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聖女なんか知らない  作者: 鷹取ヒオ


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25 運命の速度


 時間を少し遡った夕暮れ時。

 オークションが始まってどれくらい経っただろうか。それが終われば祭りも終盤となる。賑やかだった広場も次第に落ち着きを取り戻していた。

 このまま夜になれば教会の方で花祭りの締めとなる花火が上がるため、オークションに参加しなかった市民たちが、眺めの良い場所を取るため教会とは反対の小高い丘の方へと移動していた。

 その移動の波に逆らうように、教会の方へと足を向ける二人の姿があった。


「兄さん、やっぱり私から頼むのは無理があるわ」


 手には串焼きやフルーツ飴を持ち、クレアはため息交じりで話し出した。


「その状態でよくもまぁ」


 クレアは見かけによらずよく食べる。普段は我慢しているのか控えめにしているらしいが、傍に居るのが身内だというのもあり、屋台の食べ物を片っ端から制覇していった。

 おかげでオリバーの財布は空っぽになりそうだった。


「お腹すいたんだから仕方ないでしょ。あのね、私は王妃様の命令で動いているの。この意味は分かってるわよね?」

「食べながら喋るなよ。俺だってそこまで馬鹿じゃない」

「だったら」

「友達なんだ」

「……」


 クレアはオリバーの弱々しい声に口籠った。自分の兄であるオリバーは面倒くさがりでやる気のない男だが、こんなにも情けのない声を出すような男ではなかった。 

 妹として兄を助けてやりたいのは山々だが、自分の立場がそれを良しとしない。 


「ご友人は気の毒だけど、ただ兄さんの友人だからと言って優遇するわけには」

 

 先日、急に訪ねてきた兄と喧嘩になった。原因を喋ることもせずただ聖女に会わせてくれと一方的な要求をしてくる兄に怒りが沸いたと同時に落胆した。ヴェリトール陛下の近衛副隊長である兄を信用するわけにもいかず、怒りと落胆の所為で問答無用で突っぱねてしまった。

 その翌日、再びオリバーから連絡があった。そこでどうして聖女に会いたいのか、ようやく理由を聞くことができた。

 先の遠征で毒にやられたのは何もロイドだけではない。それは分かっていた事実だったが、毒で負傷した騎士の中にオリバーの親友のシーナも含まれていた。

 シーナには一度会ったことがある。

 とても活発で剣の腕も良く、面倒見の良い優しい女性。同じ女性騎士として互いに頑張りましょうと握手を交わした記憶がある。

 そんなシーナが毒に侵され、今も教会で隔離されていると。シーナを助けたい、そう土下座までされた。

 本人は隠しているつもりだが、オリバーがシーナに対して恋愛感情を抱いているのは分かっていた。兄妹の情に絆され、仕方なく美愛の予定を伝えてしまった。

 祭りで偶然を装い合流さえできれば後は兄がなんとかするだろう。クレアの願い虚しく、カインによってそれは叶わなかったが。

 しかし、叶わなかった事にホッと安堵した反面、兄の事を思うと複雑な心境になってしまう。


「分かってるよ、無茶な頼みだって。近衛も辞職願いを出してきた。受理されれば俺は無職だよ」

「それって」

「妹の足を引っ張りたくない。それにお前は故郷にだって帰るつもりないんだろう?」

「私はここで騎士として生きていくと決めた」

「俺はもう、そういう政治のあれこれに関わるのは嫌なんだ。自分の信じた剣が汚れ切ってるって思いたくない」

「兄さん……。ごめんなさい、私」

「謝る必要はないさ。俺は俺で、故郷でのんびり暮らすよ。だから、お前は後ろを気にするなよ」

「うん」

「クレア、無理を言ってすまなかったな。本当に感謝している」

「何も……感謝されるようなこと何もできてないわ」


 きっと最後になるかもしれない。二人はこのままシーナに会いに行くことにした。そんなオリバーの手には花のリングがあった。

 クレアはそれを見ないふりして空を見た。

 紺青に染まる空にぽっかりと穴が開いているような満月が浮かんでいた。


 一本道を歩いて教会が見えてきた。

 視線を上げれば見知った二人が入口付近に立っていた。


「カインにメアリー?」


 訝し気に目を細めた。二人がここに居るはずがない。だが、見れば見る程見知った二人だった。


「クレア様にオリバー様、こんばんは」

「……ミア様は?」


 二人が本物なら当然美愛の姿もあるはずと辺りを確認するが、見当たらず少し焦った表情になった。そんなクレアににっこりとメアリーが微笑んだ。


「ミア様はラウダ公爵様とオークション会場に居ます。私はちょっと怪我をしてしまったのでその治療に」

「……その帽子は?」

「あ、これは怪我を隠す様にカイン様が」

「それより二人は何をしにここに?」


 カインに遮られクレアはオリバーと顔を見合わせた。意を決したようにオリバーが一歩前に進み、頭を下げた。

 

