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09 手のひらの香り


 美愛の元に届いた一通の手紙を手にメアリーがすっ飛んできた。


「き、きき、来ました! 来ましたよ、招待状!」


 息荒く手渡された手紙の封を開ければ、とても良い香りのする便箋が現れた。

 そこにはパーティーへ参列することを願う文言が書かれていた。だが、その最後の部分にパートナーという文字が入っていて美愛は首を傾げた。


「このパートナーって、あのパートナー?」

「……どのパートナーのことをおっしゃってるかわかりませんが、きっとそのパートナーのことです」

「あのさメアリー……」

「念のため言っておきますけど、私は無理ですからね?」

「……はい」

 

 あの日からメアリーの機嫌が良い。何故かは知らないけれど、毎日ニコニコしている。いつものぷりぷり怒っているメアリーも十分に可愛かったが、にこにこ笑顔のメアリーが一番お姫様のようで素敵である。


「でもドレスが心配だなぁ」

 

 出来ることならこのファンタジーの世界で、お姫様のようなドレスを着たい。

 着たい着たい着たい着たいよー!

 駄々っ子のようにじたばたする心の中の自分にそうだよねと同情のように頷いた。


「大丈夫ですよ、カイン様がドレスについては何とかしてみると仰ってましたし」

 

 昨日、また時間をかけて離宮へ戻ってきた美愛達は、明日別の店に行くかという話し合いがおきていた。しかし、中央通りの店はほぼ全滅なうえに東通りのドレスメーカーは貴族向けではないと断られた。多少お金積めばやってもらえる余地はあるとは思うが。

 そんなことを話し合っているとカインが、知り合いに掛け合ってみると言うので頭を悩ませていてもどうしようもないのでお願いすることにした。

 

「まぁ、もしドレスがなくても、私にはこの制服がある。我が故郷、日本の学生は制服が正装なのである。というわけで、最悪この服だね」


 故郷を思い出したいから見えるところにおいて欲しいと頼んだ美愛の制服は、綺麗にアイロンがかけられ、トルソーに着せられている。それを指さした。


「聖女様の世界でのドレスがその服になるのですね」

「冠婚葬祭どんとこい」

「うーん。カイン様はアルベール侯爵家の方ですので安心してお任せしましょう」


 どうやらメアリーは、お気に召さなかったようだ。

 そんな他愛のない話をしている所にノックが響いた。

 メアリーが出るとそこに居たのはクレアと男の人だった。


「聖女様、お寛ぎのところ失礼します。今、お時間大丈夫ですか?」

「大丈夫。どうかした?」

「ダンスのレッスンを手伝ってくれる方をお連れしました」

「へ? ダンス? 踊るつもりはないけど」

 

 ただ舞踏会というものを見たいだけなんです、そう伝えたのだが、メアリーもクレアも断固として反対してきた。


「何を言い出すんですか! ダンスの誘いを断るなんてとても失礼にあたります!」

「え、いや、でも私をダンスに誘う人がそもそも居ないんじゃない?」

「いいえ、誘われないなんてあり得ません!」

「メアリーの言う通りです、 聖女様はこの世界で最も尊いお方、必ずお誘いがあります。なので体裁のためにも一曲は絶対に踊らなければなりません。踊らずに全てを断るのは不可能です」

「ぐぬぬ」


 メアリーもクレアもダメしか言わない。この部屋には私の味方が居ない。


「二人とも、聖女様が困っているだろう。その辺にしておきなさい」


 静かで低い声が響いた。

 どこかで聞いたことがあるような?

 美愛は声の主を確認するために視線をドアの方へ移動させた。

 グレーの髪に金色の瞳をしたあのぶつかった男性だった。


「先日は怪我を治療していただきありがとうございました。心からの感謝を」

「い、いえ! あの時ぶつかってしまったのは私の不注意なので、そんなにかしこまらないでください!」

「……とても謙虚であられる。今日はその恩を返すため舞踏会でのマナーを指導させていただく、ニクスと申します」

「英 美愛です。よ、よろしくおねがいします」

「強要するつもりはありません。学ぶ気があるのであれば、手を」


 そこまで言われて断るのも失礼かと思い、美愛は恐る恐る差し出されたニクスの手をとった。

 ニクスに連れられ、離宮のホールへと足を踏み入れた。

 メアリーとクレアが見守る中、ニクスが体を向け、手が腰へと触れた。


「ひょえ」


 やばい、変な声でた。


「背筋を伸ばして、ゆっくりで構わない」


 フッとニクスの口元が緩んだ。

 美愛はまだ16歳の少女である。そして、生きることに忙しくて男の人とお付き合いなどしたことがない。ましてや年上で、こんなに優しい眼差しを向けられたことなんてない。仕事場にいたうるさいおじさんたちとは似ても似つかない。


「ダンスは基礎が肝心。焦らずゆっくりと覚えなさい」

「はい」


 緊張でガチガチの美愛を、ゆっくりとほぐす様にステップを踏んでいく。

 何度も何度も足を踏んで、その度に謝罪がこぼれる。ニクスは気にしなくていいと言ってくれたが、やっぱり気になってしまう。

 なんとか踏まないように、そう意識を集中させた。させ過ぎて顔が足を見てしまい、ニクスの長い指で顎を引かれた。


「私を見なさい」


 ぐあぁあっ、こ、これがあの有名な顎クイ!? なんという破壊力っ! ここは天国なの?


