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推し活OL、転生神に交渉する ~ライブ優先の異世界プラン~

【第1章 オリエンテーション】


 「今日も魂の行列か……」ツクヨはローブのフードを軽く正しながら、小さくため息を漏らした。


 転生HR部の始業ベルが柔らかな鈴音で鳴り、神界本庁の朝が始まった。エレベーターホールを抜け、ローブの裾を翻してツクヨが自席へ滑り込む。紺地に金糸を散らしたゲーム風ローブは、部署でもすでに見慣れた光景だが、古参職員たちはいまだに慣れないらしく視線を向ける。


 卓上端末には今日の案件一覧が自動で展開されていた。十六桁の魂IDがずらりと並ぶ。ツクヨはコーヒーを一口啜り、タッチペンで最上段を開いた。


――《案件:HR‑27‑A512》

――《転生候補:春野ハルカ 27歳 死亡原因:過労性心停止》

――《希望:次は自分の好きなことをして生きたい》


 「ふむ。普通だ」


 肩の力を抜き、承認ボタンを押しかけた瞬間、上司ルキアのホログラムウィンドウがピコンと浮いた。


『ツクヨ、今回の面談は君が単独でお願いね。新人に模範を見せる手本として』


 「はいはい、了解しました」


 慣れた返事をしつつ、ツクヨは内心でため息をつく。面談自体はルーチンだが、模範云々と言われると妙に肩がこる。とはいえ“普通”の案件なら十分に教科書どおりで問題ない。


◆   ◆   ◆


 面談室A58。無機質な会議机を挟み、半透明の女性が腰掛けていた。春野ハルカ、その魂だ。パステルカラーの制服姿で、書類鞄を抱えたまま落ち着かない様子。


 ツクヨはローブのフードを下ろし、名札を示した。


 「初めまして、転生神ツクヨです。本日は転生プランのご案内をいたします」


 ハルカは周囲を見回し、ようやくツクヨに焦点を合わせた。


 「えっと……私、死んだんですよね?」


 「ええ。過労による心停止です。お疲れさまでした、というのも変ですが」


 ハルカの視界が揺れた。薄く発光する壁面には幾何学模様の星図が走り、天井には雲のようなホログラムがゆっくりと流れている。蛍光灯でもシャンデリアでもない柔らかな光が会議卓を包み込み、空気がわずかに甘い香を帯びていた。


 ここはどこ? 自分は本当に死んだの? ――頭では理解が追いつかず、心だけがせわしなく鼓動を打つ。ハルカは掌を胸に当てて呼吸を整え、目の前の青年をもう一度見上げた。濃紺のローブに金糸の銀河を散らした不思議な衣装。けれど彼の所作はどこかビジネスライクで、受付窓口の係員のような安心感もある。


 「ここは……あの世、なんでしょうか? それとも夢?」


 震える声に、青年――ツクヨは穏やかな微笑みを返す。


 「いわゆる“あの世”と“神様のオフィス”の中間地点、と考えてください。あなたが現世の時間軸から完全に離脱した安全地帯です」


 言葉は優しいが、ハルカにはまだ半信半疑だった。自分が知らぬ間にブラック企業の会議室に連れ戻され、上司に叱責される――そんな悪夢めいた想像が頭をよぎる。


 ツクヨはその動揺を察したように端末を閉じ、姿勢を正した。


 「大丈夫。ハルカさんは、もう現世ではなく、安全なこの世界にいらっしゃいます。どうぞ安心してください」


 冗談めいた一言にハルカの肩の力が少し抜けた。


 ハルカはぱちぱちと瞬きを繰り返し、戸惑いの色を帯びた瞳でツクヨを見つめた。「あ、その……異世界転生って、アニメとかライトノベルでよく描かれている“あれ”ですよね? 私、SNSのまとめ記事で名前を聞いたことがある程度で、詳しくはないんですけど……そんなファンタジーみたいな仕組みが、本当に存在するんですか?」


 ツクヨは小さく咳払いをして卓上のホログラムに折れ線グラフを呼び出した。赤いラインが日本列島の上だけ急上昇している。


 「ええ、本当にあるんですよ」ツクヨは肩をすくめ、軽い調子で続けた。「日本で異世界ラノベがあふれているのは、“転生したい願望”の現れなんです。日本人、応募率が高いんですよね」


