08 隠せぬ憤り
美愛が煽り散らしていると勘違いしたロイドがその態度はなんだ、と声を荒げた。
お日様の光を浴びたようなキラキラと輝く金色の髪に、アメジストのような深い紫の瞳。その瞳が鋭くこちらを睨んでいた。
「ヨーコに対して礼がなってないぞ。それにお前たち、この娘にどういう教育をしているのだ?」
「も、もしわけありません、殿下」
三人がさらに深く頭を下げた。美愛は大きな声を出されるのが苦手で、一歩さがってしまった。
「侍女に護衛の分際で、一緒になって楽しく優雅に買い物か? いい御身分じゃないか」
しかし、ロイドの標的は美愛ではなくメアリーやクレア達に向いてしまっている。怖がってる場合じゃない。なんとかしなくては。
美愛は負けるなと自分を奮い立たせた。
「や、やめてください。彼らは悪くありません。私が街へ行きたいとわがままを言ったのです」
「子供はわがままで自分の思い通りにならないと駄々をこねる。ヨーコの言った通りだな。だが、それをあしらうのが貴様らの役目じゃないのか?」
「……ッ! ロイド、それは彼女のことではなく、一般的な子供の話で」
洋子が焦ったようにロイドの腕を引いたが、彼はそれを意に介さず続けた。
「子供だからと大目に見ていたが、こうも金遣いが荒いのであれば、維持費も見直さなければならないな」
串焼き四本で金遣いが荒いだなんて責められるとは思いもせず、美愛もメアリーもぽかんとした表情でロイドを見るしかなかった。
「聖女としての責務が果たせないのであれば黙って部屋に籠っておけばいい」
事実がどうであれ、人を不当に閉じ込めていい理由になんてならない。どうしていつの世も、ヒエラルキーの上位に居る人間は自分の言い分が一番正しいと、こうも傲慢になってしまうのか。
「どうして我々王族がこんな子供のお守りをさせられるんだ?」
「だ、だめよ、ロイド」
「やはり、こんな子供が聖女だなどと認められん、誰かこいつを今すぐ連れていけ」
ロイドの不穏な言動に洋子が止めに入る。
普段の美愛なら、えへへと誤魔化してその場をやり過ごすことを選ぶはずなのに、でも今日は無理だった。
理不尽に店を追い出され、お前にやるドレスなんてないと何度追い返されても、嫌な顔一つせずに付き合ってくれる優しい人たちのことまで悪く言われて笑って許すなんて、出来るわけないから。
この不穏な空気のせいで太陽までもその輝きを雲に隠し、辺りは暗く日が暮れたようなグレーを落とした。
「私を子供だと言う貴方は、いい大人のくせにこんな街中で子供を大声で罵るなんて、一体どういう教育を受けてきたの?」
「……我を誰だと心得る、王位継承権第二位を保持する第一王子だぞ、舌を切り落とされたくなければ弁えろ、小娘」
「私は聖女よ、加護を消されたく無ければ貴方こそ弁えなさい、おじさん」
「なんて言葉遣いだ、聞くに堪えない。もはや貴様の加護など不要」
誰があんたなんかに綺麗な言葉を使うものか。絶対に許さない。
そう叫ぼうとした声はクレアによって防がれた。もがもがと、口を押えられ、もう一人の護衛騎士のカインが一歩前に出た。
クレアと同じ色の服を身に纏い、シアンの綺麗な髪はねこっ毛でフワフワしている。今日は何も言わず黙々と御者を務めてくれていた。そんな彼が自身の背で美愛を隠すように前に立つ。
そこでやっと冷静になり、気付いた。私が王子に楯突けば、私ではなく彼らの立場が危うくなってしまう。そこまで考えきれなかった浅はかな自分に呆れ、体から力が抜けた。
「殿下、恐れながら発言の許可を」
「許可などしない、早々に立ち去れッ」
クレアが言うが、ロイドはそれを認めずこの場から去れと美愛の腕を掴もうとその手を伸ばした。
その瞬間。
「殿下ッ!!」
カインが声を上げた。ロイドの手が止まり、ピンと空気が張り詰めた。
「カイン、貴様どういうつもりだ」
「殿下、これ以上は越権行為です、聖女の権利を侵害することは王族であろうと認められません」
そう、美愛が強気にでれたのは、聖女の権利というものが存在していたからだ。
聖女の史記に書かれていた聖女の権利とは、聖女は王族よりも尊重され、その心身を脅かす全てのものから保護しなければならない。という誓約である。
聖女を不当に利用しようとした神官が過去に存在し、聖女を裏切り傷付け、その悲しみから聖女が眠りについてしまったことで、世界中の加護が消えてしまった。
それから連日連夜の異常気象、落雷が神殿にだけ落ちたりという状況に神の怒りだと王宮が動いた。不正を働いた神官を裁くことで平穏が取り戻され、眠りから覚めた聖女を守るため制定された誓約である。
今現在、聖女として召喚されたのは美愛であるため、聖女の権利はまだ美愛が保持している。
「殿下、なにとぞ」
「……ッ、だとしても! ヨーコに申し訳ないとは思わないのか? 君の代わりに傷付き、身を粉にして働いてくれているのだぞ。感謝くらいしたらどうなんだ!」
酷い憤りを見せるロイドに美愛は違和感を覚えた。だけど、それを考える時間はなく、クレアに強制的に馬車に乗せられでしまった。
外ではまだ話は終わってないぞと叫ぶロイドに、止めようとする洋子の姿。
「ロイド、私は大丈夫だって何度も言ってるでしょ! 彼女はまだ子供なのよ、責めないであげて」
「君だってまだ23歳で、若いじゃないか! そんな君がどうして彼女の代わりに傷付かないといけないんだ」
ロイドが嘆いているところをよそに、ウィンドウがポップアップされ、驚愕の事実を知った。
■ロイド・ディエスタ・イーリア(21歳)
・スキル詳細不明
・イーリア国王位継承者第二位
■橋都 洋子(32歳)
・スキル詳細不明
・英 美愛の召喚に巻き込まれた異世界人
洋子さん、それはサバ読みすぎ。
世の中、知らない方がいいこともいっぱいあるよね。
美愛は動き出した馬車にホッ胸を撫でおろした。