10 刻まれた痛み
一週間。
一週間ほぼ毎日のようにダンスレッスンにあけくれた。ニクスも都度やってきて手を取ってくれる。しかも、服が少ないという美愛の為にレッスン用と普段使い用のドレスを大量に持参して。
おかげで真新しいドレスで埋まったドレスルームを見て、メアリーがにんまりしている。
好きなの持って行ってもいいよ、と言えば、これは聖女様用に仕立てられたものなのでダメ! そうきっぱりと拒否されたが、サンプル品でしたら何でもいただきます、ニコリと笑うメアリーはとてもちゃっかりしていた。
そして今日、一曲通してミスが無ければ卒業となる運命の日。
美愛は丁寧に、慎重に踊っていく。動きを思い出しながら。
やがて踊り終えた美愛は、得意げな顔でニクスを見た。
「どうですか、ニクス先生!」
いつの間にか先生と呼ぶようになった美愛にニクスはふわっと笑った。
「教師としての役目は今日で廃業のようだ」
「やったー! 合格だー!」
「では、次はテーブルマナーですね」
「えっ」
ダンスレッスンから解放され喜んでいる美愛に、クレアが追加の注文をつけてきた。聖女様の食事のご様子を見ていると、不安です。そう言われてがっくりと肩を落とした。
「ではダンスレッスン卒業のお祝いとして、今宵のディナーを招待させていただきたい」
そうして、メアリーとクレアに押し出されるように離宮を出発し、流れるまま中央通りへとやってきた。
マナーの練習ということでフリルが控えめのワンピースを選んでもらった。日本ではお目にかかれないような手触りの良い生地、きっと高いはずだ。聖女の仕事もしていないただの居候が、こんなにも良くしてもらうのは本当に気が引ける。
現にニクスの用意してくれた馬車は以前乗った使用人用の馬車ではなく、貴族が乗っているような豪華な馬車で彼がとても位の高い人なんだと分かる。
そんな事を考えながら、馬車の乗り心地の良さに眠りに落ちないように流れる風景を眺めていた。
ああ、このカフェを過ぎたあたりにあの苦い思い出の店があったな。あのゴシックの店の門が見えた。
建物はあの時のままなのだが、中に光がない。日が暮れ、辺りも暗くなっているのに、明かりがついてない。ショウウィンドウの中あったドレスもない。
今日は定休日なのかな。まぁ、二度と行かない私には関係ないことだ。
馬車の止まった先はホテルのような門構え、日本だと四つ星はあるような高級感漂うレストランだった。
ニクスが杖を取り、ゆっくりと馬車を降りる姿に、やっぱり足治ってなかったんだ、なのにダンスにまで付き合わせてしまった事実に申し訳なさで胸が苦しくなった。もう一度癒しの力で、と両手を合わせようとしたが、ニクスにやんわり断られた。
「先生……」
「大丈夫。これは問題ないし、貴女が気に病むようなことではない。それと、ここでは先生ではなく、ニクスと呼んでくれないか?」
そう差し出されたニクスの手を取り馬車を降りると、レストランの中から数人、慌てた様子で飛び出してきた。
「ニクス様、お久しぶりでございます」
「ああ、連絡もせず悪いな」
「いえ、ニクス様の来訪、我々一同心から感謝申し上げます」
他の従業員とは色の違う制服を着た女性がキラキラと輝く瞳をニクスに向け、次いでニクスの手にひかれる美愛を、なんだお前は、というような怪訝な表情で一瞥した。
「それで、こちらのお嬢様は?」
先より少し棘のある声色に、あれ、この人もしかして、と美愛はなんとなく察してニクスの手を離し一歩下がった。
それに気付いたニクスが、美愛を自分の隣へエスコートするように腰に手をやり自分の方へと引き寄せた。
なんで腰を抱くのですか。運動不足の体はぷにぷになのでやめて欲しい。というか、なんか恥ずかしいよ!
よくわからない感情でぐちゃぐちゃの美愛へトドメをさすように笑みを浮かべながら、自己紹介は名前だけでいい、そう耳元で囁かれた。
「み、美愛といいます」
「当レストラン、アルヴァの支配人、コーデリアと申します」
一礼をするコーデリアは姿勢も良く、金色の髪をまとめ上げ清潔感があり、何より身長が高く働くかっこいい女性だ。
「ミアは私の大切な人だ。丁重にもてなす様に」
ニクスにしれっとそう言われた。
ええ、困ります! なんか、困ります!
目を白黒させる美愛を見て、口元が吊り上がっている。これは絶対からかっている。そう確信した美愛はニクスの大人な余裕に頬を膨らませた。
「……かしこまりました。本日はごゆっくりお楽しみください」
静かにお辞儀をするコーデリアは、ニクスの速度に合わせるようにゆっくりと二人を個室へ案内した。
コーデリア自らニクスへメニュー表を渡し、本日のディナーの説明に入った。
美愛も他のウェイターからメニューを受け取りコーデリアの説明が耳に入ってくるが専門用語が多すぎて右から左に流れていく。
離宮を出るときにメアリーとクレアに、全てニクス様に任せればなんとかる。そうアドバイスを受けたので、ここは素直にニクスに全てを任せ、メニューを閉じた。
それが原因だったのかもしれない。
コーデリアの視線が突き刺さった。それがアンネローズの店員と似ていて、途端に居心地が悪くなった。
「それではコースの準備をいたします」
「ああ、アペリティフは無しで」
「かしこまりました」
コーデリアがニクスの、ウェイターが美愛の前にオードブルを並べると、ウェイターは部屋を出て行ったのに、コーデリアはドアの近くに控えていた。
これじゃあ個室の意味がないような気がする。だが、美愛は高級料理店や個室で食事を摂った経験などなく、こういうものなのかなと。
「ベルを置いて行ってくれ」
「ですが」
「……」
「し、失礼いたします」
テーブルに小さなベルを置き、少し不満そうな顔を隠しながらコーデリアは退室した。
そして、美愛を襲う突然のマナー講習。
ちょっと待って、やっぱコーデリアさん帰ってきて!
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