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13 ただいま


 いつの間にか最後の一人となった襲撃者が目の前で起こった奇跡の色に、動けないでいた。ニクスは、容易に武器を弾き飛ばし、その場で膝をつかせた。襲撃者も何の抵抗もせず、それを受け入れている。


「誰の命令か吐いてもらうぞ」

「虹色……このお方が本当の聖女様、なのか?」

「……この男の身柄を拘束しろ」


 治療が終わり光が静まると、ナダルはゆっくりと体を起こした。自分に起きた奇跡が信じられないというように、あちこち体を確認している。


「聖女様……俺は、確かに剣で斬られて」

「子供には親が必要なんです」

「あ……、妻が、女の子が欲しいと……、生まれたばかり、なんです」

「うんと抱きしめてあげてください」

「ありがとうございます、この御恩は一生忘れません」

 

 奇跡に涙を流すナダルは帽子で顔を隠した。美愛は少しの脱力感を覚え、立つこともままならず、その場でホッとしたのも束の間、凄い形相のニクスがこちらを見ている。


「ひえっ」

「どういうことか、説明いただこうか?」

「あ、あの、彼の傷がとても深くて、このままだと、その死んでしまうと思って……」


 初めてニクスの溜息を聞いた気がした。失われようとしていた命が助かったのだ、誰もそれ以上責めることはできない。

 他に怪我人もなく馬も馬車も無事で済んだのは幸いだった。


「公爵様、この者はいかがいたしましょう」

「なぁ、あんたが聖女様なのか? お願いだ、俺はあんたに」

「やめないかっ」


 護衛の人が騒ぎ立てる襲撃者に黙れと地面に抑えつけた。

 襲撃者は全部で五人。四人の遺体を護衛が魔法で燃やした。拘束された一人は、今地面に伏している細身で褐色の肌の男だった。

 何か事情があるのだろうか、地面に抑えつけられ身動きの取れない男はぐぅと呻くだけで、暴れるようなことはしなかった。


「貴様、名は? 誰に命令された?」

「……」


 ニクスの問いにぷいとそっぽを向くように沈黙で答えた。その沈黙に耐えられないというようにポン、とポップアップしてくる個人情報。美愛は一応目を通した。


■フィロ(19歳)

・狙撃 Lv.78

・短剣 Lv.42

・アサシンギルド所属

・聖女信仰心 76%


 待って。信仰心ってなに。

 一向に話が進まない現状に、美愛は恐る恐る口を開いた。


「えーっと、貴方お名前は?」

「フィロ」

「……」


 美愛の問いには条件反射のようにすぐに答えた襲撃者に、ニクスの口から舌打ちが聞こえたような気がするけどきっと気のせいだと思う。

 地面からやっと起き上がれたフィロは、ペッペッと砂混じりの血を吐いた。


「誰に命令された?」


 再びニクスの問いには黙るフィロに、答えるよう目配せをすれば、フィロは仕方ないな、という態度で口を開いた。


「俺はギルドに所属しているだけだ。依頼主が知りたいならギルドに聞け」

「そうか、ではもう用は済んだ」

「いや、待て待ておっさん! 俺は影だ。俺みたいなのが聖女様の護衛に必要だと思わない?」

「全く思わん」

「いやいや、聖女様が二人居るんだ、必要なはずだ」

 

 瞬間、ニクスの剣が男の首を捉えた。


「どうして知っているのかって? うちは表向きは情報屋だぞ。その程度の情報なんてゴロゴロ手に入る。俺を殺すのは簡単だけど、俺みたいな影を手に入れるのは難しいだろ? 特にあんたみたいなのは。それに、俺は聖女様を裏切るような真似絶対にしない」

「信用できない」

「に、ニクスさん、嘘を言ってるようには見えないです」


 同時にピロン、と音を立てフィロの聖女信仰心のパーセンテージが上がっていくのが見えた。いや、なんか怖いんですけど。


「信じてもいいかなって」

「……今まさに襲い掛かって来た人間をどう信じろと?」

「それは、そうなんですけど」


 地を這うような声に肩を震わす。確かにそうだ。今の今で信用しろとは言えないし、この個人情報がなければ美愛でも彼を信用するのは無理だ。


「まさかあんたが聖女様と一緒にいるなんて思ってなかった」

「知っていたらこの馬車を襲わなかったと?」

「まぁ、聖女様が居ない時を狙うかな」


 さも自分は悪い事をしていないような態度でしれっと答えるフィロに肩を竦めた。

 この情報だけを見ると彼が嘘を言ってるようには思えない。聖女信仰心って、言わば聖女を崇拝してくれているということでしょう? そんな人が聖女を害したり、裏切ったりなんて。いや、待て。これは私に対しての信仰心ではなく、聖女に対する信仰心で、同じ力を持ってる洋子さんに対してもこんな態度なのかな。

