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聖女なんか知らない  作者: 鷹取ヒオ


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17 真贋の意志


 酷い傷だった。

 カウントダウンも迫っている以上、放っておくことはできない。美愛は傷口に手を被せるように前に出したが「触るな」という声と共に、力弱く震える手で払い除けられた。


「ヨーコ以外の治療は受けない」


 最初から起きていたのか、起こしてしまったのか、ロイドが目を開けてこちらを睨みつけていた。

 そんな死にそうな顔で睨まれても怖くない。無視して再び手を翳せば動けない体を無理矢理起こし、今度は力いっぱい腕を跳ねのけられた。何するんだと大声を出しそうになったが、グッと堪えた。


「……だめだ、お前を聖女だと認めるわけにはいかない。ヨーコが聖女になるんだ。あんなにもひた向きに努力して、誰よりも頑張ってるヨーコが報われないなんて、間違ってる。ヨーコが聖女になるためなら私はなんだってする」

「だったら治療を受けなさいよ! 死んだら意味ないでしょう?!」

「黙れッ、偽物が私に触れるな! 仕事も拒否し、好き勝手に税金で豪遊し、男と遊び歩いているようなお前の治療なんて必要ない! 私の前から消えろっ」


 はっきりとした拒絶。

 ああ、こんなことならカインやクレアの言う通り、大人しくしておけばよかった。

 冷めた目でロイドを見る美愛は、ふぅと小さく息を吐いた。


「だったら、どうして私をこの世界に召喚したのよ……勝手に連れてきて必要がなくなれば消えろ? ふざけないでよ。人の人生なんだと思ってるの? 私も洋子さんも日本で幸せに暮らしていたかもしれないのに」

「……だから不自由ないように尽くしているだろ」

「あんたが尽くしてるのは洋子さんにだけでしょ」


 ビンタの一つでもくれてやりたいのは山々だったが、相手は瀕死の病人。できるわない。踵を返し、ベッドに背を向けた。それに驚いたようにユリウスが美愛の前に立ち塞がった。


「お待ちください聖女様っ、見捨てるのですか?」


 見捨てるも何も、そうさせてるのは当人なのだから美愛を責めても意味がない。先ほどまでの涼やかな表情が一変して焦りに変わっていた。


「私はただ助けられるのであれば助けたい。そう思ってここまで来ただけです。でもそれを本人が望まないのなら私は何もするつもりはありません」

「そんな……、貴女は聖女としての自覚はないのですか」

「貴方達の言う聖女って何? 都合のいい時だけ私を聖女扱いしないでよ。そもそもあの人からしてみれば私は偽物らしいので、偽物の私が治療するなんておかしな話ですよね?」


 あれは毒で意識がはっきりしておらず決して殿下の本心ではない、そう苦しい言い訳をするユリウスの隣を通りぬけ、扉に手をかけた。


「……最後の親切心で忠告しておきます、あの人に残された時間はあと6日です」


 ユリウスにそれだけを言い残して部屋を出た。

 あと6日、毎日治療をするのであれば、きっと洋子の治癒のレベルもあがるだろう。だからきっと大丈夫、大丈夫だと言い聞かせるように部屋を出て逃げるように隠し通路の扉をくぐった。

 薄暗い通路を数歩進んだ先で何が起こったのか冷静に考えてみると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。

 何、何なの、あそこまで毛嫌いされるようなこと私した? 仕事も拒否して好き勝手に税金使って挙句の果てに男と遊び歩いている??

 そんなのしたことないけど?! 維持費という名目でお金を貰ってはいるが、自分で使えるお金なんてないし、豪遊なんてもっての外。私的に使ったのはこの間の串焼きくらいだ。

 そこまで考えてやっと自分の置かれている状況を理解した。つまり、彼らは仕事もせず毎日遊び暮らしている私をごく潰しだと言っているのだ。

 確かにそれはそうだ。ここへ来てから何もしてない。というかさせてもらえない。それに、男と遊び歩いているっていうのはつまり、ニクスさんと食事に行ったことだろうか? いや、あれはマナーを学ぶためのもので……うん、後学のための食事だったと思いたい。

 いや、だからって、あそこまで頭ごなしに言われる筋合いはないよね?

 ……なんて、こんなことばっか考えてるから聖女失格だって言われても仕方ないよね。

 言われ放題で悔しくて、じわりと涙が溢れて止まらない。

 洋子さんと比べられて、勝手に落ち込んで、それでも世界中全ての人を救いたいなんて聖女っぽい考えがある訳でもない。見えてる範囲、届く範囲。それだけ。

 自分を拒否する人間を無理矢理治療する程、人間が出来ているわけでもない。誰にでも平等に、なんて土台無理な話。少なくとも、ロイドに対する心象は地の底程落ちているのだから。

 悔しくて溢れる涙にたまらず通路の隅っこで崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。ぐっと膝を抱え縮こまる美愛は声を押し殺した。

 

「聖女様」


 聞き覚えのある声にハッと顔を上げた。そこには紫紺のローブを身に纏い、フードを目深に被った男が立っていた。情報なんて見なくても声だけで分かる。


「……フィロ?」

「うん、迎えに来たよ」


 美愛の前で背を向けしゃがんだフィロの背中に少し躊躇いながらも、しがみついた。

 おんぶされ、ゆっくりと歩き出すフィロの背中は温かい。


「私ね、ちょっとは聖女らしいことをしようと思ったんだよ」

「うん」

「今行かないと後悔するって思って」

「うん」

「でもね、私じゃダメみたい。洋子さんみたいになりたいって思ったけど、偽物だって言われちゃった」

「……うん」

「行っても行かなくても結局後悔するなら、やっぱり行かなきゃよかったって思っちゃった」

「うん」

「こんなこと考えるような聖女なんて、この世界に必要ないよね?」

「必要に決まってる……聖女様がいなかったら俺は死んでた」

「そっか、ありがと」


 フィロは絶対否定なんてしない。分かっていた。ただ、少しでも自分を必要としてくれる人の言葉が欲しかっただけだ。

 ずるくてごめんね、と心の中で謝罪し、緊張の糸が切れたのか、その会話を最後に美愛は瞼を閉じた。


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