26 汝、かたるべからず
オリバーから驚く事実を聞くことになり、美愛の目に映る教会は優しい場所ではなく、厳しい現実が広がっていた。
騎士たちも毒に侵されているのなら、取るべき行動は一つだ。
「わかりました、今すぐ治療しに行きましょう」
まぁ、こうなるだろうという当然の結果にクレアとメアリーは笑みを隠せず、オリバーは感激のあまり涙を零している。
ただそこに考え込む男の姿があった。
「……申し訳ありません」
小さく謝罪を述べるカインは叱られるのを待つ子供のように小さくなっていた。そして、彼の拳は白くなるほど強く握られていた。その姿にニクスは気にするな、というように彼の肩を優しく叩いた。
「彼女がそれを望むのであれば止める必要はない。が、ここは人が多すぎる。この場で治療するのは望ましくない」
ヴェリトールが何を思って洋子を聖女として擁立しようとしているのか、その真意が未だに分からない。あの男なら聖女である美愛ですら利用しようとするはず。美愛を危険な目に晒したくない。
ここで大々的に騎士たちを治療してしまえば否が応でもヴェリトールの耳に入ることになる。
「ならば、別の場所に騎士達を移動させましょう、負傷兵はどのくらい居る?」
カインがオリバーを見た。何度も訪れているオリバーなら数も正確に分かるだろうと。
「負傷者は12名です」
「多いわね。その人数を移動させるなら騎士の宿舎でしょうか?」
全員をまとめて寝かせられる場所など限られている。クレアはニクスの判断を仰いだ。
「いや、もっと安全な場所がいい。それに、移動させる方法も考えなくては」
「うーん、難しいですよね、それって。だったら、教会の人たちを説得するか、ばれないようにこっそり治療した方が手っ取り早い気がする」
美愛は別に誰に見られても気にしないのだが、洋子の手前、勝手なことをするのは彼女に申し訳がない。こっそり治療してこっそり帰れば誰にも迷惑を掛けない。そう考えたのだった。
「神官様、先ほどは治療していただきありがとうございます。重症患者の治療に祭典の運営。皆さまは日頃からご多忙極まるかと存じますが、祭典最後の花火くらいはゆっくりご観覧していただきたく、ささやかではありますがお手伝いに参りました」
メアリーが神官の前に出て頭を下げた。それに合わせるようにクレアと美愛も顔を見られぬように深くお辞儀をした。
「花火はもうそろそろですか。見たいのは山々ですが、ここを勝手に離れるわけには」
「今日は女神様への感謝を捧げる祭典、女神様もきっと目を瞑ってくださいますし、我々が誰にも言わなければバレることはありません」
いやしかし、と言い淀んでいる神官達は目に見えてそわそわしている。後ろの方で花火みれるのか? と囁く声が聞こえた。
「本日の花火は公爵様の寄付により盛大になると聞いております」
「おお、実は皆、今宵の祭典の花火を楽しみにしていたのです!」
神官が花火という言葉に食いついたのをメアリーは見逃さない。ここぞとばかり声を大きくした。
「ええ、ええ! そうでしょうとも! 私たちはただ女神さまにお仕えする神官様達へ日頃の感謝をお伝えしたいのです。是非盛大な花火をご観覧してきてくださいませ!」
「そ、そこまで言うのであれば、お言葉に甘えよう。皆、彼女たちの感謝の気持ちを受け取ろう!」
さっきまでの静かさとは打って変わって「これは奇跡だ!」「花火を見るならどこがいいんだ?」「どこも人でいっぱいだと思う」すでに浮足立つ彼らにメアリーは「丘の上が見晴らし良くていいですよ」と付け加えた。
「ではしばらくの間、よろしくお願いします」
神官達は口々に感謝を述べ、我先にと教会を飛び出していった。
「ええ、お任せください。きっと今宵は奇跡の夜になるでしょう」
にこやかに見送るメアリーの言葉は、きっと神官達には自分たちへの感謝という「幸運」に聞こえただろう。だが、その幸運は彼らではなく、毒に侵され死を待つ騎士達への言葉。
待っていて、今助けるから。
メアリーの背後で美愛の瞳が静かに、しかし強く輝いた。
男性陣は目立つため引き続き離れた所で待機。そして、誰かが教会へ来てしまった時のため、メアリーを見張り役に置いた。
患者たちが眠る場所へ、クレアと美愛の二人は一歩踏み出した。
進むにつれ鼻をついてくる消毒液の匂い。でもそれだけでは消しきれない、死の淵に立つ者たち特有の重苦しい靄。
本当に自分に毒を治すことができるのか。正直に言うと自信などない。そんな頼りない私の背中を押してくれるのはいつだってメアリーやニクス達だった。
いつも傍に居てくれるメアリー、クレア、カイン。何かと気にかけてくれるニクス。そして、今はオリバーにフィロも居る。六人もの人たちが私の力に期待を寄せている。
洋子さんはいつだってたくさんの人の期待を背負っていたのに、私は一体何をしていたのだろう。
たったの六人。だけど、その六人は特別で、かけがえない人たち。その期待が今は重たいと思ってしまう自分が情けなくなる。それでも彼らの期待に応えたいし、何より苦しんでる人を救いたい。
思いのほか緊張していたのか、立ち止まったクレアに気付かず、その背に顔をぶつけてしまう。
美愛の緊張が伝わったのか、扉を開ける直前、クレアが美愛の手を握った。
「何があっても私がミア様を守ります」
クレアに真っ直ぐに見つめられ、彼女のその手は緊張していた美愛の冷たい手を優しく温めた。その優しい熱は美愛に勇気を与える。
大丈夫。
私は、きっと大丈夫。




