05 果てなき欲望
「ど、どどどどうして?!」
「動揺しすぎ。貴女、ドレスなんて持っていないじゃない。それに、今回は陛下が催す舞踏会で王室御用達のフレイベルを呼びつけた、この意味が分からないの?」
全然わからない。
王室御用達のフレイベルが来たから何があるというの。美愛の頭上には、はてなマークが飛び交っている。素っ頓狂な顔をした美愛を見れば一目瞭然、メアリーは分かりやすく溜息を吐いた。
「ヨーコ様は王室がお認めになった聖女様ってこと。わかる?」
「つまり、私じゃなくて洋子さんが聖女になったってこと?」
「それだけじゃないわ。ロイド殿下の婚約者候補の筆頭に躍り出てることになる」
ああ、なるほど。洋子がこの世界の主人公なのだとしたら、ハーレムの主ではなく、最終的には王妃になるのか。
色々な漫画や小説を読んでいるのだ、そのくらいの結末は分かる。乙女ゲームのように選んだ選択肢によってキャラエンドがあるのなら、話は別だが。
「そ、それでも、まだ私が聖女なんだよね? だったら私にだって舞踏会に参加するくらいの権利はあると思うんですけど!」
「え、今更聖女面されても無理じゃない?」
なんの仕事もしてないのに。そう呆れた顔で呟かれた。確かにそうだけど、このメイドは一言多いな!
美愛はメアリーの悪態に顔を引きつらせながらもグッと堪えた。
「でも、そうね。まだ貴女が正式な聖女なのだから参加は認められると思うけど、覚悟はあるわけ?」
「ダンスは無理かも」
「違うわよ。ヨーコ様が正式な聖女だと発表されれば、貴女は聖女の座から降ろされるのよ。優雅にダンスなんて踊ってる場合じゃないの」
ただ漫画で見る華やかな舞踏会に出てみたいという、ちょっとした欲求と、それに乗じてここから脱出するもしくは、脱出方法を探すのが目的である。聖女の座に最早興味などない。
「大丈夫! 私、打たれ強いし、舞踏会にすっごく興味があるだけだから!」
決して他意はない、と元気いっぱいに主張する美愛に、メアリーは最後の警告をした。
「社交界に幻想なんて抱かないこと。あそこは恐ろしい思惑が渦巻く場所よ。ちょっとでも弱みを見せればすぐに蹴落とされるわ。ただでさえ聖女でなくなったただの異世界人の貴女に向けられるのは侮蔑や嘲笑、そんな感情しかないわ。そんな悪意から誰も貴女を守ってはくれない。それでも構わないのね?」
「うん!」
「そう、なら問題はドレスと招待状よね」
「それは、そう……。ドレスってどこで仕立てられるの? 間に合う? 舞踏会って初めてだからよくわからないのお願いメアリー、助けて?」
このタイミングを逃してたまるか、とメアリーにお願い攻撃を繰り出した。彼女は嫌々ながらもずっと私の世話をしてくれている。きっとみんなに押し付けられているのだ。
それに今だって舞踏会に出たいという私を凄く心配してくれている。
そんな人間は総じて不幸を全面に出した押しに弱いと私は知っている。
「面倒は嫌なんだけど……まぁ、フレイベル以外なら間に合う、と思うわ。でも、フレイベル以外のドレスメーカーを王宮に呼ぶのは不可能よ」
「それならお店に連れて行って! お金ならちょっとだけあるの!」
お願い、と瞳をキラキラさせる美愛に、メアリーは一歩後ずさった。
聖女が外へ出たいと意志を示したのであれば、メイドであるメアリーは従わなくてはならない。そんなことを露も知らず、美愛はお願いお願い、と懇願するのであった。
「うっ……でも、招待状が」
「それは、明日くらいにでも洋子さんに会いに行こう! 私が暇でって言えばきっと配慮してくれると思うし。なにより、メアリーが少しでも洋子さんに近づけるチャンスじゃない?」
もっともらしい言い分に、メアリーは確かにと力強く頷いた。
「わかったわ。じゃあ、食事が終わったら出かける準備ね。念のため護衛の騎士様にも声をかけますから」
「ありがと、メアリー! よろしくお願いします!」
ついに合法的に外へ出られる美愛は、うきうきで準備を終わらせた。
メアリーにはいつもの制服だと目立つから、目立たないようにと、この世界で一般的に着られている普通の服を渡された。十分に可愛いワンピースである。
「失礼します」
静かな声で入室してきたのは女性騎士だった。夜、部屋の前に立っている騎士はブルーの服に対して、彼女の服は赤だった。
すらりとした体格で、背筋がピンと伸びているのもあって身長が高く、薄紫色の髪がとても印象的な人だ。
「騎士様、本日は護衛の方をお願いします」
メアリーが控えめに礼をとれば、女性騎士は敬礼をした。
「本日聖女様の護衛を務めます、クレア・アネットと申します。外にもう一人、カイン・アルベールが待機しております。何かあればすぐにお声掛けください」
か、かっこいい!
女性騎士という時点で素敵なのに、声も言動も大人の女性だと感動を覚えた。美愛の周りに居る女性はメアリーくらいなので、女性が来てくれてとても嬉しかった。ただ、この人も内心洋子の護衛が良かったと思っているのではないか、とネガティブな事を少し考えてしまった。
「手配した馬車ですが、二頭立て四輪のコーチとなっております。ただ、聖女様のご身分はまだ公表されておりませんので使用人用のものになります。乗り心地はあまりよくありませんがご了承願います。そして、我々は外で聖女様とお呼びすることができません。差し支えなければお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
丁寧な説明に、うんうんと椅子に座って頷いている美愛に、クレアは腰を折り、視線を合わせた。そして、初めて名前を聞かれ、美愛は少し感動してしまった。
隣に立っていたメアリーからも小さい声がもれている。
「あ、英 美愛と言います。美愛と呼んでください」
「ミア様、恐れながら、私共に敬語は不要です。それでは本日の予定を聞いても?」
メアリーがそれでは、と改めて今日の予定を話し出す。
「本日の予定は、馬車で中央通りのアンネローズでドレスを仕立てます。それから装飾品はドレスに合わせてディックロアで揃えます」
メアリーが告げれば、クレアは少し俯き考える素振りを見せた。
「あ、あの、どうかした?」
その素振りが気になった美愛が、クレアに恐る恐る声をかければ、弾けたように顔を上げた。
「失礼しました。ただ、本日の正午にロイド殿下とヨーコ様が中央通りのレストランで昼食を予定していると聞いております。おそらくその時間は中央通りが殿下の安全のため規制されます」
今から出れば行きは間に合うと思うが、帰りは足止めを食らうかもしれないと言われた。
「うーん、でも洋子さんならきっと笑って通してくれるはず!」
美愛は問題ないと当初の予定通り、メアリーの知っている仕立て屋に行くことにした。