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ニクス・ラウダの事情


 ニクス・ラウダは奇跡を見た。


 第一王子として生まれ、期待を一身に浴び生きてきた。王になるためにと与えられたすべてを享受し、吸収していった。

 剣も政治も、全てはこの国の為に。そう誓ったニクスは18歳の頃、魔物の進行を防ぐため前線で剣を揮った。

 作戦は上々、このままいけば日暮れには岐路につける。そう、油断してしまった。婚約者から貰った魔除けのアクセサリーがするりとこぼれた。それに気を取られ、そして、魔物により右足を負傷し倒れてしまった。

 気づいた時には岐路の馬車の中だった。体中が悲鳴をあげ、神官からは魔物の強力な毒が体内に入っており、自分だけでは治療は不可能だと、このまま神殿へと向かった。神殿へ着いた頃には既に手遅れで、それ以降右足を満足に動かすことができなくなった。

 王は五体満足でなくてはならない。

 周囲の言葉にも耳を傾けず、渋る父上を説得し、ニクスは王位継承権を弟であるヴェリトールへ、託すことにした。


「兄上、もし兄上の足が治ることがあれば、その時は、王位を兄上にお返しいたします。だから諦めないでください」


 父である王と家臣の前でそう宣言したヴェリトールに、そこにいた一部の家臣たちが兄想いの素晴らしい人間だ、と感嘆の声をあげた。

 ニクス派の家臣たちも、いずれ足が治れば王位に就くニクスのために国政に尽力した。

 ヴェリトールは常日頃ニクスと比べられ、周囲からも散々兄には及ばないと評価され、いつもニクスの陰に隠れていた。誰もがヴェリトールに国を動かすことはできない、そうおもわれていた。

 だが、ヴェリトールは人間をうまく使うことに長けていた。

 魔物により傾く財政を、ニクスが目をかけていた貴族達をうまく使い、立ち直らせた。

 そして、ニクスが以前より進めていた他国との貿易協定も引き継ぎ、ニクス派だった家臣たちと共に成功させ、自分の功績とした。

 月日は過ぎ、多種多様な治療を試みてはいるが医師や神官には奇跡が起きない限り治療は無理だと宣言された。

 しかし、不思議と絶望は感じてはいない。

 国は父王とヴェリトールの尽力のおかげで良き方へ向かっている。

 ニクスは婚約者だったセレフィラ侯爵令嬢をそのままヴェリトールにあてがい、二人の結婚をすすめた。

 このままヴェリトールに全てを任せ、自分は弟の為にできることをすればいいのではないか。今更自分が王位を望んでも、国に混乱を招くだけ。そのような事は不本意だとニクスは治療を諦め、母方の公爵家を継ぐこと決めた。


「兄上、本気で公爵家へ入るのですか?」


 王宮を出て公爵家へ入るため、最後の挨拶をしにヴェリトールの元へ向かった。ヴェリトールは驚いた表情で駆け寄ってきた。


「ヴェリトール、国は陛下とお前の元で良き方へ向かっている。今更私に何ができようか。私は公爵家へ入り国を、お前を支えることを誓おう。だから、お前は父を助け、そして歴史に名を遺す良き王になれ」

「兄上……、僕が、いえ、私が兄上の分までこの国を守ります」


 最後の挨拶を告げ、ニクスは部屋を出た。少し歩いたところで、そういえば印章の指輪を渡しそびれていたことに気付いた。

 この指輪は父王から、自分の身に何かあれば、と有事の際を危惧して託されたものであり、託された時、父王からはくれぐれも自分以外の人間に渡すことはあってはならぬ。そう言われていた。

 だが、それもニクスが王になる事が前提での話。今、この指輪を必要としているのは自分ではなく、ヴェリトールだ。そう思い、ニクスは踵を返した。

 扉付近に人の気配はなく、先まで居た護衛の者が居ない。

 引っかかりを覚えたニクスは様子を伺った。


「僕が歴史に名を遺す良き王になるのなら、兄上は歴史に名を遺す、弟に王位を奪われた間抜けな男だ」

「全くその通りです殿下。これからは国も全てヴェリトール殿下のものでございます」

「全く滑稽だよ。僕に毒を盛られたなんて考えもしないんだろうなあの人は。医師も神官も全員僕の息のかかった者たちだ。足が治るわけもない。やっと諦めてくれて助かったよ。処分する手間が省けた」

「ニクス殿下が進めていた政略や采配を合法的に全てヴェリトール殿下のものにする。素晴らしい作戦ですが、残念なことに怪我の治療でニクス殿下が政から身を引かれてしまいましたから、これからは他の者の手柄を横取り、いえ、取り込まなくては」

「兄上のために僕が頑張らないといけないんだ! くくく、健気で可哀想な王子の演技が板についたよ。お陰でセレフィラも僕の妻になる。兄上の隣でいつも澄ました顔をして僕をバカにしやがって、子供を産むしか役に立たない分際で。くくく、だが、これからは僕が主人だと分からせてやる」