 洋子と美愛のどちらが聖女なのかという壁にぶち当たれば、洋子の功績を知る者はきっとこの国の為に働いてる彼女を選ぶ。それを考えたら少し複雑な気持ちにはなるのだが、そうだと分かっていても、今、自分の目の前で生きている人間を殺すという選択肢を美愛は選ぶことはない。


「うーん、ニクスさんを狙わないって約束してくれるなら」

「依頼は失敗。生存しているのがバレたら俺は組織から追われる身になる。いつまでもこのおっさんを狙うなんて面倒なことしないよ。聖女様が守ってくれないと俺、死んじゃうかも」

「それはちょっと反応に困るかも」


 もうニクスの命は狙わないと言う彼は、自分の命が危ういと言うのに飄々としている。彼の事を知らなければ何も思わなかっただろう。でも、知ってしまった以上、放っておくのは嫌だ。命がかかっているのなら尚更。

 それでもやはり、他人の命を狙って襲って来た人間なのだという事実に踏ん切りをつけれず、うんうん唸っているとニクスが美愛を抱き上げた。


「いつまでもここに居るわけにはいかない。移動しよう」


 お姫様抱っこという乙女(わたし)の夢がまた一つ叶ってしまった。

 馬車の中で不可抗力とはいえ、ニクスの胸に飛び込んでしまった時に気付いてしまったのだけど、ニクスさんの胸板がすごい。腕もがっしりしてて、なんだろう、私の語彙力がないのがつらい。この逞しい体をどうやって後世に伝えていくか、じっくり考えなくては。

 そのまま馬車に乗せられ、ニクスに嫌そうな顔をされたがなんとかフィロも馬車に乗せることができた。フィロは魔法で作り出された拘束具でがっちりと拘束されたまま美愛の隣に座ろうとしたが、ニクスに首根っこを掴まれ「お前は床に座れ」と凄まれフィロは大人しく床に正座していた。


「何について悩んでいるか聞いても?」

「えっと、死ぬのが分かってる人を放っておけないって事と、ニクスさんの命を狙って来た人だからその罰はちゃんと受けてもらいたい……」


 実際ナダルは死にかけている。たとえフィロが直接彼を傷つけたわけではなくても。


「フィロ君を助けたいけど、悪事を働く人間を無罪放免にするのは抵抗があるってことだよねぇ」


 ちょけたように言うフィロの顔をニクスが容赦なく踏みつけた。


「聖女様がそこまでこの男の処遇に迷うのなら、今回は私に預けて頂いても?」


 その言葉と行動に若干不安げな表情をした美愛にニクスはフッと微笑みかけた。


「今すぐに命を取るような事はしない。だが、そのかわりに誓約書に血判してもらう」

「嫌です嫌です! こんなおっさんに一生を使うなんて絶対嫌だっ」


 今まで飄々としていたフィロがニクスの足の下で途端に拒絶反応を示した。 


「けっぱん?」

「魔法の誓約書を作り、血と魔力で己の名を刻む」


 青い光と共にニクスの前に現れる紙とペン。

 とても綺麗だが、フィロが怯えたように口を開く。


「あのね聖女様、サインする側は一生に一度しか出来ないんだ。だから安易にしたらダメなんだよ。この誓約を破れば、課せられているペナルティが即時発動するから」

「……つまり、誓約書のペナルティって」


 フィロの怯えように何となく察してしまったが確認せずにはいられない。美愛は恐る恐るニクスの目を見た。

 

「命」


 そこには口元が吊り上がっているニクスの顔があった。



 馬車に揺られ、ようやくカインと合流できた美愛は、そのままカインが用意した馬車へ乗り込んだ。


「ニクスさん、本当にありがとうございました!」

「いえ私のせいで危険な目に合わせてしまった……、この埋め合わせは必ず」

「でも、守ってくれた」

「……いや」

「あ、フィロ君の事、よろしくお願いしますね」


 急にフィロの名前を出せば、少しむっとしたような顔になった。それも素敵だ。なんて、笑えるくらいにはちょっと立ち直ったかな?

 そんな二人のやり取りに割り込むようにフィロが首を出した。


「俺もそっちの馬車に乗りたい」

「細かい誓約書を作るまで、貴様は我が邸の地下牢だ」

「聖女様と離れるのは嫌なんだけど、まぁ仕方ないか。またね、聖女様。次会う時は君の味方だよ」


 それはどういう意味?

 聞く間もなくニクスの馬車は行ってしまった。

 先ほどの馬車とは違う、硬い座席の背もたれに体を預けた。


「ミア様、出発させてよろしいですか?」

「あ、はい! 帰りましょう」


 一時間かけてゆっくりと帰宅した美愛におかえりなさいの声が響いて、馬車まで出迎えに来てくれたメアリーもクレアも心配で眠れませんでしたと目の下にクマを作っている。

 たった一日のことなのに、なんだか久しぶりに会ったような気持ちになった。そして、ここから出るために努力しているのに、ここに帰ってこれたことに安心している自分が居て、自然と笑顔が溢れた。


「みんな、ただいま!」



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