ユリウスの失意
ユリウスは、ディレット公爵家の次男に生まれ、ロイドが幼い頃より兄弟のように過ごしてきた。
公爵家を継ぐことが出来ないユリウスは、このままロイドの側近としての道を歩むと思っていた矢先の事だった。成人を目前に控えたユリウスに神聖力が発現したのだ。
神官になるためには身分も姓も捨てなくてはならない。だから父、ロベルトは隠し通せとユリウスに迫ったが、ユリウスはそれを頑なに拒否した。
ロベルトという人間は自分の子供を政治の道具としてしかみておらず、ユリウスは長男にもしものことがあればすぐに挿げ替えれるようにと教育を施され、王子であるロイドの側近として王宮へ送り込んだ、ただのスペア。
選択肢のなかったユリウスに突然与えられた力は、彼の人生を変える手段となり、猛反発してくる父親を振り切り、ロイドの力を借りつつ決意を固め神殿へ入った。
だから神官になり政治から切り離された場所に居ろうとも、ユリウスはロイドを信頼しているし、ロイドはユリウスを尊重する。
洋子がこの世界に来たとき、すぐに神殿へ連れ帰る予定だったが、神官長が聖女ではないためしばらく保留にしたいと言い、その間はロイド達王宮側が二人の世話をすると申し出てくれた。
代理として働くと申し出てくれたが力の弱い洋子に、誰も期待などしていなかった。
しかし、蓋を開ければ彼女の献身や鋭い観察眼、なによりも自分たちには思いつかないようなアイディアを多く広め、我々を驚かせた。
いつしか神殿へ連れ帰れるように働きかけても王宮は首を縦にはふらず、神官長も難しい顔をした。それでも諦めきれず、洋子の医院慰安や孤児院訪問にも付き従うようになった。
その合間にふらりと立ち寄った市場で、彼女によく似合うブレスレットを見つけた。それとなく洋子を誘導すれば「わぁ、このブレスレット可愛い」と、笑顔の彼女にいつも頑張ているご褒美として、なんて言い訳っぽくなったが、プレゼントすることができた。
二つセットになったそのブレスレットは恋人同士でつけるのが最近の流行らしく、洋子は笑顔で片方を渡してきた。
「これは二人だけの秘密ね」
いたずらっぽく笑う彼女の笑顔にどうしようもないくらい胸がざわめいた。
もっと彼女を深く知りたくて、更には聖女になるのは彼女しかいないと、大神官という立場を使ってロイドに洋子を神殿へ連れ帰り聖域に入ると申し出た。勿論ロイドならば許諾してくれるだろうと思っていた。が、期待とは裏腹にロイドは途端に顔色を変え拒否してきた。
それらしい理由は色々並べられたがはっきりと分かったことがあった。ロイドが彼女に好意を寄せてることに。そして、驚いたのはそのことではなく、ロイドの想いを知り、あろうことかその事実に嫉妬している自分が居たことに驚きを隠せなかった。
その時にようやくあの胸のざわつきの正体を知ることになった。
女神の下僕たる神官の色濃い沙汰などご法度ではあるが、初めての恋という現象にユリウスは深く思い悩むことになった。
どうやってロイドに諦めてもらうか、そんなことばかり考えては自暴自棄になった。
ロイドには婚約者候補が数名居る。
ロイドも二十歳過ぎた今でもまだ婚約が確定しないことに候補者たちの不満が募っているという。候補達も適齢期ギリギリな年齢で、ダメなら次に早く踏み出さないといけない時期だった。
卑怯にも洋子と一緒に居るタイミングで、ロイドに婚約者は決まったのかと尋ねてみれば、少し不機嫌そうではあったが、既に婚約者候補たちとの縁は白紙に戻したと洋子の目を見ながら宣言していた。ああ、ロイドは本気なのだと。
実際、洋子もロイドとはいい雰囲気だと専らの噂。誰がみても相思相愛で、次の舞踏会では正式な聖女として披露するだけでなく、ロイドとの婚約発表もあるだろう。
もしこの想いが外にバレてしまえばきっとロイドは自分から洋子を遠ざけるようにするだろう。ユリウスはロイドのためにではなく、どんな形であれ、彼女の傍に居たいという一心で恋心を胸に仕舞い込んだ。
