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聖女なんか知らない  作者: 鷹取ヒオ


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23 うまく笑えない

 やってきた広場の仮設救護室には神官がたった一人で右往左往していた。

 怪我人や急病、体調不良で集まる市民が多く、それを一人で受け持っているためか、治療を受けるのに順番待ちができていた。

 転んだのか膝から血を流し痛みで泣いている小さな子供を連れた親子が後ろに並んだので、メアリーはカインの了承を得て親子に順番を譲った。

 再び入口付近に戻されたメアリー達の目に入ったのは『急を要さない場合は教会の救護室へ』という看板だった。メアリーは血もおさまってきたこともあり、順番待ちで時間を無駄にするよりは教会の方へ行った方が早いと二人で相談して、教会の方へ向かった。

 教会まで辿りついたメアリーとカインは救護室の扉をくぐった。

 いつも以上に慌ただしい教会内で、メアリーはキョロキョロと見回した。広場よりは静かだったがやはり神官の数が少なく、その誰もが慌ただしく動いていた。そんな中、一人の神官が真っ赤に染まったハンカチで額を押さえているメアリーを見て駆け寄ってきた。


「すみません、治療は順番待ちになっておりまして、先に止血だけしておきますね」


 スッと光を纏ったそれは、文字通り止血だけで痛みが引くことはなかった。しかし、疲れた表情の神官にこれ以上望むことはやめメアリーは感謝を述べた。


「ありがとうございます。お忙しいようでしたら包帯を貸していただくことはできますか? このくらいなら自分で手当てできるので」

「お気を使わせてしまって……ありがとうございます。すぐに持ってきます」


 神官が小走りになって行ってしまった背を見送り、カインが小さく口を開いた。


「後でミア様にお願いしましょう」

「いえ、本当に大丈夫ですから。これくらいでミア様に気を遣わせるなんて、できません」

「貴女が包帯を巻いた姿で現れた方が気を遣うと思いますが」

「……そうですね、お優しい方ですから」

「少し、席を外します。また戻ってくるのでここで待機していてください」

「あ、はい」


 カインはそう言って振り返ることなく救護室を出て行った。

 メアリーは忙しそうに動き回る神官をぼんやりと目で追いながら、大量の布を持って部屋に入っていく神官に気付いた。すると今度は別の神官が汚れた布を抱えて同じ部屋から出てくるのを見た。

 

「お待たせしました、こちらで間に合いますかね?」

「はい、十分です。ところで、先から奥の部屋に出入りしている神官様が多いようですが、何かあったのですか?」


 余計な口出しをする権利なんてないのだが、メアリーはついでと言わんばかりに包帯を持ってきてくれた神官に問いかけた。すると神官はあからさまに困った顔をした。


「あちらは重傷患者が居る病室で、今は彼らのお世話に人手を割かなくてはいけなくて」

「ヨーコ様はお越しにはなられないのですか?」

「来てはくれるのですけど、一向に回復の兆しが見えず」

「もしかして、遠征の……?」


 メアリーが小さな声で呟いたのを聞き逃さなかった神官が驚いたように目を見開いた。


「ご存知だったんですね」

「私、王宮務めの侍女なんです。色々と大変だと聞いてます」

「ここだけの話、我々も困っていまして。毒のせいで動くこともままならず、全ての世話を我々がやらなくてはいけない状況なんです」

「彼らはずっとここに?」

「はい、少し前に医院へ移したいと王宮へ申し出たのですが、どうも騎士達が毒に侵されている事を外部へ漏らしたくない様子で」


 疲労困憊な神官はメアリーの隣に腰掛け、聞いてくれと言わんばかりにぺらぺらと現状を小さな声で喋り出す。

 本当に参っていたのだろうな、とメアリーは神官の言葉に耳を傾けた。


「近くあるヨーコ様の聖女就任式のために伏せられてる、と神官長が愚痴ってましたよ。ヨーコ様って聖女代理として頑張ってはいるんですけど、やっぱり歴代の聖女様より劣ると言いますか。あ、これは悪口ではなく神官長が言ってたんですけどね?」


 就任式とはきっと舞踏会の事だろう。それまではここで隠しておくということ?


「でも、代理ではなく聖女になったヨーコ様が解毒できないなんて知られる方がまずいのでは?」

「そうなんですよ、そこも王宮側と神殿側では意見の食い違いが起きてるみたいで。かたや神殿側は解毒も出来ない人間を聖女にするなんてもっての外。かたや王宮側は聖女にしてしまえば何があっても不測の事態で通せばいい、との一点張り。そのせいで神官長がピリピリしてて、下っ端の我々は肩身の狭い想いをしてるんです」

「大変そうですね。大神官様は何を?」

「大神官様は王宮に入り浸って神殿に顔を出すことも少なくなりましたから、余計に」

「大神官様はどうしてヨーコ様の傍に?」

「ああ、なんでも力の弱いヨーコ様を助けたいと大魔術師様と二人でサポートしているらしいです。けど、その二人のサポートがなければならない人間が聖女になろうとしていると、それもまた神官長と言い争いになってしまって。それからぱたりと神殿に来なくなりましたね」 

