「さっきの賊。あれ、ただの流れ者にしては連携が良すぎた。あれは“追手”よね。あなたを確実に仕留めにきた」ノイラの言葉は淡々としていたが、その瞳は真っ直ぐにリューシャを射抜いていた。
リューシャは唇を噛んだ。そしてゆっくりと視線を落とす。 「……ちょっとね。逃げてるってわけじゃないけど……でも、見つかったらマズいのは確か」
その時だった。風が不自然に止み、森の影から何者かの気配が押し寄せてきた。
「来る……!」ドゥラニエルが即座に立ち上がり、剣に手をかける。
闇の中から姿を現したのは、黒装束に身を包んだ五人の男たちだった。その目元は覆面で隠されていたが、手の動きや立ち位置からしてただ者ではない。
「リューシャ・カレリオン。命令により、連れ帰る」
「くっ……やっぱり来た……」リューシャが唇を噛みしめる。
「名乗りもせず、女一人に刃を向けるか」ドゥラニエルの声が鋭くなった。「この者は、今は我々と共にある。簡単には通させん」
「排除する」影の一人が呟くと同時に、前衛が抜刀した。そこには一切の躊躇がなかった。
ヴェリタスが剣を構え、ノイラは詠唱を開始する。
「守るべきものがいる限り、俺は退かない!」ドゥラニエルが突撃し、斬撃を受け止める。火花が散り、地面が揺れる。
ノイラの呪文が完成し、空気が爆ぜた。「風よ、流れよ、刃となれ!」無数の風の矢が闇を裂き、敵の一人の足元を絡め取った。
ヴェリタスは赤く光る瞳で、敵の隙を見極めて踏み込む。「力に溺れるな、意志を見失うな……」
その刹那、一人の刺客がリューシャを狙って背後に回り込んだ。「しまった――!」ヴェリタスの叫びが間に合わない。
だがその時、リューシャの懐から蒼い光があふれた。「動かないで……っ!」彼女の叫びと同時に、空間がねじれ、刺客の動きが一瞬止まる。
「これは……?」ノイラがその光を見て呟く。「魔術? いいえ、でも……魔力の構成が違う……」
敵は一瞬怯んだが、なおも攻撃を続けようとした。そのとき、ヴェリタスの刃が走る。「もう、手出しはさせない!」敵の刃を叩き落とし、蹴りを入れて地面に沈めた。
数分後、敵の残党は引き、再び静けさが戻る。
リューシャは地面に座り込み、肩で息をしながら呟いた。「……危なかった……ほんとに」
「今の……力、あなた何者?」ノイラの問いかけに、リューシャはしばし黙っていたが、やがて目を伏せながら口を開いた。
「少し前に、ある“神殿”から……逃げてきたの。そこでは、あたしは“器”だって言われて……」
「器……?」ヴェリタスが眉をひそめる。
「本当のことは、まだ話せない。でも、あたし……あなたたちと一緒にいれば、何か分かる気がするの」
「信じるかどうかは、これから次第だ」ドゥラニエルの声には迷いはなかった。「だが、あなたが助けを求めたなら、俺はそれを見過ごせない」
ヴェリタスとノイラは目を合わせ、わずかに頷き合った。
「じゃあ……一緒に来てもいい?」リューシャが尋ねたその声には、初めて遠慮があった。
「……ああ」ヴェリタスの一言に、リューシャの顔がわずかに緩んだ。
焚き火の炎が静かに揺れていた。それぞれの胸に、新たな疑問と小さな希望を宿しながら、旅は続く。




