20 花に問う
「聖女様、おはようございます。昨日は急な休暇をいただき申し訳ありませんでした」
「おはようクレアさん、昨日は大丈夫だよ? 有給は労働者の権利だからね!」
「ゆうきゅうですか?」
不思議な言葉を聞いたようにクレアは首を傾げた。どうやらこの世界に有給は存在しないようだ。
クレアの事は気にはなるけれど、特別変わった様子もなく、本人が何も言ってこない以上、部外者である美愛とメアリーは首を突っ込むことはしなかった。
痴情の縺れなら当然の事、恋愛経験皆無の美愛には大人の恋愛事情にはついていけないのだ。
そんなこんなで、本日の正午より花祭りが開催される。
午前中は、女神様へ奉納する儀式のようなものが教会で執り行われ、それが終了すれば、たくさんの花たちが中央広場を埋め尽くし、出店が開店するそうだ。
勿論、儀式に出席する聖女は私ではなく、代理の洋子だ。
金の刺繍が施された白いローブを身に纏い、頭には金の花冠を飾り、両の手には女神に奉納する大輪の金の花束。
その後ろには大神官と神官長の二人が豊穣の証として、金の小麦とワインを携えて並んでいた。
本来ならば総本山である神殿で儀式は行われるはずだったが、やんごとなき事情のため、今年は支部である教会で行われた。
「やんごとなき事情ねぇ……」
表向きは王妃の体調不良となっていたが、まぁ、ロイドの事で洋子が王宮から離れることができないのだろう。遠征にも参加していないと聞いている。ただ、聖女代理から聖女へのし上がろうとしている洋子の手前、祭り自体を中止にするわけにもいかないといった感じである。
遠くの一般観覧で儀式の様子を見ていたが、女神と呼ばれる荘厳なその立像は、花を奉納され心なしか淡く光を帯びているように感じた。
「女神像初めて見たかも」
「あれはアーティファクトの一種です」
カインの口からぽろりとファンタジー要素が顔を出した。
よく聞くその単語。
おそらく大体の人が何となく理解しているだろうけれども、念のために説明を聞いておかないと齟齬が発生する可能性もある。後々困ることになると美愛は当然のように首を傾げた。
「アーティファクトって?」
「古代の魔道具です。教会各地にある女神像は、神殿のご神体である女神像と神聖力で繋がっていて、街の結界を維持してくれています」
カインが丁寧に説明をしてくれた。神殿とはあの魔法陣があったところだろうか。確か、あれから王都へ移動した記憶があるが、足早に馬車に乗せられ、そのまま中で気を失うように寝てしまい、起きたら離宮の前についていたので神殿についてはあまり覚えてない。
でも、女神像から放たれている淡い光が、あの場所の独特の雰囲気というか漂う気配のようなものにとても似ている。繋がっているというのは本当なのだろう。
「ご神体の力を貰ってるから淡く光ってるんだね」
「……きっとそれを目視できるのはミア様が特別だからです」
「我々にはただの石像にしか見えません」
メアリーとクレアがこっそりと教えてくれた。私にしか見えないもの。あの光が結界の源なのだろう。
「折角ですので、ミア様も花を奉納しにいきませんか? 儀式の後は一般開放しているので誰でも花を奉納できますよ」
クレアの提案に美愛は頷いた。一応これでもまだ聖女の身分である。儀式には参加しておきたい。そして、挨拶ついでにちょっとだけ現在の境遇について女神様に文句の一つでも言ってやろう。それから三十分程、一般列にもみくちゃにされながらも美愛はやっとのことで女神像の前に辿り着いた。
「こちらを」
係の者が手渡した花にお馴染みの音が頭の中で鳴る。
■セレフィラ
・淡いブルーの花
・あなたを許す、という意味を持つ
なんだが女神様に奉納するには相応しくない意味の花で、この世界ではそういうのは考慮しないのだろうか。
手渡された可愛い淡いブルーの花は、風に仰がれ花びらを揺らしている。
花台には三人が前に立てる。運よく女神像の中央に立てた美愛は手元にあるたった一本を、たくさんの花の上にそっと置いてやると一瞬にして風景に溶け込んでいった。
女神様、どうして私をこの世界に呼んだのですか。
どうして洋子さんも呼んだのですか。
どちらか一人だけで良かったんじゃないですか。
私に何を求めてるのですか。
私はどうしたらいいですか。
私は……私はここで幸せになれますか。
文句というより何故、と質問に近い言葉を動かぬ女神像へと投げかけた。女神像は淡く光り続けるだけで答えるはずもなく、肩を竦めながら「間違って呼んだとかなら絶対許しませんからね」と心の中で付け加えた。
「ちょっと貴女、いつまでそこに居るつもり? 邪魔よ、どきなさい」
「あ、すみません」
一人で中央を独占してしまって申し訳ない事をしてしまった。美愛は悪態をついてきた派手で奇抜なドレスを着た同年代の少女にペコリと会釈してその場から離れた。
さて、これからが本番である。
「祭りだー!」
賑やかな中央広場にはたくさんの屋台が立ち並び、所狭しと花が溢れている。
「メアリー、輪投げだよ! ねぇねぇ、景品にあるあの白い帽子、メアリーに似合いそう!」
「本当ですか? うーん、でも輪投げは無理ですよ」
複数の景品の中、一際目立つアイボリーの帽子には、リボンの部分に綺麗な花が飾られ、色合いも相俟ってメアリーの髪色にぴったりだと思った。
「あら、可愛らしいお嬢さん、お目が高いわねぇ! あの帽子はなんと王室御用達フレイベルからの提供品、今日の目玉賞品よ!」
「是非やりましょう!」
フレイベルの名前を聞いた途端、無理だと言っていたメアリーが輪を持っていた。
ルールはシンプル。目標の棒は3×3の9本、輪は9個。合計得点で景品が決まる。ただ、あの帽子はパーフェクト賞とだけあって9本全部に輪を入れなくてはいけない。
メアリーは4つ外してしまい、パーフェクトならず。
「残念だったね、これがお嬢さんの景品だよ」
花の冠を被ったウサギのぬいぐるみだ。ウサギのぬいぐるみを持つメアリーもめちゃくちゃ可愛い。本人はとても落ち込んでいるが。
「ありがとうございます」
「はいはい! 私も!」
メアリーの為にがんばるぞ、と意気込んだものの、結果は惨敗だったのは言うまでもない。
「はい、これ参加賞ね」
「ぐぬぬ」
渡されたのは一本のピンクの造花だった。
世知辛い。




