表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

◆第一章:辺境の村と成人の儀

 高原の風が冷たく吹き抜ける朝、ヴェリタスは崖の上に立っていた。  視線の先には、霧に包まれた深い谷と、遠く雪を戴く山々が広がっている。  ここはアルセリア王国の最も外れにある辺境の村――名もなき集落。  この土地では、神の恩寵は届かぬものとされ、村人たちは自然と、そして日々の労働の中で慎ましく生きていた。


 ヴェリタスは十八歳になった。  それはこの村で「成人」とみなされる年齢であり、神の神殿に向かう通過儀礼の時でもある。  しかし、彼には実感がなかった。  何も変わらない朝、変わらない風景。  ただ、祖父が残した銀のペンダントだけが、胸元で静かに揺れていた。


 「ヴェリ、もうすぐ出発の時間だよ」  背後から、優しく声がかかる。  声の主は幼なじみの少女――リーネだった。  亜麻色の髪を編み上げた彼女は、村の中では珍しく読み書きができる存在で、ヴェリタスとは兄妹のように育った。


 「……うん」  短く返事をして、ヴェリタスは崖を離れ、村の広場へと歩き出す。


 そこには、村人たちが集まり、成人を迎える三人の若者を見送る準備が整っていた。  彼らの表情には、どこか誇らしさと、不安の入り混じった影があった。  それも当然だ。  成人の儀とは、ファルセリアへ向かい、神殿で神の祝福を受けることで完了する。  だが、誰もが祝福されるとは限らない。


 「ヴェリタス、おぬしのような静かな者こそ、神に選ばれるやもしれぬ」  村長の古びた声が、旅立ちを祝す。  ヴェリタスは静かに頭を下げた。


 荷車に揺られながら、三日の旅を経て、彼らはついにファルセリアへと辿り着いた。


 その都は、石造りの城壁と高く聳える神殿が目を引く、まさに偽りの都。  名は『ファルセリア』。  古語で“偽りの地”を意味するとされるが、その真意は語られない。  だが、ヴェリタスが都に足を踏み入れた瞬間、胸の奥で微かな違和感が走った。


 神殿の内部は荘厳そのもので、金と白を基調にした装飾の数々が、訪れる者の畏敬を誘う。  祝福の間では、中央に『晶核しょうかく』と呼ばれる聖なる結晶が鎮座し、成人の若者たちを一人ひとり迎え入れていた。


 先に進んだ者たちは、晶核の前で静かに祈り、やがて光に包まれていった。  その光は淡く温かく、彼らの身に神の加護が宿る証とされていた。


 そして、ヴェリタスの番が来た。


 静まり返る中、彼はゆっくりと晶核の前に進み出る。  祈りの姿勢を取り、目を閉じる。


 ――だが。


 何も起こらなかった。


 周囲がざわめく。  司祭が困惑の色を浮かべながら、もう一度、と促す。  ヴェリタスは再び祈った。  しかし晶核は、一切の反応を見せなかった。


 祝福が、下りなかったのだ。


 異例の事態だった。  神殿の歴史において、晶核がまったく反応を示さなかった例は数えるほどしかない。


 静寂の中、ヴェリタスはただ立ち尽くしていた。  なぜ自分には何も起きないのか。  周囲の視線が冷たく変わっていくのを、肌で感じながら。


 遠く、神殿の柱陰。  金色の髪を持つ少女――ノイラは、その光景を見ていた。  彼女の瞳は、他の誰にも見えない“もの”を見ていた。


 晶核が反応しなかったその瞬間、  ヴェリタスの背後に、強烈な光の奔流。  そしてそれを取り囲むように、神殿の者たちの身体に絡みついた黒く重たい鎖。


 ノイラの瞳が微かに震える。    (彼……何者なの?)


 この瞬間、運命の歯車が音を立てて回り始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