 「そ、そんな応募フォームあったんですか!?」ハルカが即ツッコミ。


 「ネットの隅っこにこっそりあるとかないとか――まぁ冗談ですが、皆さんの“やり直したい”って気持ちが物語を呼んでいるのは確かです」


 ハルカはおずおずと指先を揺らし、眉を寄せた。「でも……私、転生を“希望”した覚えはないんです」


 ツクヨはタッチペンをくるりと回し、苦笑混じりに肩をすくめる。「直接『お願いします』と手を挙げなくてもね、魂に強い未練や願いが蓄積していると、こちらの選定アルゴリズムに引っかかるんですよ。たとえばやり残した夢、守りたかった誰か、あるいはまだ芽を出していない才能――そういう“可能性の火種”が一定値を越えると、上層の判定会議で転生候補にリストアップされる仕組みなんです」


 彼は空中に映し出された複雑なフローチャートを示した。幾何学的なノードが星座のように連なり、その中央に“春野ハルカ”の名前が淡く光っている。


 「正直を言うと、僕も判定ロジックのすべてを把握しているわけじゃありません。上の人――神界企画室や管理評議会のえらい方々が、星の運行や一本の草の揺らぎまでチェックして決めるので。ただひとつ確かなのは、ハルカさんの魂がまだ燃えているということ。だからこそ、こうしてお呼びしたわけです」


 ハルカは胸元に手を当てる。そこには確かに、くすぶるような熱が残っていた――“今度こそ好きなことをして生きたい”という、簡単だけれど切実な祈りが。


 「では、改めてご説明します。異世界転生とは――こちら転生HR部が管理する別世界に新たな肉体を手配し、あなたの魂と主要な記憶を移送して再スタートを切っていただく制度です。簡単に言えば“第二の人生を別の舞台でプレイしてもらう──いわば『人生リセットガチャ』を回してもらう”ようなものと想像してください」


 ツクヨはローブの袖からタッチペンを抜き、空中ディスプレイにいくつかのアイコンを描き出した。淡い光の球体が銀の軌道を滑り、数ある異世界の中でも転生者が比較的多く、文明水準も魔法の発達度も“平均点”と呼ばれる〈セレスフィア〉の立体地図が卓上にふわりと浮かび上がる。


 「前世の病は引き継がれず、身体は十七~二十二歳程度の健康体を保証。言語は“言語パッチ”を通して即日ネイティブ、貨幣単位も日本円と一定の換算レートでわかりやすく設定しています」


 ハルカは目を丸くした。未来のVRゲームのチュートリアルを思わせる完璧なガイダンス。心のどこかでワクワクが芽生えるのを感じる。


 「記憶は夢として段階的に想起されます。完全に思い出すかどうかは個人差がありますが、努力次第でおおむね八割以上は取り戻せると考えてください。また、各プランで付与される“初期スキル”があります。これは俗に“チート”と呼ばれるもので、異世界でのスタートアップ資金や新生活手当のようなものとお考えください。たとえば戦闘系なら《魔力量×10》、生活系なら《万能家事》のように、初期スキルは必要に応じて厳選されます。チートは万能ではありませんが、基礎能力を底上げし、セーフティーネットとして機能するので、最初の街で戸惑わず暮らせるはずです」


 ツクヨがペン先で空中をつつくと、光球が花開き、三つのカード――標準プランA・B・C――が宙に並んだ。


 Aプラン:魔法の才能持ち・平民スタート


 Bプラン:聖属性チート付与・孤児院スタート


 Cプラン:スローライフ保証・農村スタート


 「ご希望や質問があれば何でもどうぞ」


 ハルカは目を輝かせ、画面をスワイプする指が止まらない。しかし次第に眉根が寄っていく。


 「……あの、異世界では推し活って、できますか?」


 唐突な言葉にツクヨのペンが止まった。推し活、つまり“推しアイドルの応援活動”のことだろう。


 「セレスフィアにはまだアイドル文化は普及していませんね。吟遊詩人の巡業が近いですが」


 ハルカは肩を落とす。「実は……来月、私の推しのドームライブがあったんです。チケットようやく当たって……それ、行けないのかなって思うと」


 ツクヨは内心で苦笑した。転生前の未練は珍しくない。だが“推しライブ”で転生をためらうとは。


 「ライブに行きたいと?」


 「はい! たった一度でいいんです。それだけで思い残すことは……多分、ありません」


 違反ではないが特例申請は面倒だ。端末には既に次の面談枠が点滅している。ツクヨはローブの袖をまさぐり、懐中時計を確認した。


 (定時まであと五件……)