 美愛の頭はオーバーヒートした。

 気づいたら今日はこのくらいでと、終了していた。

 あれよあれよという間に自室まできっちりエスコートされ「それでは失礼」と部屋を去るニクスの背中を見送り、美愛はその場に崩れ落ちた。


「……か、体が痛い」

 

 クレアに運動不足ですと告げられ、心も痛くなった美愛は明日からジョギングしようと決心した。


「さぁ、今日はゆっくり湯船につかりましょう。いいアロマオイルが手に入ったんです!」


 メアリーがお風呂の準備をするため出ていき、クレアも運動後は食事が肝心です、と厨房へと向かった。

 一人、ソファに腰掛け、筋肉痛を癒すため、癒しの力を使った。みるみるうちに回復する筋肉に、こういう使い方が正解なのかわからなくなった。


「よし、忘れないうちに予習しておこう……ニクスさんにダメな奴だって思われたくないし」


 ニクスに教わったステップを思い出しながら、ゆっくりと繰り返す。あ、ここで足を踏んでしまったな、そんなことを考えていたら顔の筋肉が緩くなっていく。


「聖女様? 準備ができましたよ。今日はもう体を動かしてはダメです」


 ステップの練習を止められ、そのままお風呂場に連れられた。彼女の言う通りいい香りが漂っていた。


「最近流行ってるんですよ、このアロマオイル」


 ぽん、とポップアップするウィンドウに驚きながら目で文字を追った。

■アロマオイル

・地球のローズマリーの香りと成分に近い

・血行促進、鎮痛、美容効果に期待


 メアリー、本当に感謝だよ。


「私の居た世界でも似たような香りがあるんだよね。だから凄く落ち着くよ」

「本当ですか? よかった。聖女様の居た世界ってどんな感じなんですか?」

「うーん、この世界よりも、なんというかもっとシンプルな世界、かな?」


 他の人のことは知らないけど、私の場合、お風呂はシャワーだけですましちゃうし、食事は基本インスタントやお弁当。自炊という選択肢を取る必要性がないくらい最近では買った方が安いまである。夕方以降のセール品ならなおのこと。

 ファッションだって制服以外だとパンツスタイルがデフォルト、重たい服はごめんだし、身軽で動きやすい方がいい。

 携帯っていう機械で遠くの人たちと交流したり、情報交換が盛んで、世界中の出来事をリアルタイムでゲットできる、そんな世界かな?

 

 そう、この世界より平和な場所に居たと説明したが、メアリーは想像ができず、一度行ってみたいですねと笑った。思えばファンタジーな世界では常に死と隣り合わせなのだ、こうやって世話をしてもらいながら生きていることが贅沢すぎるのではないか。

 洋子さんはどんな生活を送っているのかな。

 彼女自身が言い出したとはいえ、本来ならば美愛がする仕事を引き受けている。ロイドが言っていたように本当に辛い思いをしているのならば、少しでも解消してあげたい。無理していないといいのだけれど。


「この世界の魔物って、どんなの?」

「魔物ですか? 正直に言うと、この王都の外へ出たことがないので見たことがありませんが、人間を食べてしまう恐ろしい生き物、だと」

「聖女は魔物退治で何をするの?」

「歴代の聖女様たちは神罰を下せたらしいので、魔物を消滅させていたそうです」

「思ってたより武闘派」

「も、もちろん、癒しの力で後方支援が主だったそうですけど」


 取り繕うようにメアリーが訂正した。きっと戦う聖女様も居たんだろうな。


「ねぇ、メアリー、ニクスさんは騎士様なの?」

「いえ……、あの方は騎士ではありません。あ、でも昔は戦場に出ていたと聞きますが……詳しくは知りません」


 何故か言い淀むメアリーにそれ以上突っ込むことはしなかった。

 彼が騎士だったらよかったのに。ほわほわしてるカインとは違う安心さがあった。

 もし、自分が魔物討伐へ行くのなら、ニクスが傍に居てくれたら心強いだろうな。なんとなくそう思ってしまった。

 男の人ってみんなあんな余裕があって、手も大きくて、あんな優しく笑うのかな。

 その瞬間ロイドの顔が頭に浮かんだ。いやいや、あの人はちょっとちゃうな、とかき消した。

 男の人が、じゃなくてきっとニクスだから安心なのだ。ダンスのレッスンは厳しかった。厳しかったけど、何度踏み間違えても呆れたり溜息なんて絶対つかなかった。しかもめちゃめちゃいい香りがした。今でも触れた手に香りが残ってる気がする。

 そう思うと、日本での私の人間関係って本当に終わってたんだね。碌な奴居なかった。

 もしかして、お父さんってあんな感じなのかな。

 次はいつ会えるのだろうか。ぼんやりと風呂の中で目を閉じた。



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