第九章 邂逅の刃 前編
木漏れ日が揺れる森の道を、三人の旅人が歩いていた。ノイラは柔らかな金髪を揺らしながら先頭を進み、ドゥラニエルはその後ろから静かに周囲を見張っていた。ヴェリタスは隊列の最後尾で、背後の気配に気を配りつつ歩を進める。
「ここ、獣道じゃないの? 正式な街道から外れてない?」 ノイラが前方を見据えながら呟くと、ドゥラニエルが口を開いた。
「地図ではこの道が近道になっている。だが、盗賊が出るとの噂もある」
「もっと早く言いなさいよ、それ!」
ノイラが振り返って肩をすくめるが、その目は冗談めいていない。
ヴェリタスは静かに辺りの気配を読み取ろうとしていた。風が止んだ。鳥のさえずりも遠のいている。
「……前方に何かいる」
その言葉とほぼ同時に、木々の向こうから微かな悲鳴が届いた。ノイラが眉をひそめ、ドゥラニエルは剣の柄に手を伸ばす。
「女の子の声?」
ヴェリタスは走り出した。ノイラとドゥラニエルもすぐに後に続く。
茂みをかき分けてたどり着いた小さな開けた空間。そこには、数人の粗末な装備の男たちが少女を囲んでいた。
少女は浅黒い肌に豊かな黒髪を持ち、肌の露出が多い装束──布地の少ない民族衣装のようなもの──をまとっていた。身体を縄で縛られ、地面に押し倒されながらも、彼女の瞳は怯えながらもなお鋭さを失っていない。
「お前ら……その子から離れろ!」 ノイラが叫び、手を掲げると、空気が震えた。聖なる気配が周囲を包む。
「なんだ、神官か? 女か子供ばかりいやがると思ったが……やれ!」
盗賊の一人が刃を抜いた。それに呼応するように、他の賊たちも襲いかかってきた。
ドゥラニエルが一歩踏み出し、前に出た。重厚な剣が唸りをあげ、襲い来る盗賊をなぎ払う。
「無抵抗な者を傷つける者に……正義の鉄槌を!」
ドゥラニエルの剣が陽光を反射し、まばゆい閃光を放つ。
ヴェリタスは無言で手を翳した。彼の瞳が赤く染まり、空気が圧縮されるような緊張が走る。直後、地面から紅の鎖が走り、盗賊たちの足を絡め取った。
「ちっ……離せ、なんだこの……!」
「足元ばかり見てると、頭が軽くなるぞ」 ヴェリタスの低い声と共に、別の盗賊が背後から気絶させられた。
「くっ……退け、退けぇっ!」
残った者たちは混乱しながら森の奥へと逃げていった。ドゥラニエルは深追いせず、倒れていた少女の元に駆け寄った。
「大丈夫か? もう安全だ」
少女は少し顔を赤らめつつも、不敵に口元を歪めた。
「ふん、礼は言うけど……あんたたち、野暮なことしてくれたわね」
「……助けたのに、それが第一声?」 ノイラが呆れたように言うと、少女は目を細めてこちらを見返す。
「見たでしょ、この格好。囮にして賊の巣を突き止めようとしてたのよ。邪魔しないでよね」
「……何者なの、あなた?」
少女は縛られていた縄をドゥラニエルに切ってもらいながら、ふと懐から銀の護符を取り出して見せた。それは、精霊教会の紋章の一部が刻まれたものだった。
「名乗るほどのもんでもないけど……リシェル。精霊の導きでここに来た。あんたたちも、ただの旅人じゃないわね」
三人は顔を見合わせた。風がまた森を撫でるように吹き抜けた。
物語は、また新たな一歩を踏み出していた。