 しかし顔を上げたとき、ハルカのうつむいた横顔が目に入り、ふっと胸が騒いだ。自分の仕事にここまで切実な願いを託す魂がいる。久しく忘れていた感覚だ。


 ツクヨは決断した。


 「……分かりました。転生は一時保留にしましょう。ライブに参加するための“猶予期間プラン”を提案します」


 「えっ、そんなことできるんですか?」


 「規定はあります。上司への稟議を通せば可能です。ただし手続きは少々複雑で私の残業が増えます」


 冗談めかすとハルカが小さく笑った。ツクヨもつられて口角が上がる。


 ツクヨは心の中で盛大に頭を抱えた。──やれやれ、また残業フラグじゃないか。できれば別の担当に回したい案件なのに、目の前で「お願いします!」と潤んだ瞳で懇願されると弱いんだよなあ。


 過去にも、交通事故で同時に亡くなった高校生グループの“高校生修学旅行事件”などがあり――詳しくは社内事例集参照。


 そんな舞台裏の苦労など露ほども知らないハルカは、椅子の上で小さく両腕を突き上げ、目をキラキラさせた。


 「ありがとうございます! 必ず行ってきます」


 「行くだけじゃなく、全力で楽しむこと。推しも喜びます」


 面談終了サインを押し、ツクヨは立ち上がる。背後では魂体のハルカが静かにフェードアウトし、システムの保管領域へ送られていった。


◆   ◆   ◆


 廊下へ出ると、ルキアからのメッセージが飛んでいた。


『また君はイレギュラーを……まあいいわ。正式申請書は私が通しておく。ただし手続きレポートは自分でまとめてね』


 「さて、残業確定だ」ツクヨが小声でぼやいた。


 ツクヨは肩をすくめつつ、社内チャットツールにサムズアップスタンプを送信した。


 手間は増えた。定時で帰れる望みも薄い。しかし胸の内には、不思議と温かな火種が灯っている。思えば――推しのために転生を先送りにするなど、自分には到底選べない行動だ。


 (人間って、面白いな)


 ローブの袖がひらめき、ツクヨは次の面談室へ歩み出した。頭の中では既に、ハルカのライブ参加プランの段取りが組まれ始めている。


 この仕事も、悪くない。


【第2章 送別】


◆   ◆   ◆


 【神界】ライブ当日、午前四時三十分。神界でも薄闇の残る時間帯、転生HR部のフロアに灯りが点いているのは、清掃ゴーレムとツクヨだけだった。


 「はぁ……眠い」


 欠伸を噛み殺しながら、ツクヨは自販機で“神域ブレンド”と銘打たれた缶コーヒーを購入する。栄養ドリンクのごとき金色の缶に『眠気退散! 徹夜明けOK!』と書いてあるが、鵜呑みにしたことはない。だが今日は背に腹は代えられない。


 机には書類の山。ハルカの“猶予期間プラン”を正式稟議にするための帳票が十五枚、そのチェック項目が実に二百二十六。しかも用紙は『現世干渉リスク評価票』『魂一時帰還許可願』『娯楽同伴申請書』など、聞いただけで頭痛がするラインナップだ。


 「どれもコピペでいいじゃないか……」


 ぼやきながらも、ツクヨはペンを滑らせる。魂の詳細情報を転記し、干渉リスクを“軽度”にチェック、ライブ会場の座標を地理コードで入力――。ふと「物理干渉なし」「音声不可視化」の項目へ来たとき、ツクヨはペンを止めた。


 (ハルカの声、推しに届かないのは可哀想かな……)


