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16 悲しくなったから


 あの日から数日が経ったが、王宮からの要請は未だに来ない。

 ロイドはどうなったのか、メアリーにこっそり偵察を頼んではいるが、頻繁に王宮に行くわけにはいかないのであまり情報に変化はなかった。ただ、日に日に弱っているという事くらいしか分からない。このままでは本当にロイドは国に殺されてしまうのではないだろうか。

 クレアとカインは本来の護衛ではなく、私の監視となり、一挙手一投足に反応してくる。今日も、二人の視線を浴びながら、ゆっくりと日が沈むのを部屋でぼんやり眺めるだけで一日が終わった。

 ベッドに潜り込み、部屋に居るのは明かりを消し、窓の戸締りを確認して回っているメアリーだけ。


「どうして王宮は私に要請しないんだろう……洋子さんでも治せないから私にも無理だってなったのかな?」

「ヨーコ様も毎日のように治療しているそうですが解毒は難しく……ロイド殿下には弟妹が複数いらっしゃいますので」


 メアリーが言葉を濁したが、王家の血を引くのは何もロイドだけではない。ロイドの代わりはいくらでもいる。間接的にそう言われているようで、悲しい現実に小さくお休みと言葉が零れ、美愛は目を閉じた。

 メアリーも居なくなった部屋で一人、眠れずに寝返りを打つだけの時間。

 何かできることはないだろうか。考えることはそれだけ。きっと私が行くと言えば誰も止めることなんてできないだろう。でも、そういう事に権力は使いたくない。


「こっそり行けたらいいのに」


 ぼそりと呟いた言葉に反応するようにポンと見覚えのある画面がポップアップした。


■主賓室

▽隠し通路有


「お?」


 突然の事に声が出てしまった。慌てて口元を抑えてドアの方を確認したが、護衛が来る気配はなかった。

 画面の三角マークに指を触れさせれば、下にマップが表示された。

 もう、これは行ってもいいということでしょう。

 美愛はベッドからゆっくりと音を立てずに起き上がり、着慣れた制服へと手をかけた。久しぶりに着る制服はなんだかスカートの丈が気になってしまう。こんなに短かったっけ、と丈の長いスカートに慣れてしまった美愛は少し恥ずかしくなった。

 何かあったとき用にカモフラージュとしてベッド近くの窓を開け、再度マップの指し示す書斎の暖炉の隣、その壁際に近寄り、ペタペタと壁を触ってみるが何もなく、それっぽい場所を押したりしてみるが、何もない。もしかして暖炉か? と、目を凝らしてもわからない。

 諦めようとしたとき、ウィンドウに『暖炉のレリーフ』という新たな表示が現れた。半信半疑になりながらも、教えられるまま飾りだと思っていたリースのような輪のレリーフに触れた。ドアノブのように掴んで回せば、暖炉の隣にあった小さな棚が静かに動き開いて、空間が現れた。


「なにこれファンタジーじゃん」


 小さく感嘆の声をあげ、恐る恐る中に入った。再び扉である棚が静かに動き閉じられ、その瞬間に小さな明かりが灯り、足元を照らした。

 階段を降り、長く埃っぽい通路を歩けば分かれ道に辿り着いた。左へ行くか、そのまま真っ直ぐ行くか。ウィンドウのマップ情報は真っ直ぐ行った先より、左へ行った先の情報を多く映していた。ここは左かと、美愛は少し迷ったがマップを信じて進むことにした。

 それからどれくらい歩いたか。この道で合ってるのか不安に陥りながらも、戻ることは考えず、前に進んだ。進んだ先にやっと階段が現れた。その先には小さなドア。


「どうしよう、向こう側に人が居たら……」


 こんな隠し通路から出てくる人間が怪しくないわけがない。誰も居ませんように。祈りながらドアをゆっくりと押した。

 鈍い音を立てながら開いたドアの先は物置部屋だった。頻繁に出入りがある訳ではないのか、無造作に置かれた骨董品のような花瓶や彫像たちは埃避けの布すらなく案の定埃まみれで、壁に掛けてある一番大きな人物画は心なしか寂しそうだ。

 部屋からひょっこりと顔を出し辺りを確認すれば、静まり返った薄暗い廊下が続いていた。さて、ここからどうしたものか。

 一旦、再び物置部屋に身を潜め、マップを操作しても広すぎてどこがロイドの寝室かもわからない。

 でも、ここで立ち止まっていても仕方ない。ロイドの現状を思えば今動かなくてはもうチャンスは来ない。解毒ができるのかも分からない。何も出来ないかもしれない。でも、あのまま部屋に閉じ籠って何もしないままロイドの訃報を聞くようなことになれば、きっと私は後悔する。

 美愛は自分を奮い立たせた。離宮の主賓室と同じような場所を見つければいいだけだ。そう前向きに考え、物置部屋から一歩踏み出した。


「このような場所で何をしているのですか?」


 一歩踏み出した先、静まり返った廊下に響いたのは凛とした声。そこには白と青のローブのような服を身に纏った、金髪ロングの美丈夫が居た。

 非常にまずい。

 

「えぇっと、決して怪しいものではなく」

「……」

「ちょっと、道に迷ってしまって……」

「……」

「あ、じゃあ、私は急いでますので~」

「待ちなさい」

「ひゃいっ」

 

 無言の男性から逃れるように踵を返せば冷たい声が静止を促し、その声にビクつきながら美愛は立ち止まった。


「あのぉ、何か問題でも」


 問題しかないのだが、美愛はなんとかこの場から逃げだすことだけに考えを巡らせていた。だから、気付かなかった、この先の複数の足音に。


「こちらへ」


 問答無用に背を向け歩き出す男性の情報がポップアップされた。致し方なし。


■ユリウス(30歳)

・神聖術 Lv.68

・神殿所属大神官


 細目で確認すれば彼は神官で、しかも、大が付いている。よし、大が付くほど位の高い神官様が、か弱い女子を兵に差し出すわけない。なんの保障もないのだが、勝手な思い込みにより、不安が若干の安心感にかわった。

 みんなに黙ってやっとの思いでここまで来たのだ、今更捕まるわけにはいかないと、あっという間に廊下を曲がり姿を消した大神官の後を追いかけた。

 二階の突き当り、右に曲がれば一際大きな扉があった。金の装飾が月明かりに照らされ鈍く光っている。

 ユリウスが無言で扉を開ければ、美愛の目に映ったのは禍々しいほどの黒い靄が部屋中に立ち込めていた。

 それは入るのも躊躇ってしまう程の嫌な臭いに顔を顰めた。


「私には薄い靄としか認識できませんが、貴女にとっては酷い有様なのでしょう」


 ユリウスは美愛に手を差し出した。なんの疑いもなくその手を取った美愛を導くように部屋へ入り、ロイドが眠るベッド際まで案内をした。

 ユリウスはこれから何が起きるかわかっているかのように美愛の手を離すと一歩後ろへ下がった。

 苦しそうに目を閉じているロイドの掛け布団を捲れば、靄が一段と濃くなった。そこには引っかかれたような傷跡が青黒く膿んでおり、そこから靄が溢れている。洋子のお陰なのだろう、かろうじで命を取り留めている状態だった。

 そして、ロイドの情報がポップアップされた。見たことのある情報とともに追加されたのはナダルの時と同じ、死へのカウントダウン。


 死亡まであと6日と18時間24分。



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