06 初めての外
馬車に揺られること一時間。
王宮という城から出るだけでも50分くらいかかった。
私が門だと思っていた場所は、離宮から王宮に続く道の門だった。
そこから馬車に乗り、王宮へ入った。門番達の視線が痛い。
それからゆっくりと王宮の正面を目指した。王宮の敷地内では伝令用の早馬以外の馬を走らせてはいけないらしく、歩いた方が早いんじゃないかという速度で正面の門を目指した。
見えてきたのは離宮の門よりも大きくて真っ白で頑丈そうな柱に支えられた門。私が目指すのはこの出口か。そう思ったのだが、そうでもないようで、そこから広い庭を通り、騎士の宿舎を通り抜け、やっと外郭の外へ出れる。
脱出することを短絡的に考えていた美愛は、王宮から市街地へ出るのがこんなにも大変なんだと一気に脱力してしまった。そりゃそうだ。すぐに外に出れるなら中にも侵入し放題ということ。これくらい厳重にするのは当たり前なのだ。
中央通りは、賑わっている市場を通りすぎた先。市場とは一転して、高級感が漂う店の大通りだった。
カフェを横切り、鞄屋を過ぎた先に目的の店があった。
「着きました」
クレアがドアを開けてくれて、手を差し出してくれている。その手につかまり、馬車の揺れで傷む腰を抑えながら外に出れば、目の前のゴシック調の建物に美愛は異世界を感じ、感動していた。
「ここがアンネローズ」
「さぁ、入りましょう。ここは高級店ではありますが、価格もそれほど高くないので、安心してお買い物できます」
メアリーの丁寧な言葉遣いに違和感を覚えながらも、美愛はメアリーの後に続いた。
クレアが店の扉を開けてくれて、息を吸って気づかれないように気合を入れた。
「いらっしゃいませ」
店員の優しい声にホッと胸をなでおろすと、メアリーが私に任せてくださいと店員の方へ歩み寄った。
なにやら話し込んでいるメアリーと店員をよそに、美愛はクレアを連れて店内を見回った。
イラストや映画でしか見たことないようなドレスが並んでいる。
マネキンが綺麗なドレスを着てポーズを取っている。これこそ映えなのではないか?
目をキラキラさせながら子供のようにはしゃぐ美愛を見て、クレアはクスリと笑みをこぼした。
「今笑った?」
「失礼しました、どんな罰でも」
「え、違う違う、クレアさんともっとお話ししたくて」
「光栄です」
そんな美愛を見ているのはクレアだけではなかった。
店の中にいた他の客は美愛のみすぼらしい恰好とその落ち着きのない素振りに「田舎者みたい」そう聞こえるような独り言をこぼした。
それは親がなく、自由に使えるお金もなく、流行りの服の一枚も着れない私に対して、笑いながら可哀想だと指をさしてくるそれに似ていた。
身に覚えのある悪意に、すっかり縮こまってしまった美愛は、メアリーの元へ足を向けた。
後ろで小さく「ひっ」という声にも気付かず。
店員と話しているメアリーの顔が、何やら曇ってるように見えた。
「メアリー、話は終わった?」
不思議に思った美愛が声をかければメアリーは「えっと」と気まずそうに振り返った。
「あの、ですね」
「うちに貴女のような子供に着せるドレスはないわ」
言い淀んでいるメアリーの言葉を遮り、語気を強めに言い放つのはメアリーと話していた店員だった。
ディスプレイされているドレスは美愛には少し大きいのかもしれないが、美愛は日本でいうところの標準体型である。太りすぎなわけでも細すぎるわけでもない。探せばあると思うのだが。メアリーも引くに引けず、店員に頭を下げた。
「一か月の時間があります、なので新しく主人に合ったドレスを仕立ててください、お願いします!」
美愛には理解できなかった。何故客である私たちがこんなにも頭を下げないといけないのだろう。
お客様は神様だ、とは言わないがこれはあまりにも理不尽すぎないか? 今ならクレーマーになったっていい。
現代日本ならばこんな店、即炎上だぞ。
「メアリー、やめて。もういいから、帰ろう?」
「でも……」
「失礼、この店の主人は貴女か?」
言い淀むメアリーにクレアが突然店員との間に割って入った。
「私はオーナーではないけれど、オーナー不在時の責任者よ。だから私が無理と言えば無理なの。理解できたかしら、田舎のお嬢さん?」
オーナーの代理だという女はクレアを睨みつけ、そして、蔑むように美愛を見た。
「そうか、それは良かった。では、覚悟しておけ」
その視線を遮るようにクレアは忠告を吐き捨て、流れるような動作で美愛の腰に手をやると、退店を促した。美愛もここに居る気はさらさらないので、導かれるように店を後にした。
お店はここだけじゃない。他にもたくさんある。