彼女への想いは永遠である。そうブレスレットに誓いながら。
果たして、女神は誰に微笑んだのか、今ではよくわからない。
美愛が出て行った扉を、取り残されたユリウスは信じられないというような目で見ていた。
聖女とは比類なき大きな慈悲を持ち、たとえ他者に傷付けられようとも、あまねく人々に慈愛深くその存在を証明しなくてはならない。
それなのに美愛は慈愛どころか慈悲すら与えず、洋子とは全く違う生き物のように感じてしまう。なぜ女神は洋子を聖女になさらなかったのかとユリウスは拳を握った。
だが、今はそれどころではない。余命宣告までされたのだ、頭を下げてでも治療をうけるべきだった。これ以上洋子に辛い思いをさせてくれるなと息も絶え絶えなロイドを睨んだ。
「何をお考えなのですか、殿下! ヨーコ様の治療でも毒の進行を遅らせるだけです、ヨーコ様の事を思うのであれば、苦汁を呑んででも彼女に治療をお願いすべきでした」
「ヨーコでも治せない程の毒だ。あんな女に治せるはずもないだろう」
「確かに、そうではありますが……試すだけでも」
「あと6日あるのなら十分だ。5日後に舞踏会がある、そこでヨーコが聖女と認められればそれでいい。その後、私が死のうが関係ない。ヨーコはこの国の聖女となる。彼女の努力が報われるのだ」
「だからといってご自分を犠牲にする必要など」
「今、母上がアーティファクトを準備してくださっている。少しの時間だけならばあれで体を動かすことは可能だ。ヨーコをエスコートするのが私の王族としての最期の務めだ」
「ヨーコ様が悲しみます」
「私が死んだ後、ヨーコを神殿へ連れて行ってくれ」
「殿下……」
「ユリウス、こんな夜更けで悪いがヨーコを呼んでくれ、治癒を頼みたい」
「わかりました。すぐに呼んでまいります」
ロイドは本気で洋子を聖女にするつもりなのだ。そんなロイドの気持ちにユリウスは非情な運命を呪った。
洋子がもう少し聖女の力を使うことができればロイドは助かっただろうか。
洋子の部屋の前に立ち、首を振り雑念を捨て深呼吸一つ。
洋子の部屋には幾度も尋ねたことがあるが中に入った事がなく、改めて扉の前に立つと緊張してしまう。しかも時間も時間である。寝ている洋子を起こしてしまうのは心苦しいが、ロイドの命令である以上、起こすために中に入らなくてはならない。
ユリウスは扉を叩き、返事を待たずに扉を開けた。
瞬間、むせ返るようなにおい。なんだ? とその正体を突き止める時間は必要なかった。
ベッドの上、男女が裸で居る事態に何もなかったなどと思えるはずもなく。
「これはどういうことか」
語気を強めた言葉がぽろりと出てしまった。
裸のままフォルカがベッドから起き上がり、散らばった服を取り袖を通している。その一連の動作に理解が及ばないのか洋子はあたふたしながら、これは違うの、と首を振って否定していた。
黙ったままフォルカが身支度を済ませると、何事もなかったかのようにユリウスの隣を通り抜けようとした。
このまま返すわけにはいかない。
「ロイド殿下を裏切ったのか」
「……勘違いはおやめください大神官様、ヨーコ様は思い出をくださったんだ」
「……っ」
ただそれだけを告げ、フォルカは部屋から出て行った。
残されたのはシーツで体を隠し涙を瞳にためながら「違うの、ロイドには言わないで」と訴える洋子だけ。
ユリウスの中の何かが一瞬にして崩れ去った。何を信じればいい? ロイドはこの人の為に命まで投げ出そうとしているのに?
「殿下が治療をお望みです。すぐに準備してください」
冷たく言い放つ言葉に自分でも嫌気がさした。
あんなにまで恋焦がれた女性が、目の前であられもない姿でいるというのに、もう怒りしか湧き上がらなかった。
言い訳をする洋子を突き放す様に部屋を出て扉を閉めた。




