14 真昼の密会
今まさに国のトップが悪巧みの相談をこの部屋でしていた。
この国の王ヴェリトールと、彼が即位したと同時に任命された宰相、オルワック・ダヴァニス。
そして、そのヴェリトールが王足りえるためのブレーン、ロベルト・ディレット公爵。
そんな彼らが居る部屋の扉の前に見張りとして黙って立つだけの近衛兵副隊長、オリバー・アネットの姿があった。
オリバーは何故自分はここに居るのだろう、部屋から零れる彼らの声を聴かないふりをして、ぼんやり廊下の窓の外を眺めていた。
「何? 聖女が離宮の客間から主賓室に部屋を移動しただと?」
「おそらくアルベール侯爵家の仕業かと」
ヴェリトールの震える声にオルワックが眼鏡を持ち上げた。
「……セレフィラめ、まだあの男を忘れられんか。絶対に聖女とニクスを会わせるな」
ヴェリトールは持っていたゴブレットを床に叩きつけた。
「ご安心を、陛下。ラウダ公爵にはすでに刺客を送りました」
「何? あれにはまだ利用価値がある、殺すなとあれほど」
「問題ありません、少し脅すだけですよ。自分の身に危険が迫っていると分かればあの足で外出は控えるでしょう。それにもう一つの件もそろそろ片付く」
「……派手な真似は止せ。余計な勘繰りをされて困るのはロベルト、お前だぞ」
「重々承知の上ですよ。舞踏会まで大人しくして貰うだけですよ。ヨーコの聖女任命が済めばこちらのものだ。あの女を御するのは容易い」
ロベルトが意味ありげに部屋に飾られた絵画を見た。
そこに描かれたのは、ヴェリトールとセレフィラ、そして、ロイドの三人。
「ヨーコは今遠征で王都に居ない。それなのにもし万が一、ニクスが怪我をする事態にでもなれば離宮の聖女をニクスに差し出さなくてはならなくなるんだぞ」
兄を見殺しにした非道な王などと、そんな醜聞、輝かしい自分の経歴にあってはならない。
「ですが陛下、力が弱いとはいえ、聖女の力を行使できるヨーコ様ですら治療ができなかったと聞きます。あまり深く考える必要はないのでは?」
「オルワック、ヨーコの力はこの国の結界を一週間維持できるかどうかくらい不安定だと報告があがっているが? 歴代の聖女に比べると天と地ほどの差。離宮の聖女が本物ならニクスに会わせるのは危険だ」
自分の子であるロイドがまさか聖女を連れてニクスに会いに行くなど、誰が予想できたことか。その事実を聞かされたヴェリトールは震えあがった。
しかし、神はヴェリトールに味方した。ニクスの足は治っていない。聖女の奇跡ですらあの足は治せない。だが安心するのはまだ早い。聖女代理の洋子の実力はあまりにも稚拙で、その稚拙さを大神官や大魔術師がカバーしているだけのこと。油断は出来ない。
離宮の聖女がニクスに出会うこと、それだけはなんとしても阻止しなくては。
ヴェリトールがオルワックとロベルトに楽観的すぎると注意を促した。
「あれは一生、離宮の中に閉じ込めておけばいい。絶対に誰にも会わせず、離宮から出すこともするな。離宮の出入りはオルワック、お前が管理せよ」
また仕事が増えたと少し顔を曇らせるオルワックにロベルトが同情するようにワイングラスを掲げた。
「……かしこまりました。ですか、一部では離宮の聖女様が不当な待遇を強いられていると噂になっています。儀式に参加した神殿派の貴族達もそろそろ騒ぎ立てる頃かと」
「確かに、神殿側もまた煩くなっていると聞く。銀山と小麦畑をくれてやったというのに恥知らず共め。だが、神殿側がこの事を公表すれば面倒なことになるのも事実。これ以上国が保護するには理由が必要だな……」
答えのない質問に、全員が口を閉ざした。
「ではこういうのはどうでしょう、離宮のハズレ聖女はわがままで贅の限りをつくしており、国はこれ以上彼女の浪費で国庫を枯らしたくはないため神殿へ送り返そうとしている、という噂をまいてみるのは」
「それは結局、神殿が聖女を引き取るという話にならんか?」
「ええ、きっと神殿側がコンタクト取ってくるでしょう。ですが、ユリウス大神官ではなく、ミシェル神官長に話を持っていくのです。神官長は金にがめつい女で、ユリウス大神官に好意をよせていると。ヨーコ様に直接ユリウス大神官には近づくなと警告をしていた、という報告もあがってます」
「セレフィラといい、恋は女を狂わす最大の病よ」
「なるほど、金遣いの荒い離宮の聖女は男好きでユリウス大神官のような美形を好む、と付け加えるだけでよいと?」
半信半疑だったロベルトも、不確定要素の多い作戦だが、否定する理由もなく、もし失敗したとしても、オルワックの責任だと緩く頷いた。
「ええ、神殿へ聖女が入れば当代の大神官が世話をするのが習わし。ハズレの聖女と呼ばれる男好きの若い娘が神殿でユリウス大神官と二人きりなど、ミシェル神官長が許すはずありません」
「神殿へ聖女が入ればそこは聖域と化す。聖域には当代の大神官しか入れず、そこで何が起きるかなど二人にしか分からない」
「なんともまぁ、神に仕える神官という身でありながら男に現を抜かすとは。神殿も地に落ちたな」
ハハハと盛大な笑いが三人から溢れた。
そろそろこの密会も終了だろう、部屋の前に立つオリバーは複雑な心境に陥っていた。
ニクス殿下が王位や政から退き、不安になる貴族院や国民を安心させるためヴェリトール殿下は多大な努力をした。
前国王陛下にもその努力が認めらようとした。だが、その矢先、前国王陛下は病により崩御された。残念でならない。
それでも悲しみに伏せることなく国のために尽力するヴェリトール陛下の助けになりたくて、防衛兵から一転、ヴェリトール陛下の近衛兵になるため志願し、今以上に努力した。
そして、その努力が実り、つい先日、近衛兵のしかも副隊長の座まで上り詰めた。と思っていた。
だが、蓋を開ければそれは間違いだということを知ってしまった。
クレアが聖女の護衛となったことを知った陛下が、情報を目的としクレアの兄である自分を副隊長へ任命したということに。
クレアとは頻繁に連絡を取り合う中だが、ヴェリトール陛下の近衛兵になったことを伝えれば、どうしてと泣かれた。
クレアはきっと知っていたのだ。ヴェリトール陛下が善ではないと。
現にこの部屋の中で良からぬ密談が繰り広げられている。微かに聞こえる断片的な言葉を拾い集めれば自分の首が飛ぶ。
酒の勢いで暴露してしまえば家族を危険にさらしてしまう。家に帰ることもやめ、近衛の宿舎に入り、大好きなお酒もやめた。酒好きのオリバーが禁酒したことに同僚たちが驚いていたが、自分と妹の命がかかっている以上、下手なことはできない。
ああ、俺の人生はどうなるんだろうか。可愛い嫁さんを貰って、子供は三人がいい。男の子一人と女の子二人。男の子が成長して騎士にでもなれば、俺は引退して嫁さんと娘二人と田舎に帰るのもいい。
そんな人生プランを考えていたのに、無駄にやる気を出してしまったせいでとんでもない事に巻き込まれてしまったではないか。
「神様ってどこに居るんだろ」
ぼんやり眺めた外では馬が複数慌ただしく走っていた。




