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12 不平等な現実

 

 ここはどこだろうか。

 いつもと違うベッドは手触りも良く、寝心地がとてもよい。ずっとごろごろしてたくなる。


「いや、そうじゃなくて、ここどこ……」


 確か、怒って飛び出して店の近くにしゃがみこんで……、そこから記憶がない!

 ハッ! そうだ、せっかくのお肉が食べれなかったんだ!


「お目覚めになられましたか、聖女様」


 優しくて低いこの声は。確認するように視線をやればそこにはいつもよりラフな格好をしたニクスだった。

 昨日、勝手に席を立ってしまった事、怒っているだろうか。謝らなきゃ。

 ベッドの上で正座をし、手をついた。


「あ、あの、昨日はごめんなさ」

「昨夜は大変申し訳ございませんでした。罪なら甘んじて受け入れます」

「えっと」

「従業員が私情を持ち込むなど、決してあってはならないこと」


 美愛の言葉を遮り膝をつき、許しを請うニクス。

 全部知ってるんだ? どうして貴方が謝るの? 悪いことなんてしてないのに。

 ああ、そうか、それは、きっと――


「私が聖女だから、ですか」


 その問いに、ニクスが答えることはなかった。

 沈黙が続く中、ポン、と現れたウィンドウに、美愛は目を瞠った。


■ニクス・ラウダ(42歳)

・スキル詳細不明

・ラウダ公爵家当主


 公爵家の当主で42歳なら、結婚だってしているだろうし、子供だってきっと居る。どうして勝手に彼が独身だと思ったのだろう。

 そして、どうしてこんなにも悲しいと感じているのか。

 そうか、私はきっと、ニクスさんに恋してたんだ。

 今まで誰かに好意を寄せたり、好きになったりしたことがないから、よくわからないけど、この世界に来てあんなにも優しくされたのが初めてのことで、勘違いしているだけなのかもしれない。

 だけど、ニクスとのダンスの時間は今でも夢なんじゃないかって思うくらい幸せだったし、昨日もみっともない恰好を見られて幻滅されたくなかった。

 どれもこれも今思えばニクスに恋していたからだ。コーデリアさんに対してあんなにも怒りが湧いてきたのもそういうことだったんだ。

 ああ、バカだな、私は。一人で勝手に盛り上がって、一人で勝手に怒って傷付いて。ずっと私が聖女だから親切にしてくれただけなのに。そんな優しいニクスさんを困らせるなんて、本当にバカだ。


「き、きっと私が、コーデリアさんの気に入らないことをしてしまったんです。だから気にしてません」

「……聖女様」

「あ、そろそろ離宮に戻らないとメアリーも心配してるし」

「ここは私の所有する別荘です。準備が出来次第、離宮へお送りいたします。不便でしょうが、それまで我が邸でお寛ぎください」

 そう言うや否や、侍女たちが複数に部屋に入ってきた。

 

「えっ」


 何事だと考えてる間に侍女たちに連れられお風呂に入り、全身泡まみれにされ、お湯攻めにあい、マッサージをうけ、お肌の手入れをされた。


「おお?」


 また新たなワンピースを着せられ、髪を綺麗に梳いてくれる。化粧を済ませたら食堂に案内され、テーブルに着いた。この間、一時間もかかってない。入れ替わり立ち代わり複数の侍女が忙しなく動いてくれて至れり尽くせりだ。

 メアリーはいつもこれを一人でしてくれているのか。帰ったらありがとうって言わなきゃ。

 そして、このワンピース一体誰のだろう。サイズもぴったり。もしかして、娘さん……?


 食堂の大きなテーブルの上には誰が食べるんだというような量の料理が所狭しと並んでいた。

 テーブルに座る人間は美愛一人でニクスの姿はない。この量をまさか一人で? そう戦慄していると、侍女が小皿に取り分けて美愛の前に並べてくれた。

 美愛はぐぅと鳴くお腹には勝てず、侍女たちが見守る中、緊張な面持ちでナイフとフォークを取った。

 昨日のレストランの料理もすごく美味しかったけど、公爵家の料理も凄く口にあって美味しい。取り分けてくれた分はぺろりと平らげ満足だとナイフとフォークを置いた。

 それを察知した侍女たちが料理を片付け始めると同時に、今度は甘い匂いを漂わせたケーキたちが現れた。

 甘いものは別腹。当然なんだよね。


「あ、このタルトすごく美味しい」

 

