21 残されたかたち
広場には賑やかな笑顔と花の香りが溢れていた。
初めて参加するお祭りに、見るもの全てに反応してしまう美愛のテンションも上がっていた。
輪投げが終われば次は射的に釣り。小腹が空いたら飲食の屋台を見回り、あれやこれやと指を差す。ハンバーガーのような肉の入ったパンに噛り付き、祭りを楽しんだ。
クレアもカインも楽しんでくれたようで、美愛はホッとした。
フリーマーケットも一通り見終わり、美愛は花祭り限定の花のブローチを購入した。今回の記念にぴったりな商品だったので、メアリーとクレアにもお揃いで購入した。カインにも同じものをと思ったが結構です、と拒否されたので致し方なし。
昼過ぎには中央のステージでオペラのような劇を観覧した。
ストーリーは初代聖女様が魔王を倒し世界を救い大切な人と結ばれるというラブストーリー。どうやら毎年恒例の劇だそうだ。
魔王が誕生した世界は、魔王が解き放った魔物たちが日没と共に跋扈するような危険な世界だった。人々は夜に怯えて過ごすようになった。
眠れない日々に心の余裕もなくなり、荒んでいく人々。そんな心を現したかのように大地は魔物たちの瘴気により荒廃していく。
そんな崩れ行く世界を憂いた一人の騎士が立ち上がるところから物語が始まる。その騎士は若く、血筋もよく将来も有望。そんなカリスマの塊のような彼の元には多くの人間が集まり、魔王討伐軍が結成された。
いざ魔王討伐へ乗り出そうとした彼らの前に、一人の少女が虹色の光を纏い舞い降りた。
人々はその奇跡のような光景を目の当たりにし、魔王討伐のため女神が遣わした使いだと彼女を聖女と称し、崇めた。
そして、物語は聖女の視点へと移り変わる。聖女が齎す奇跡は瘴気を祓い、怪我を癒す慈愛の力。数々の奇跡を巻き起こし、騎士の傍らには必ず聖女が居た。
そんな騎士と聖女がお互いに心を寄せるのに時間はかからなかった。
聖女の献身に支えられた騎士と仲間たちは絶大な力を発揮した。数々の苦難を乗り越え魔王を追い詰めることができた。
しかし、魔王の罠により仲間たちは散り散りになってしまった。残されたのは聖女と騎士のたった二人。
ピンチの二人に愛の力が目覚め、騎士は聖女の加護を得て聖なる力を宿した聖騎士となり、ついに魔王を次元の彼方へ封印する魔法陣を発動させた。
しかし、魔王も黙って封印されるわけにはいかない。魔法陣から伸びる鎖に繋がれながらも最期の抵抗により聖女を襲う暗き刃。それを庇い深い傷を負う聖騎士。
今にも鎖を千切り這い出しそうな魔王を聖騎士は渾身の力で抑え込んだ。だが、魔法陣の鎖は魔王だけでなく聖騎士をも絡めとり、二人まとめて魔法陣へ縫い付けた。
魔法陣が発動する、時間がない。
叫ぶ聖女。
刹那、魔法陣が発動し眩い光に包まれ静まり返る世界。
彼女の伸ばした手は届かなかった。
そうして世界は平和となった。
たった一人、聖女の愛した聖騎士を犠牲にして。
勿論脚色もあるだろう。初代聖女の歴史では、彼女は王子と結婚したという事実があるし、劇でも最終的には王子と結ばれていた。
果たしてこれは聖女にとって幸せなラストなのだろうか。
誰かのために死を選ぶなんて、そこまで考えて一瞬だがロイドを思い出し、そういう恋の形もあるのだなと納得した。
隣ではぼろぼろ涙を流しているメアリーと目元を拭いながら鼻をすするクレア。そんな二人とは裏腹にカインはぼーっと表情一つ変えずに舞台を見ていた。
カーテンコールが終わり、幕が下がると観客たちの拍手が響き渡った。
「この劇は何度見ても本当に素晴らしいです」
メアリーが赤くした目をハンカチで押さえながら言った。
何度見てもそんなに泣いてしまうメアリーの純粋さが好きです。
「今年は本当に素晴らしい演技でした。聖騎士様もきっと聖女様を救えて本望だったでしょうね」
少し黄昏ているクレアは聖騎士に思いを馳せていた。
確かに騎士である彼女にとって聖騎士の生き様は素晴らしいのだろう。
「カインさんはどうでした?」
劇中も特に表情が変わらなかったカインはうーん、と首を傾げた。
「毎年思うのですが、どうして聖女は王子と結婚したんですかね」
「何言ってるんですか! 最愛の人を犠牲にしてしまった聖女様の心の傷を王子様が癒してさしあげたんですよ! きっと、二人は素晴らしい愛を育まれたに違いないです」
噛みつく勢いでカインに力説するメアリーに驚き、ただただ無言で頷いていた。
カインのために劇の話はここまでにして、そろそろ日が暮れる時間だと話題を変えた。
残すはオークションの開始を待つのみとなった。オークション会場に入るには仮面の着用が必須で、身分関係なく競り落とせるようにという主催側の配慮らしい。
「見て見て、この仮面凄い顔隠れる」
「こわ……ダメですそんな可愛くない」
真っ白でのっぺりした仮面をかぶりながらメアリーに見せると、怖いと言われすぐさま蝶があしらわれている可愛い仮面に付け替えられた。
その可愛い仮面を購入し、オークション会場へ向かおう、そんな時だった。
「クレア」
そう呼ばれたクレアが振り返ると、それにつられて全員が声の主へと視線をやった。瞬間、美愛とメアリーの肩がびくりと弾んだ。
そこにはあの日、クレアと喧嘩していた男の人にそっくりな人物が立っていたからだった。
クレアは無言のまま苦い顔している。やっぱり何かあるんだっていうかこれって修羅場じゃん。ハッとカインの方を向けば、彼は我関せずのスタンスを取っている。めっちゃ興味なさそう。
「ミア様、この人は私の兄で」
「オリバー・アネットと申します! 王宮で衛兵をしております」
お兄様ってことは……なーんだ、痴話喧嘩じゃなかったんだ!