 しかし音声干渉は“中度”以上のリスク判定。後処理担当からクレームが来るのは目に見えている。ツクヨは一秒だけ悩み、無言で“不可”に丸を付けた。


◆   ◆   ◆


 午前八時。書類束を抱え、ツクヨは輪廻監査課のカウンターへ向かう。そこには巨大な砂時計を背に、真面目一筋と評判の監査官カレンが座っていた。


 「おはようございます、ツクヨさん。今日は早いですね」


 「魂より早起きですよ。これ、特急でお願いします」


 カレンが書類をぱらぱら捲り、眼鏡の奥で瞳を細めた。「またイレギュラー処理ですか。猶予期間プランは監査室長のサインが要りますよ?」


 「ええ、昼までにお願いします。今日は“推し活”なんで」


 「……“推し活”」


 カレンは無表情だが唇の端が引きつるのをツクヨは見逃さない。「前例あります?」


 「ありません」


 二文字で斬られた。ツクヨは祈るように手を合わせ、頭を下げる。「そこをなんとか!」


 「……分かりました。室長が機嫌のいいうちに通してみます。終わったらチャットで連絡します」


 「天使!」


 「私は神官です」


 軽くツッコまれ、ツクヨは踵を返した。


◆   ◆   ◆


 同日正午。監査課のチャットに“承認完了”のスタンプが飛び込む。ツクヨは安堵の息をつくと、残る『現世干渉対策室』へホログラム申請を送信。これが通れば書類手続きは完了だ。


 送信ボタンを押した瞬間、端末がエラー音を鳴らした。《添付ファイル不足》の赤字が点滅する。


 「なんだって!?」


 詳細を開くと『魂視認証データ(推し活用)』が抜けている。要するに、ハルカがライブ会場で“誰に見える形で存在するのか”を定義するデータだ。


 「そんなの初耳だぞ……!」


 渋々、ツクヨは魂視認証テンプレを開く。そこには『透明度』『発光度』『彩色フィルタ』『感情エフェクト(ハート・星・花びら)』など、まるでアイドルのフォト加工アプリのような項目が並んでいた。


 (こんなの設定しろって?)


 結局、ツクヨはデフォルトの“半透明+発光度20%+花びらエフェクトOFF”で提出した。これで何か言われたら現世干渉室に丸投げだ。


◆   ◆   ◆


 午後三時。すべての稟議が滑り込みで通り、ツクヨはホログラム腕時計をタップした。空間が淡く屈折し、現世の東京ドーム前――ではなく、渋谷の片隅に転移する。人ごみのせいで精密な座標指定が難しく、徒歩五分ずらしたのだ。


 「やっぱり人間界は排ガスの匂いがするな……」


 そうぼやきつつ歩けば、ファンTシャツに身を包んだ若者たちが行き交い、旗を振るスタッフの声が響く。ツクヨは誰にも気づかれない“神域オフセット”状態なので、通行人が彼をすり抜けていく。


 ほどなくしてドーム前の広場に到着。そこには魂フィルタを通して半透明に見えるハルカが、物販列を興奮気味に眺めていた。


 「ツクヨさん! グッズ列が想像の三倍です!」


 「大丈夫、魂は並ばなくても買えませんから」


 「ちょっと! それは悲しい!」


 笑い合いながらも、時間は刻々と進む。開演十五分前、ツクヨはライブ会場の上空に結界を展開し、魂干渉を最小限に抑える。これは後で現世干渉室から請求が来る追加オプションだが、仕方ない。


 「さあ、心ゆくまで楽しんで。時間は魂感覚で三時間確保してあるから」


 「ありがとうございます!」


 ハルカはペンライトを握りしめ、場内へ溶け込んでいった。


◆   ◆   ◆


 開演直後、ツクヨはドーム屋根の上で膝を抱えていた。魂状態のため落ちる心配はない。下からは曲と歓声の振動が伝わってくる。


 「こうして聴くのも悪くないな……」


 ほのかに漏れてくるメロディーを子守歌代わりに、ツクヨはうとうとし始める。──が、突如、腕時計が緊急アラートを発した。


 《魂エフェクト値急上昇》《感情エフェクト:ハート大量発生》


 「は!? 設定OFFにしたはずだろ!」


 慌ててモニターを開くと、ハルカの透明度が限りなくゼロに近づきつつ、ハート型の光粒を大量放出している。


 (推しがサプライズ演出で客席周回してる!?)