 ぼそりと呟いた声を侍女たちは聞き逃さなかった。すかさず美愛の前に褒められた同種のタルトが複数現れ、別のタルトや似たフルーツが乗っているケーキなどが増やされ、さきよりも彩り豊かになった。

 これは滅多なことをいうもんじゃないな、と美愛は心に誓った。


「いや、でもこれはこれで……」


 悪くない。


 食事も終わり、ニクスがやっと食堂に顔を出した。

 どうやら馬車の準備ができたようで、世話をしてくれた侍女達に感謝を伝え、用意された馬車に乗り込んだ。

 一人で帰るのかと思ったら、ニクスも同じ馬車に乗り込んだ。目の前に座るニクスに視線すら合わせられず、美愛はぎこちなさを隠し、馬車の窓から外を見た。

 やばい、めっちゃ緊張する。

 意識してしまえば芽生えた恋心に蓋をするのは至難の業。美愛は高鳴る胸の鼓動に静まれと無駄に癒しの力を加えた。治るわけもないのに。

 

「市街地にカイン・アルベールを呼んでいるので、そこでカインの用意した別の馬車で離宮にお戻りください」

「はい」

 

 私が届けられるのはそこまでだ、とニクスは申し訳なさそうに言うが、本来であればやる必要のない事。申し訳ないと感じるのは美愛の方だった。


「あ、あの、ニクスさん、本当にごめんなさい! ニクスさんにご迷惑ばかりおかけしてっ」


■warning!

・襲撃


「へ?」


 言葉を遮るかのように目の前にウィンドウがポップアップしたかと思った瞬間、ガゴンッというけたたましい音と衝撃に美愛は悲鳴と共に座席から前方へと飛び出した。

 ニクスの胸に飛び込む形で、その腕の中に納まった美愛はかちこちに固まっていた。蓋をしようとしている気持ちが燻って今にも燃えてしまいそうに。

 だ、だめだめ! 不倫なんて最低だ! ニクスさんがそんな最低な人なわけないし、私だって嫌だって何考えてんの、こんな非常事態に!


「怪我は?」

「だ、大丈夫、ありません」


 ニクスを突き放す様に体を離そうとしたが、ニクスの腕が固く、離れることができない。

 再び大きな揺れの後、馬車が完全に停車した。


「しゅ、襲撃です!」


 その声とほぼ同時に悲鳴が響き渡った。

 誰の声? 味方? それとも襲撃者? 襲撃ってなに? 私が狙われているの? 

 そう考えたら全身の毛が粟立つような恐怖が美愛を襲う。


「ここでじっとしてなさい」


 ゆっくりと座席を変わるように座らせられ、美愛の体を離した。

 ニクスは、杖を片手に扉を開け、ゆっくりと降りる。


「誰の馬車か理解しての狼藉か?」

「お命頂戴する」


 すると再び、ニクスの個人情報が勝手にポップアップされる。

 今じゃない、と思いながらもその内容を辿れば、詳細不明のスキルに剣技が追加されていた。

 しかも、レベルが94もある。す、凄い。ちなみに、私の癒しの力はまだ20にもないっていない。

 複数の足音が聞こえる。馬車に乗るとき、帯同しているのは護衛を含めた三人。さっきの悲鳴は誰の悲鳴だ? 誰も怪我しないで、ギュッと拳を握りしめた。

 この世界はそういう世界だと、頭では分かっていたが、本当に目の前で起きていることが現実かどうか、分からなくなる。いつだって死は不平等にやってくるという事実が突き刺さる。

 そっと窓から顔を覗かせる美愛の視界に映ったのは、倒れた御者の人だった。


■ナダル(36歳)

・公爵家専属の御者

・先日二人目の子供が生まれた

・失血死まで残り3分

 

 はぁ?! そんなのダメに決まってる!

 外が危険だとしても、彼がこのまま死ぬのを黙ってみてるだけなんて絶対にあってはならない。怖がるな、何のための癒しの力だ! 何のための聖女だ! 馬車のドアノブをグッと握りしめ、早く外へ、と。

 飛び出した美愛が合図のように、たちまち闘いの音が響く。剣がぶつかる音、砂を蹴る音。起こる闘争、それに目もくれず、美愛はナダルの傍に駆け寄った。

 足音がすぐそこに迫ってるのが分かる。

 でも今は恐怖なんて要らない、私には、(ニクス)がついてる。

 ニクスが美愛に迫る刺客の前に立ち塞がり、間もなく、眩い虹色の光が彼らを覆った。


「なんだ、と」



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