「頼みがある!」

「ど、どうしたのですか?」


 突然の事にメアリーとカインも驚いた様子ではあるが、説明を求めるためにクレアに視線を合わせた。クレアは少し迷った末「場所を変えましょう」と教会より少し離れた場所に二人を連れていきおずおずと口を開いた。


 オリバーに起こった事、クレアが美愛の予定を話してしまったこと、謝罪と一緒に洗いざらい二人に吐露した。


「そんなことが……」


 メアリーは教会の内情を知ってしまったこともあり、少し辛そうな表情で目を伏せた。


「だが、そんなことでミア様の予定を漏らすのは護衛として失格だ」


 カインは少し難しい顔をしてクレアが美愛の予定を漏らしたことに苦言を呈した。

 美愛の外出は現在王宮に厳重に管理されている。今日の祭りに行くのですら侍女に変装し、誤魔化さなくてはならなかった。

 カインと二人で、美愛をどうやって連れ出すかあれこれ意見を出し、頭を悩ませたクレアは何も言えずただ頭を下げることしか出来ない。


「クレアに無理を言ったのは自分です。罰なら私が」


 オリバーは咄嗟に庇おうとしたが、カインは首を横に振った。

 

「そんなことは関係ない」

「兄さん、いいの。どんな理由であれ話したのは私よ。決して許されない事なの。アルベール卿、罰ならば甘んじて受け入れます。ですが、同じ騎士が毒により苦しんでいるこの状況を放っておくなどできません」

 

 クレアはここまで来てしまった以上、美愛に全てを話し、その上で聖女である美愛の判断に委ねたいと再度頭を下げた。


「カイン様、私からもお願いします。神官の皆さまも怪我人の治療で毎日大変だと仰ってました。ミア様にお伝えするだけでも」

「だが、それでミア様が彼らを助ければ」

「友達なんですっ! お願いします、どうか、彼らを、彼らにも生きる選択肢を」

 

 その選択は一体誰がするのか。

 オリバーの懇願にカインは悩み痛む頭を押さえた。

 美愛の返答如何では、ニクスが強制的に止めに入る可能性だってある。いや、美愛の性格を考えればおそらく彼らを助けるだろう。

 そして、それをもし止めに入る事になってしまったら、きっとニクスに対しての信頼は失墜するだろう。

 先にニクスに相談する手もあるが、何より今この事実を美愛に話す事は得策とは言えない。


「やはり……」


 出来ない。

 その声は喉の奥で留まった。


「もー、みんなこんなところで何してるの? そろそろ花火始まっちゃうよ」


 突然の声に全員の顔が強張った。


「メアリーその帽子どうしたの!? 輪投げの賞品だよね」

「ミア様……」

「え、あっ、大丈夫、お金は無事だよ!」


 メアリーの驚いたような心配そうな表情に、慌ててお財布を取り出してメアリーに渡した。

 しかし、それでも全員から感じるただならぬ空気に、否応なしに黙り込んでしまった。


「ミア様、まさか一人でここまで?」

「ううん、さっきまでニクスさんと一緒だったんだけど、えっと護衛の人から大事な話があるっていうから先に様子を見に来たの」


 美愛の様子からして先ほどまでの会話は聞こえては居ないだろう。

 

「せ、聖女様、お願いがあります」

「やめろ!」


 ホッと息をつく間もなく、意を決したかのようにオリバーが口を開き、カインが止めに入った。

 睨み合う二人を尻目に美愛は振り返って手を振った。


「あ、ニクスさん、こっちだよ!」


 その美愛の言葉により、全員の動きがピタリと止まった。

 後方からゆっくりと杖をついて現れたニクスに緊張が走り、誰一人として今ここで口を開く勇気などなく、叱られた子供のように視線を地面に落とした。

 しばらくそのままの面々に、さすがのニクスもしびれを切らした。


「何か問題でもあったのか?」


 カインが諦めたように口を開こうとした時だった。


「ねぇ、あそこに何があるの?」

 

 そう呟いた美愛の指が示した方向を全員の視線が辿った。その先は教会。

 今朝は女神像の近くまでは行ったが、教会の方へ行くことはなかった。美愛が知らないのも無理はないだろう。メアリーはあの場所がこの王都の教会で、神官達が生活している場所だと答えた。

 しかし、美愛は納得いかないような表情で首を傾げた。


「神官が居る教会って神聖な場所なんじゃないの?」

「そう、ですね。女神像のお陰で教会付近は聖力が多いと聞きますが」


 要領を得ない美愛の質問に首を傾げるメアリーだったが、美愛はお構いなく更に口を開いた。


「じゃあ、なんであんなに黒い靄があるの?」


 美愛の目には、はっきりと映っていた。教会の後方からたちこめるような禍々しい黒い靄が。

 カインは肩の荷が下りたのか、オリバーに視線で促した。

 ああ、これこそが女神に選ばれた少女の運命力なのだろう。

 聖女の前に隠し事などできはしない。


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