 推しが近距離に来たことでハルカの感情値が上限突破し、魂そのものが現世に“感情エフェクト”として漏れ出す──感情が昂ぶると魂の存在が可視化されてしまう〈感情漏出現象〉が発動したらしい。


 このままでは観客に“謎の心霊現象”として拡散されてしまう。ツクヨは渾身の集中でハルカの魂フィルタに介入し、発光度を10%に下げ、エフェクトを強制遮断。


 「……ふぅ。心臓に悪い」


◆   ◆   ◆


 ライブ終盤。アンコール曲が終わり、客席が拍手と歓声の嵐に包まれる中、ハルカが席を立った。頬を濡らす光の涙が滴り、ステージへ向けてそっとペンライトを掲げる。その姿は誰の目にも映らないはずなのに、どこか神聖なオーラを帯びていた。


 ツクヨは空中をスワイプし、腕時計にゲートを展開する。今回は特別に“感情同期”機能を通し、ハルカの満足度が100%を超えた瞬間に転生ゲートが開く設定だ。


 曲が完全に終わり、ステージ照明が落ちる。歓声が一層大きく響いた瞬間、ハルカの満足度ゲージがMAXを示し、ゲートが虹色に輝きを放った。


 「人生でいちばん幸せでした……」


 ハルカが涙と笑顔で振り向く。その頬の光粒を、ツクヨはそっと指で受け止めた。


 「向こうでも、好きなことを見つけていいんですよね?」


 「もちろん」


 ツクヨは指先の光粒を軽く吹く。粒は蝶のように舞い上がり、ゲートへ誘われるように吸い込まれた。ハルカもそれを追うようにゲートをくぐる。最後の瞬間、手を振る姿が鮮やかな残像となり、夜空の火花と溶け合った。


◆   ◆   ◆


 翌朝八時。転生HR部フロアは通常業務が始まっていた。ツクヨのデスクには“転生完了報告書”が届き、そこにはセレスフィア王都郊外の農村で目覚めたハルカの新しいIDとステータスが記載されていた。


 【基礎スキル】《万能家事》《農業適性》《花言葉理解》

 【ボーナス】《推しソング脳内再生》

 畑で鍬を振るうときも、夜の焚き火を囲むときも、お気に入りのメロディがBGMのように脳内再生され続ける――ライブの高揚感を胸に、新天地での毎日を彩ってくれるはずだ。


 「なるほど、そう来たか。推しソング脳内再生か……」


 首をかしげたツクヨの端末に、ポップアップ通知。《感謝状(電子) 春野ハルカ様より》


 ツクヨさんへ。あの日のライブは、私の人生で最高のエンディングロールでした。 これから始まるセレスフィアでのオープニングも、胸を張って迎えられます。本当にありがとう。


 ツクヨは思わず笑みをこぼす。転生者からの感謝状は、異世界の郵便や伝令魔法など“その世界の都合”で一度だけ担当の転生神に届く――現場職員のモチベ維持のために上層部が考案した〈励ましレター制度〉である。ありがたい計らいではあるが、できれば代わりに有給休暇をくれ、とツクヨは心の中でぼやきながら、システム既定のスタンプを使わず「どういたしまして」と手打ちで返信した。


 すぐさま上司ルキアからチャット。《感謝状、よかったわね。ところで申請レポート、記載すべきポイントがまだ山ほど抜けてるから、必要事項を全部追加しておいてね》


 「おっと、やっぱり残業確定だ」


 ツクヨは笑い、コーヒーの缶を開けた。眠気退散とまではいかないが、その香りはいつになく甘く感じられた。


 ──魂の行列は今日も続く。けれど彼の胸には、確かな充実感が灯っていた。


 「まあ、この仕事も悪くないね。」


◆   ◆   ◆


 セレスフィアに転生した春野ハルカは、小さな農村で目覚めた後も“推し活”の熱は冷めなかった。やがて彼女は新天地で心を震わせる“とびきりの推し”と巡り会い、その情熱はやがて大陸を越え、王都を揺らし、世界の行方にさえ影響を及ぼしていく――けれど、それはまた別のお話。


おしまい

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