美愛は落ち込み気味のメアリーを元気づけようとしながら他の店を転々とした。
「当店は貴族様の紹介状がなければ無理です」
「悪いけど、貴族様の予約で余裕がないんだ、他所をあたってくれ」
「うちは貴族様専用なんだ、一般人は無理だね」
うん、全然ダメでした。
あんなにも憧れた外の世界は、貴族が優先される残酷な身分社会だった。
「ミア様、慣れない馬車での移動は体に負担がかかります。本日は帰宅を」
中央通りの店は全滅。
それから東通りに行ってみたが、そもそも舞踏会に着ていけるようなタイプのドレスは取り扱ってないと断られ、トボトボと馬車に戻った三人に、カインが困ったように声をかけてきた。
お昼も過ぎてみんなお昼ご飯も食べてないことに気づいて、そうだね、と頷いた。
「すみません、私がもっとちゃんとした服をご用意できればこんなことには」
馬車に乗り込もうとした美愛の後ろから泣きそうな声が聞こえた。
自分が用意したこのワンピースに問題があったのだと落ち込むメアリーに、この服可愛いよ! と励ます。いつもぷりぷり怒っているメアリーがこんなにも落ち込んでいる姿をみるのはいたたまれない。
「お腹すいてるから元気がでないんだよ! あ、あの屋台でごはん買おう!」
美愛は馬車のすぐ近くで、美味しそうなにおいを醸し出している屋台に駆け寄った。
「だ、だめですよ、帰ったらちゃんと昼食の準備が」
「串一本でお腹いっぱいにはならないから大丈夫だよ。おじさん、四本ください! お金は……えっと、これが四枚かな?」
あいよー丁度ねー、と気前よく返事が返ってきたと同時に焼き立ての串焼きを手渡された。
「メアリーその二本持ってきて」
「は、はい」
「クレアさんとカインさん、これどうぞ!」
美愛は持っていた二本の串を一本ずつ手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「よろしいのですか?」
おろおろと二人は顔を見合わせ、少し困り顔。もしかして、こういうの食べないのかな?
「嫌いだった? 無理して食べなくていいよ」
「いえ、いただきます」
「じ、自分も」
メアリーから一本手渡され、四人仲良く串焼きを頬張る姿は傍から見れば変な光景なのかもしれない。
彼らのことをもっと詳しく知りたい。何が好きなのか、日頃どうやって過ごしているのか。今よりもっと仲良くなったら教えてくれるのかな。
ぼんやり考えていた美愛の目の前にステータスの画面が現れた。
いや、出してませんけど。
邪魔だから消してしまおうとしたが、いつものステータス画面ではないことに気づいた。しかもそのウィンドウが小さく三枚現れれば、首をかしげるしかない。
■メアリー・ルネ(19歳)
・スキル詳細不明
・英 美愛の侍女
■クレア・アネット(21歳)
・スキル詳細不明
・英 美愛の護衛騎士
■カイン・アルベール(25歳)
・スキル詳細不明
・英 美愛の護衛騎士
詳細不明なんかいっ。私が分かっている事しか表示されないのか。いや、違う。メアリーの苗字もみんなの年齢も知らないのに表示されてる。
完全に個人情報だから駄目なやつじゃない?
もしかして、これがロックのかかってた謎スキルだったのか。
美愛は自分のステータス画面を表示したが、残念なことにロックのかかったスキルはそのままの状態だった。
その代わり、聖女スキルの項目が追加されていることに気づいた。
聖女の力の下に「癒しの力」しか表示されていなかったが「調べもの」というスキルが追加表示されている。
確かに今三人のことをもっとよく知りたい、とは思ったけれど……、もしかしてそれが反映されている?
それなら自由になりたい自由になりたい自由になりたい!
ぐっと強く願った。……何も起きなかった。
ですよね。それで新しいスキルが追加されてたらもうすでに離宮から脱出しているはずだ。
調べものスキルは他人のプライバシーを踏みにじるし、あまり使わない方がいいかもしれない。
クレアとカインが食べ終わっており、私も早く食べなきゃと頬張った。
お肉がジューシーで美味しい。んー、ジャンキーな味がたまらーん。
「あら? 貴女がどうしてここに」
突如かけられた声に全員が反応した。
特にクレアとカインは敬礼を取った。続いてメアリーが頭を下げ二人の食べた串をこっそり回収し背に隠した。
美愛だけが何事かと訳も分からず、串焼きを食べながら振り向けば、待ち構えていたのは昼食を終えて街を散策しているのであろうロイドと洋子だった。
「あ、洋子さん?」
■英 美愛(16歳)
体力 100
魔力 759
<スキル>
聖女の力
・癒しの力 Lv.15
・調べもの Lv.1
不明スキル
・ロック解除不可能