コーデリアの焦燥
伯爵家の令嬢として生まれ、蝶よ花よと育てられた。
私は誰よりも美しい。
真っ赤なドレスが似合う、金の髪にルビーのような瞳と唇。私と出会った男は皆私を好きになる。そう思って疑わなかった。
コーデリアがニクスと出会ったのは社交界デビューと同時だった。
あの日、デビュタントが一堂に会するホールで不覚にも人に酔ってしまったコーデリアは、人込みを避けるため出口までよたよたと歩いていた。少し俯いてふらふらした足取りで、前方の人間に気付くことができなかった。誰かにぶつかってしまった。
初めての社交界で、なんという失態だ。恥ずかしさのあまり気分も相俟って涙が溢れた。
それに驚いた相手がすかさずハンカチを差し出してきたのだ。
「ここを真っ直ぐ行けば侍女が居る。休憩室に案内してもらうといい」
優しく気遣ってくれる彼に感謝の言葉さえ碌に言えず、その場を立ち去ってしまった。
家に帰るなり部屋に閉じこもってしまった。コーデリアを心配した友人が訪ねてきて、その令嬢から聞いた話ではあるが、アルベール家の令嬢が特に目立っており、自分たちは彼女を引き立てるだけの存在だったと。コーデリアさえ居てくれれば、そういわれた。
コーデリアにとっては散々な結果に終わったデビュタントだと思ったが、あの時ぶつかった相手が第一王子のニクスだったと知った時には、神様はまだ私を見捨てていないと確信した。
ハンカチのお礼と、失礼な態度をとってしまったことに対しての謝罪をするため、王室へ手紙を出した。
結果は快く王室へ招待する旨の返事を受け取り、我が家はお祭り騒ぎ。伯爵家から王太子妃が出るぞ、と。運命だと思った。きっとニクスもコーデリアの美しさに心を奪われたのだ。そう信じてやまなかった。
まだ気が早いわ。そういう母の顔は満面の笑みで、父は新しい事業を計画した。
だが、招かれた王室でコーデリアのプライドはズタズタにされた。
離宮に通され、色とりどりの花が咲く庭園。この素敵な庭が将来自分のものになるのかと口元が緩くなる。
しかし、庭園のどこにもニクスの姿が見えず、辺りを見回していると、背後から足音が聞こえ、待ってましたと言わんばかりに振り返った。
「コーデリア嬢、ようこそお越しくださいました」
振り返った先に居たのは、シアンの髪に淡いブルーのドレスを纏った女だった。明らかに侍女ではないその出で立ちにコーデリアの体が震えた。
「あの、ニクス殿下は」
「ニクスは急に公務が入ってしまって。ですので代わりにセレフィラ・アルベールが御用を承ります」
アルベール侯爵家の令嬢。
デビュタントで一番目立っていたと噂の女。何故ここに。
「あ、いえ、デビュタントの時に失礼にもニクス殿下にぶつかってしまって、その謝罪をと……」
「そうなの? でも大丈夫よ、ニクスはそんなこと気にするような人ではないわ。気にしていたらこちらを優先しているもの」
そんなこと? 優先? この女は何を言ってるのだ。
「ハンカチを貸していただいたのですが、今日は失礼いたしますわ。直接お返しするのが礼儀ですので」
「あら、そのハンカチ、私のだわ。あの人、まだ使ってくれていたのね」
ふざけるな。
それからハンカチを投げつけるように返してしまい、それが問題になるかとビクビク震えたが、音沙汰もなかった。まるで、コーデリアのことなど眼中にありません、と言われているようで腹の中にどす黒いものが渦巻いていくのが分かる。
侯爵家の人間だからといって、諦めるわけにはいかない。ニクス殿下は自分のものだと教えてやらないと。
数年。
ことあるごとにセレフィラを出し抜こうとしたが、悉く失敗に終わり、そして、ついにニクスとセレフィラの婚約が発表された。
招待状を破り捨ててやりたかったが、最後のチャンスだと、ニクスの好きな青を身に纏い、王宮へ向かった。
しかし、そこへ現れた二人は、お揃いの淡いブルーを着て、幸せそうに見つめあっていた。
勝てなかった。
伯爵家が侯爵家に勝てるわけがない。そう思い知らされた。
コーデリアは生きる意欲もなく、勧められた愛のない結婚に身を沈めた。
それゆえか、子供ができず、毎日義父母に責められる地獄の日々。
そんなコーデリアに千載一遇のチャンスが訪れた。
ニクスが公爵家に入り、アルベール家との婚約も解消したというチャンスが。
歯痒い思いでニクスを諦めたはずなのに、復活した彼への愛。子供もできない私とは離縁してくれと、コーデリアは離婚までしてニクスに近づいた。
しかし、何故か会うこともままならない。
でも大丈夫、彼はきっと私が来るの待っているの。私の覚悟を知ってくれれば私だけをみてくれるはず。
コーデリアは少しでも彼の傍にいるため、身分を捨ててまでこのニクスが出資したレストランの支配人となったのだ。
彼の為に! 彼の妻になるために!
それなのに、なんだ、あの女は。
どうしてニクスの隣に平気な顔で立てる?
許せない。許さない。絶対に。
憤る思いをテーブルに叩きつけた。
その様子を目撃してしまったのか、引きつった表情のウェイターがおずおずと口を開いた。
「し、支配人、すみません……、お客様よりナイフが切りづらいとのことで、新しいナイフに交換したのですが、この古いナイフはどうしましょう」
「え? あぁ、それは廃棄の箱に……いえ、私が預かるわ」
コーデリアはウェイターから廃棄のナイフを受け取った。
そうだ、ニクスの前で恥をかかせてやろう。
ナイフを見つめながら、笑みを浮かべた。
私のニクスに手を出す愚か者に自分の立場を分からせてやらないと。