「そうですか」

「これからどうなるんでしょうね、この国は。大神官様も聖女様も神殿に入られないし、騎士団長のフォルカ様もお辞めになられたようですし」

「辞めた?!」

「ご存知ありませんでしたか? 殿下をお守りできなかった責任を取ったそうです。本来なら処刑になっていてもおかしくないのですが、聖女様が降臨されるまで国を守った功績を考慮して国外追放となったそうです」

「まさか、そんな事に……」

「遠征に随行する我々もフォルカ様が居ないとなるとやはり安心できないでしょう? せめてハズレの聖女様が……いや、とてもわがままでいらっしゃるからヨーコ様にもっと力をつけていただくしか」

「は、ハズレの聖女様ってわがままなんですか?」


 突然聞く聖女の話にメアリーは戸惑った。ハズレの聖女という噂は王宮でしかされてないと思っていたからだ。いつの間に神官達にまで広がったのか。

 聖女が二人というのは神殿と王宮の公然の秘密ではあるが、緘口令が敷かれているのにも関わらず、普段から表にも出ない離宮の聖女自身のそういう噂はどこから来るのか。


「こほん。私から聞いたとは絶対伏せてくださいね? 実は、ハズレの聖女は金遣いが荒く男遊びも酷い、と。なんでも殿下や大神官様にまで言い寄った不埒者だそうですよ」

「そんな酷いっ」

 

 酷いこと言わないで、と大きな声で叫びそうになったのをぐっと堪えた。

 最初の時よりずっと酷いありもしない噂が流れている。どうして。


「ですよね、ええ、私も貴女の気持ちはわかります。聖女様というのは清廉潔白ではなくては。最初は私もとても可憐な聖女様だと思ったんですよ? なにせ私は儀式の時に一度だけお顔を拝見しましたからね。ですが、やはり人は見かけによらないという言葉通りですねぇ」


 ふざけないで。言葉を交わしたことも無い部外者が聖女様の事を悪く言うなんて。美愛はそんな不埒な人間ではないと証明してやりたくてメアリーは拳を握り、我慢できないと視線を上げた。


「あのですね、聖女様はっ」

「おい、何をサボってるんだ!」

「きゃっ」

「は、はいぃ!」


 大きな声で割って入った声は、隣でサボっている神官を注意しに来た男の怒鳴り声だった。突然の大きな声にメアリーも悲鳴を上げたくらいだ、ぺらぺらと喋っていた神官は雷が落ちたように飛び跳ね立ち上がった。

 メアリーは自分は今、何を言おうとしたんだと我に返り、気を取り直すように頭を振った。


「神官様、包帯ありがとうございます」


 自分は今、うまく笑えてるだろうか。


「いえ、ではお大事に……今お話した内容は、どうか内密に」


 そういって神官は足早に去っていった。

 美愛の悪い噂を聞いても否定すら出来ない自分の無力さにやるせない気持ちが一気に押し寄せた。

 壁に掛けられている鏡に映った強張った顔の、不甲斐ない自分に溜息を零しながらメアリーは器用に傷口にガーゼを当て、それがズレないように包帯を巻いた。

 やはり頭に包帯があると気になるし、何より目立ってしまう。何とかしようと気休め程度に前髪で隠した。

 この姿をみたらきっと美愛は悲しそうな顔をするだろう。いっそのこと包帯を取ってカーゼだけにしようかな、と鏡の前でどうにか出来ないか思考錯誤していたメアリーの頭にポスンと何かが降ってきて視界が遮られた。

 その降ってきた何かを手で確かめ、押し上げれば視界の確保に成功する。鏡に映ったのは、後ろに立つカインと、頭の上には白い帽子。


「これは」

「隠せるかと思ったので」


 輪投げの目玉賞品と言っていたフレイベルの帽子だった。突然のことにメアリーは目を白黒させながらカインの方へ体を向けた。


「どうして」

「三回目で取れました」


 カインは、その手に抱えていたクマのぬいぐるみとネコのぬいぐるみもメアリーに渡した。

 メアリーの腕の中には三匹のぬいぐるみがぎゅっと詰まっていた。


「ミア様とクレアと三人、丁度いいですね」

「カイン様、ありがとうございます。お二人もきっと喜びます! 全部大切にしますね」


 先までの嫌な気分が一気に晴れ、言葉にできないこの感情をどう表現しようか。ただ嬉しそうにぬいぐるみと帽子の唾をきゅっと掴み自然と溢れる笑顔に、カインもにこりと微笑んだ。


「そろそろ行きましょうか。ニクス様がついてるとはいえ、色々心配です」

「そうですね……お金が無くなっていない事を女神様に祈りましょう」


 教会から出て視線を道へ移せば、前方から見知った二人がこちらへ歩いていることに気が付いた。


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