07 誰かの決意
ばったり出くわしたロイドと洋子は、恋人のように腕を組んでいて、その事実に洋子は少し気まずそうにロイドから体を離した。
全く二人に興味がないので取り繕わなくてもいいのに。
ちらりとロイドの方をみればあからさまに機嫌が悪くなっている。
「久しぶりね、元気にしてた? ここの生活にはもう慣れたかな? 何か困っていることがあれば遠慮なく私に言ってね」
初めて会った時のように、矢継ぎ早に話してくるところは全然変わっていないようだ。美愛は、ふわっと笑った。
そして、美愛はドレスこそ買えなかったが、無茶を通してくれたメアリーに恩を返すため、彼女の有能さをここで推しておこうと洋子へ向き直った。
「ありがとう。でも優秀なメアリーも居るし、護衛の二人もしっかりサポートしてくれているから大丈夫。あ! そういえば、洋子さん! 今度舞踏会があるって聞きましたよ、凄いですね! 日本では味わえない催しなら私も参加してみたいんですけど、招待状が必要って聞いて……」
「ええ、招待状がないと参加できないの、今回は残念だけど」
「洋子さんのための舞踏会だって聞いたんですけど、洋子さんなら私の分の招待状、用意してくれますよね? 私、毎日部屋の中で退屈してるんです。たまには外で遊びたいなぁ」
「え……と、そうよね、退屈よね……わかったわ、招待状は後で送って貰えるよう伝えておくわ」
「ありがとうございます、楽しみにしてます! 」
言い淀む洋子の言葉を遮るように招待状の催促と、裏を返せば皮肉にもとれる言動に美愛がこんな強かさを持っていることに、メアリーたちは面を食らっていた。
「ドレスも仕立てないといけないですよね? 洋子さんはどこで仕立てたんですか? 今からでも仕立ててくれるお店、知りませんか?」
なおも続ける美愛の後方でクレアはこの場をどう切り抜けるか思考を巡らせていた。聖女である美愛の心のうちはきっとこうだ。
洋子がフレイベルでドレスを仕立てたのは王宮内で働くものならば周知の事実。当の聖女である美愛も知っている。
だが、あえて知らぬふりをして洋子からの発言を引き出そうとしている。洋子の真意を測るため。
このタイミングで洋子がフレイベルの名を出せば、自分が聖女だと宣言していることになるし、同様に美愛がフレイベルで衣装を揃えるようなことになれば、聖女である美愛が優先されることになる。
逆にその名を出さないのであれば、聖女の座を狙い、腹に何かを抱えていることになる。どちらにせよ、洋子は今年端もいかない少女に試されている。
そして、この状況をうまく利用しようとしている美愛に対してクレアは強い感心を示した。
美愛はついでに店の確保もしてくれないかなと、希望的観測で言ってはみたが、洋子が冷や汗をかいていることにも気付かない。
今までの仕返しと言わんばかりに、美愛はそこまで洋子を追い詰めるのかとメアリーは希望に満ちた瞳を向けていたことにも気付くわけがない。
メアリーは知っている。
美愛が洋子の仕事を何度も手伝おうとしていたことや、それに対して洋子が無下に断っているのも。
メイドたちが美愛のことをただの異世界人の子供としてしか見ておらず、不遜な態度を取り続け、仕事すら放棄していく、それなのに文句も言わず、離宮に籠っている彼女の忍耐強さも。
聖女が二人存在することは王宮内でも緘口令が敷かれた。そんな中、洋子付きの侍女になれば安泰よ。そう何人もの同僚に誘われたが、心のどこかで洋子に対する不信感と聖女への同情があったため、聖女のお付きが居なくなると困るでしょ? そう誤魔化していた。
自分の家は男爵家ではあるが、領地もなく王都の外れにタウンハウスを持つだけの貧乏貴族である。
だから稼ぎに行かなきゃならない。
12歳の頃、伯爵家の邸で苦い下積み時代を必死で耐え抜き、17歳の頃に王室侍女へと推薦され、ついには聖女の侍女にまでのし上がった。
これで今までよりもたくさん家にお金も入れられるし、貴族のお眼鏡にかなえば結婚だって夢ではない。
だが、その聖女の称号が洋子に与えられた場合、話が変わってくる。
もっと聖女らしくして欲しい。歴代の聖女様達が成し遂げたような偉業を、洋子ではなく美愛にして欲しい。そんな不満が募って美愛に不遜な態度をとってしまっていた。出来ないと分かっているのに。
自分の立場を考えると苦しくなるだけの毎日だった今日、クレアとカインが彼女に対して礼節を弁えた態度で接していた様子を目の当たりにして、ハッと声をあげた。
自分の保身の事しか頭になく、聖女である彼女に甘えて八つ当たりするだなんて、どれだけ自分勝手な行動をしていたのか、痛いほど理解できた。
今日も、適当に古いワンピースを選んで渡してしまった。忙しくて誕生日すら家に帰れなかった自分のご褒美として奮発して買った流行のフリルワンピース。それを渡していれば、こんなことにはならなかったのに。
こんな状況になってしまったのは自分のせいなのに。
それでもメアリーを叱ることもせず、ずっと励まし、そして今、洋子と対峙しても引けを取らない強さに、たとえ美愛が聖女じゃなくなっても、付き従うに足る人物だと、今この時、メアリーは美愛に忠誠を誓った。
自分の後方でメアリーが決意を固めているなど知る由もない美愛は、ただただ招待状が欲しいです、という要望を遠回しに丁寧であろう表現しているだけで、決して皮肉っているわけでもなかった。
そして、そんな美愛の態度を許せない人間が一人居た。