今から壮絶な修羅場が始まるのかと身構えていたが、兄という言葉を聞いて一瞬にして力が抜けた。
というより、どうして近衛だと言わないんだろう。やっぱり守秘義務みたいなのがあるのか。きっと複雑な事情があるのだろう。他人の私が首を突っ込むわけにはいかない。
オリバーはよろしくお願いします、と握手を求める右手を差し出した。美愛は若干の人見知りを発揮し一歩下がると、カインが小さな声で「居るので大丈夫ですよ」と囁いた。何かあっても自分が居る、そう勇気づけてくれたのだろう。
「えっと、はじめまして、美愛といいます」
そっと握手を交わせば、オリバーはぱぁっと笑顔になった。
「ありがとうございます! お会いできて光栄です、聖女様!」
「なっ!」
こんな人混みでしてはならない発言をしたオリバーに信じられないとメアリーとカインは遮るように二人の間に入り、引きはがした。
途端に周りがざわつき始めた。え、聖女様? と皆、立ち止まり聖女である洋子名前を口々に出し、その姿を探す様に声の主であるオリバーに注目しだし、その中心にいる美愛は針の筵である。仮面付けててよかった。
「に、兄さんッ」
「あ、ちょ、す、すまんっ」
メアリーは一歩前に出て、美愛を視線から避けるように身振り手振りで注目を集めた。
「えーっ、せ、聖女様に会ったのですかー聖女様にお会いできたなんて羨ましいです! どこにいらっしゃったんですかッ?!」
メアリーが咄嗟に周りに説明するような口調で声を出し、オリバーも美愛もまたそれに乗った。
「そ、そう! さっき向こうの方ですれ違ったんだ! あああれはきっと聖女様に違いない」
「そ、そうなんだー、う、うらまやしー!」
噛みまくる美愛はとてもじゃないけど演技が下手である。
それが功を奏したのか立ち止まった人たちは、なんだすれ違っただけかと興味をなくす者、あっちってどっちだと探しに行く者、方々散り散りになっていった。
クレアとカインが頭を押さえながら、一団はその場からすぐさま移動し事なきを得た。
「申し訳ありません! 兄には私からきつく言っておきますのでッ」
クレアとオリバーが平身低頭で謝罪を繰り返している。
「まぁまぁ、メアリーの機転でなんとかなったから」
「ありがとうございます、聖むぐっ」
「兄さん!」
「すまない、あ、申し訳ありません、お嬢様」
クレアの兄はおっちょこちょいなのかな。
「それで、用があって声をかけてきたのではないのか?」
改めてカインがオリバーに突き刺すような視線を送った。
一瞬、緊張感に包まれたような反応をしたオリバーだが、平静を装うように首を振った。
「特に用事があったわけでは……折角の祭りだし久しぶりに一緒に回ろうかと」
「すみません、ミア様……兄も一緒に」
「駄目だ」
ぴしゃりと言い切るカインは、オリバーをじっと見ていた。見ていると言うより観察しているという方が近いかもしれない。
もしかして、カインはオリバーを警戒しているのだろうか。
「じゃ、じゃあ、クレアさんはお兄さんと一緒にお祭り回ってきていいよ。あとはオークション開始時間まで会場の中見て回るだけだったし」
「そうですね、折角のお祭りですし、どうぞ兄妹水入らずで行ってきてください」
美愛とメアリーはあの夜の事を思い出し、仲直りしたいのだろうと二人を快く見送ることにした。クレアは最後にカインへ視線をやれば、相変わらず我関せずのカインがこくりと頷いた。
「ミア様が許可するのであれば構わない」
「勿論許可します! どうぞ気にせず祭りを楽しんできて!」
すると複雑そうな表情の二人。
もしかして、喧嘩のせいで気まずい感じだったのだろうか、ぎこちなく「じゃあ、行こうか」というオリバーに無言で歩き出したクレア。
クレアさん、きっとまだ怒ってるんだろうな。頑張れ、お兄ちゃん。と、心の中でオリバーに合掌し、美愛達三人はオークション会場へ向かった。




