橋都洋子の期待
本日は快晴。
花祭り当日の朝。
久しぶりに街に出られるのだと、普段のくたびれたワンピースを準備されているのを見て、つい怒鳴ってしまったけれど、侍女たちも私の気持ちを理解してくれ、すぐに新しいドレスを準備してくれた。
勿論この世界の基準のドレスは中世レトロ感たっぷりで可愛いけれど、原色が多いし、ちょっとゴテゴテしすぎで見た目も重量も重たい。
正直、私好みのドレスは少ない。自分でデザインして仕立て屋に注文し、袖も通してないドレスが、そのままクローゼットの中にたくさんある。
その中でも一番気合入れたデザインのワンピース。ドレスというには軽めだが、ただのワンピースよりも豪華に。
菫色を基調とし、シースルーの袖とスカートに細やかな刺繍を施したマーメイドワンピース。
刺繍が気に入らなくて作り直してもらったのよね。
その甲斐あって落ち着いた大人の私にぴったりの配色になっている。上半身は聖女のイメージのふんわり感を、下半身は私の大人の色気をさりげなくアピールできる。
やっぱり流行の最先端をいかなきゃ異世界人が廃るってものよね。
姿見の前で入念にチェックをすると満足げにドレッサーの前に腰掛けた。侍女が髪に櫛を入れ、今日はどうするか尋ねてきた。
うーん、今日は外で動き回るだろうからアップにしてもらおうかしら。それに合わせてメイクも少し華やかに。
あれこれ侍女に注文を付けているとドアがノックと入室の許可を願う声に顔を顰めた。
今朝、新しい女性騎士が護衛として配属されたと告げられ、そこで初めてフォルカがロイド負傷の責を負い王宮を去ったことを知った。
フォルカがユリウスに言っていた「思い出」という言葉の意味がやっと分かった。
人を勝手に思い出扱いするなんて失礼な男だわ。そんなフォルカの事をきにすることもなく、鏡の向こうの女性騎士に視線を合わせた。
ソニア・フーリーは若干二十歳ともあり、まだ幼さを残しているが、そのプラチナブロンドの柔らかいウェーブの髪に青い瞳、整ったその鼻先とぷっくりとしたバラ色の唇。そして、何よりバランスの取れたモデルのようなスタイルのおかげで大人びた印象が強い。
ゲームの世界だから許されたような存在が立っている。本当に腹立たしい。
そもそも二十歳の小娘に私の護衛が務まるのかしら。
どうにかして護衛の変更を出来ないかしら。こんなのがずっと隣に居たら私が霞んでしまうじゃない。
「本日の予定ですが、午前は花祭りの奉納の儀があります。それが終了し次第王宮での会食になります。今から教会の方へ移動しますので準備が整い次第馬車までお越しください」
予定を告げ終え、恭しく礼をして出ていく彼女を見送れば、わざとらしくふうとため息を零した。
「ヨーコ様、どうしました?」
「なんでもないわ、気にしないで」
「心配事があるようでしたら相談してくださいね、それでなくても今とても大変な時期なのですから」
うまく食いついてくれた侍女に感謝し、少し躊躇いがちに口を開いた。
「……あのね、元居た世界での話なんだけど、私によく意地悪してきた女の子にソニアがそっくりだったから少し思い出して、ちょっと緊張しちゃっただけ」
勿論、全部嘘だけどね。
「まぁ、ヨーコ様の世界でもそういうトラブルが?」
「きっとヨーコ様が素敵な女性だから嫉妬したのでしょうね」
髪を梳かす侍女が驚いたように言えば、服を着替えさせてくれた侍女がすかさず声をあげた。面白いくらい予想通りの反応で嬉しくなる。
「ふふ、私なんてどこにでもいる平凡な女よ? もしかしたら、私が知らず知らずのうちに気に障るようなことをしてしまったのかもしれないし」
「ヨーコ様がそんなことするはずありませんっ、例えそうであっても意地悪するだなんて、どうかしてるわ」
「ご安心ください、ソニア様のそういった噂は聞いたことがありません、きっと大丈夫ですよ」
櫛を動かす手が止まり、鏡越しから怒りをあらわにした侍女を宥めるように、もう一人が安心してくれと予想外に微笑みかけてくる。
舌打ちを隠しながらも「そうよね、考えすぎよね」と頷くしかなかった。
あの見た目で性格もいいんじゃ余計消えて欲しい。
「ソニアが彼女のような最低な人でないことを祈るしかないわね。いっそフォルカみたいに男の人ならそんな気遣いしなくていいのに、残念だわ」
肩を竦めながら再びわざとらしくため息を零した。
「安心してください、彼女がヨーコ様に無礼を働かないように監視いたします!」
「そうね、私たちでヨーコ様をお守りしましょう」
「……あ、ありがとう、とても嬉しいわ」
にっこりとした笑顔を貼り付け感謝を述べるが、内心はソニアじゃなくて別の男性騎士を配属してもらえるように、侍女長に話を通してくれって意味だったのだけど、やっぱり上級貴族でもない侍女たちにはそういう遠回しの表現は通じないのかしら。
支度が終了し、久しぶりの外なのに重い足取りで表まで行けば、そこには直立不動でこちらに微笑みかけるソニアの姿があった。
ソニアのエスコートに気付かない振りをして馬車に乗り込んだ。
ソニアも中に乗ろうとしたが、ちょっと一人にして欲しいと追い出した。
馬車からの風景は、久しぶりの外出と、初めてのお祭りという事もあり、落ち込み気味だった気分が回復していく。
儀式が終われば会食。その後は自由行動を貰っている。ロイドもフォルカも居ないし、誰を誘おうかしら?
あれやこれや今日の予定を考えると上機嫌になった束の間、教会へ着くや否や儀式のため今のメイクは少し派手すぎると洗い落とされ、鏡に映った自分のすっぴんに近い薄化粧に再び気分が最悪になり、不機嫌な様子をも隠せないでいた。
だがしかし、儀式の服だと渡された白い衣服はそんな最悪な気分を吹き飛ばすには十分だった。
「まぁ、本当にお似合いですよ」
金の刺繍が施された白いローブを身に纏った。
ひらひらと揺れるリボンはシルクの様に滑らかで、女神や天使を思わせる衣装。
ああ、ゲームで見たことある衣装だ。
初代聖女の伝説の衣装。
絶体絶命のピンチの中、眩い光に包まれた聖女が力を覚醒するのだ。その光の中からこの衣装を身に纏った聖女が現れ、覚醒した力でピンチから脱出して事なきを得る。
そして、ゲームの最後はこの衣装を着た聖女に意中の男性キャラが告白をするのだ。その時のスチルの美しさときたら。
感激のあまり姿見の前でくるりと回転させ、その綺麗な衣装がひらひらとなびくのがとても絵になると神官や侍女たちに持て囃された。
当然でしょう。私がこの世界の本当の聖女になる女なのよ。
ゲームのように急に着ている服が変わるはずないのは分かってる。だからこそ今、私がこの衣装を着たということの意味。
きっと今日の儀式を通して、聖女の力が覚醒するんだわ。絶対そうに違いない。
舞踏会には華麗に復活したロイドが私に求婚して、そしてハッピーエンドを迎えるんだわ!
ロイド、待っていてね。必ず貴方を助けてこの国を支える王妃となるから。




