19 おもいおもい
食事はそんなに豪華じゃなくていい。
そう注文を付けてから一般家庭で出される量になったが、メニュー自体は以前と同様で豪華ではある。だが、それにも理由がある。もうちょっと質素でと言えばメアリーが私たち侍女や護衛は聖女様より豪華な食事を摂ることができないので……と悲壮感漂う表情で訴えてきたので、皆にも美味しいものを食べて欲しいから多少豪華な料理には目を瞑ることにした。
いつものように食事を終えティータイムを楽しんでいるとメアリーが思い出したように口を開いた。
「そういえば、明後日には花祭りが開催されますね」
「花祭り?」
毎年この時期に行われる花祭りとは、主食である小麦の収穫を終えた時期に豊作の感謝を表し、金色の花を女神様へと捧げるお祭りだそうだ。
年々規模も大きくなり、多種多様な催し物が有志により開催される。今年の目玉はオークションだそうで、貴族も市民も身分関係なく参加可能な催しとなっている。
「行きたーい!」
「そう仰ると思っていたので、もうすでにクレアさんとカインさんの許可を貰ってます」
「ありがとう、メアリー! 大好き!」
満面の笑みを浮かべる美愛に、メアリーの顔が一瞬陰りを見せた。そして、意を決したかのように突然頭を下げた。
「今まで申し訳ありませんでした!」
土下座する勢いの突然の謝罪に美愛は目を白黒させた。
「へ? な、なんの話?」
「聖女様の事をハズレの聖女だとか、失礼な態度をとっていたことも全部、謝罪させてください」
「いや、でもあれは何もしなかった私も悪いし、自分の上司が無能だと、ああなっちゃう気持ちも心底分かるから」
かつて日本での職場に居た、歴が長いだけのおっさんたちの顔が浮かんだ。私もアレと同じだったと思うと、メアリーに同情してしまう。
「いいえ! 聖女様に対してとても不誠実で侍女にあるまじき行為でした、どんな罰でも甘んじて受けます! 聖女様が嫌だと仰るなら侍女から外していただいても構いません! でも、可能ならば聖女様の、ミア様の御傍で誠心誠意お仕えさせてくださいッ」
今にも泣きそうになりながら訴えるメアリー。メアリーに対して怒りという気持ちはこれっぽっちもない。
確かに最初はぷりぷり怒ってばかりのメアリーだったけど、今は違う。そうやって自ら態度を改め、行動で示してくれた人に対して、追い打ちをかけるなどできない。ただ、美愛の立場はひどく不安定で、安心させれる要素がほぼない。
「ありがとう、メアリー。もう侍女はメアリー以外考えられないよ。でも、舞踏会が終わったら私も聖女じゃなくなってるかもしれないし、どうなるかわからない。それでもいいなら、よろしくお願いします」
「例えミア様が聖女じゃなくなってもずっとお仕えします!」
そこには初期メアリーの面影はなく、真面目な顔に美愛は嬉しくなった。メアリーが自分を認めてくれた事実がとても嬉しい。
じーんと目頭が熱くなるのを感じた。怪我や病気は治せるけど、傷付いた心は癒せない。自分の心はずっと傷付いていたのかもしれない。メアリーの言葉で救われた気がする。
メアリーのお陰でふっきれたという表現が近いのかもしれない。
ロイドの事も、洋子の事も、今なら自分がどうしたいのかはっきりと分かる。
洋子に聖女としての名誉が与えられる日がきっとラストチャンスだ。
メアリーの期待に恥じないような聖女、いや、人間になるために暴言を吐かれようとも私のやりたいようにやる。それだけだ。
部屋に戻る際、何の気なしに窓の外へ視線をやれば、薄暗い空の下で見知った顔の女性がいた。しかも相手は男性だ。その瞬間、二人同時だった。咄嗟に窓から隠れるように身を隠し、そっと外を伺った。
「あれって、クレアさんだよね?」
「はい、一緒にいる殿方は誰でしょうか?」
何やら口喧嘩をしているような様子ではあるが、ここからでは相手の顔も見えないし、何を言ってるかも聞こえない。クレアと痴話喧嘩をしているのは一体誰なんだ。
そっと聞き耳を立てるかどうか迷うところである。ちょっとだけ、そう誘惑に負け二人の会話に意識を集中した。
「だから言ったでしょう、近衛なんてすぐにやめてって!」
「俺に無職になれって言うのかよ?!」
「ええ、近衛になるくらいなら無職の方がましよ」
「俺の立場くらい分かってくれよ!」
「だったら私の立場はどうなるのよ! そんな、裏切るような真似」
「それは……悪かったよ」
「そんなことしたらもう……護衛の任務だって……」
「か、帰ろう! 故郷に帰って仕事を探す、二人で! あ、もちろん家業を継いだっていい!」
「ふざけないでよ」
「ふざけてねぇよ! それが一番だろ? のんびり昔みたいに田舎で……俺だって努力したんだよ! 酒だってやめた、誠実に生きていこうって」
「やめてってばッ!」
クレアさん?!?
何があったの貴女に。え、辞めるとか全然嫌だよ、護衛は二人じゃないと。
「どうしよう、メアリー」
「全然聞こえませんね、何を話してるんでしょうか?」
「クレアさんが故郷に帰っちゃうかも……」
「ええっ?!」
わかんないけど。と付け足してこれ以上二人の会話を聞くことはできない。メアリーにはクレア達の会話を掻い摘んで説明し、それを二人だけの秘密にして早々にその場から立ち去った。
枕に頭を預けてからどれくらいたっただろうか。
気になりすぎて眠れない。
「っていうか、裏切るような真似ってなんですかーッ!?」
枕に顔を埋めて外へ漏れないように腹の底から叫んだ。
誰を裏切ったの?
あの男の人は誰?
実はクレアさんには恋人が居て、あの人は……う、浮気相手?!
じゃあ裏切るってもしかしてやっぱりそういう痴情の縺れってやつ?
そんな……あの真面目なクレアさんに限ってそんなことあるわけ。
そういえば、護衛の任務だって、って言ってた。まさかまさか、クレアさんの恋人ってカインさん?!
考えれば考える程、訳が分からなくて頭を抱えた。
次の日、メアリーと二人、目の下にクマができたのは言うまでもない。
勿論、クレアは家庭の事情で欠勤の連絡があり、頭を抱える二人を見たカインが不思議そうな顔をした。
「お二人とも明日の花祭りが楽しみすぎて眠れませんでしたか?」
「ははは」
首を傾げ、二人を心配しているカインに乾いた笑いしか起きなかった。