「一部のニクス派の家臣たちは感づいている可能性があるので、処理しておきますか?」

「ああ、もう僕を兄上と比べるようなゴミは必要ない。父上もだ。未だに僕を認めてくれていない」

「ではついに」

「いや、父上にはまだしてもらわねばならないことがある。今はまだ王のまま生かしておけ」


 そこまで聞いて、ニクスは杖の音を鳴らさぬようゆっくりと静かにその場を立ち去った。

 王宮を出ればそこに佇む女性の姿。シアンの柔らかな髪が風に遊ばれていた。


「セレフィラ……」

「ニクス殿下、陛下のことは私にお任せください」

「……すまない」

「貴方のせいではありません。どうぞ、お体にお気を付けて……さようなら」


 きっとセレフィラは、これから自分がどんな目に合うのか気付いていた。助けるなら今しかなかった。だが、ヴェリトールとの婚姻を進めたのは他ならぬ自分である。それを再び覆すことなど誰ができようか。

 王妃教育をすませ、いずれ優秀な王妃となる彼女を何も出来ぬ自分の隣に置いておくことは国にとって大損害である。

 それならば、あの心優しいヴェリトールとなら、そう思っていた。

 私は何も見えてなかった。父上は気付いていたのだろう。ヴェリトールの闇を。

 だが、もうニクスが彼女の手をとることは叶わない。


 それから何年もかけ、別の医師に頼り治療を試みてはいるが、時間がたち過ぎていたこと、受けた毒が複雑で、現状毒が抜けることはない。いずれ、その毒により全身が動かなくなる。そう告げらた。

 医師の処方薬や神官の祈りで毒の進行を緩めてはいるがいつまでもつかわからない。

 ニクスには時間がなかった。

 そんなニクスの元に舞い込んできた知らせが、聖女召喚の儀式だった。もはや奇跡にかけるしかない。二百年に一度の奇跡に。

 儀式には公爵家であるニクスも出席を求めた。だが、儀式の場所が山奥にあるため、その足では無理だと王室に断られた。おそらくヴェリトールが聖女の力で足を治されるのを危惧したのだろう。

 聖女が召喚されれば接触できる機会はまだある。

 そう思っていたが、簡単ではなくなった。

 本来、神殿が聖女を保護するはずが、なぜか王室で保護しているという。ニクスは首を傾げた。神殿側も猛抗議をしているが、ある日を境にそれが静まり返った。金を積まれたか、それとも別の何か取引があったのか。

 王室に保護されてしまえば、ヴェリトールが聖女との面会を認めるわけがない。現に聖女は力が弱く、今は魔物討伐に重きを置きたい、と何度も断られ、後がなくなってきた。

 それでも諦めずにいたニクスに好機は訪れた。聖女の訪問。ヴェリトールの長男で甥であるロイドが自分の地位を固めるため、聖女を引きつれ貴族へ挨拶回りをしているという。

 そして、ついにニクスの番がやってきた。

 素知らぬ顔で甥の成長を喜び、隣の女性へと目をやれば、茶色の髪をロングにおろし、貴族令嬢の間で流行っている袖が大きめのフリルになっているワンピースを身に纏っている。


「初めまして、ラウダ公爵様、橋都 洋子と申します。この世界に来てまだ日は浅いですが、聖女の仕事をさせてもらっています」


 彼女の落ち着き具合から20代後半かと思えば、23歳だという。彼女がしっかりしているのか、ロイドが少し子供っぽいだけなのか。


「伯父さん、このワンピースはヨーコがデザインしたんだ! 今までにないデザインで素敵だとは思わないかい?ヨーコはとても庶民想いなんだ。こういうワンピースを量産して貴族じゃなくても誰でも安価で買えるよなお店を出したいと言ってるんだ」

「ま、まだお店を出したいだなんて考えてなくて、今はデザインだけでも、と」

「それは素晴らしい。是非店の件は推し進めていただきたい。その為に必要なものがあればなんなりと、聖女様」

「ありがとうございます。あの、実はまだその呼び方には慣れなくて、洋子と名前でお呼びください」

「ヨーコは謙虚すぎるんだ。聖女の力だって素晴らしいのに。そうだ、伯父さん、足を診てもらったら?」


 渡りに船とはこのことか。誰に似たのか、腹の底からお前の父を殺したいと思っている男にも気付かず、屈託のない笑顔を向けている。甥の顔を見ているとセレフィラを思い出して、少し毒気が抜けるのが歳をとった証拠なのかもしれない。


「足が悪いのですか?」

「ええ……昔、不覚にも毒を受けてしまってね。それから動きにくくなってしまったんだ。今は薬で進行を抑えてはいるが、いずれは体が麻痺するだろう、と」

「そんな! 私にできるかわかりませんが、診ます」


 虹色の光が小さく光った。

 だが、足が治ることはなかった。少し痺れがとれたくらいで、自由に動かすことはできない。


「お力になれず、すみません」

「なに、気にすることはない。君のおかげで痺れがなくなった、感謝する」


 二人が帰ったあと、ニクスは指輪を撫でた。ヴェリトールへの復讐。ただそれだけを支えに生きてきた。

 聖女でも治せないのなら、もう。


「命運尽きたか」


 諦めようとしていたニクスに一通の手紙が届いた。


『合わせたい方が居ます。月が登る頃、離宮の東にてお待ちしています――A』


 離宮へ足を運んだのはいつぶりだったか。

 幼い頃、母とヴェリトールと三人、ここでよく遊んだ記憶が蘇る。あの頃は賑やかな庭だったが、母が病に伏せるようになり、ここへ来る機会も減っていった。

 母亡き今は手入れ以外で誰も近寄らず、夜になると不気味さまであるこの場所には誰も近寄ろうとしない。

 そんな場所に現れたのは、カイン・アルベール。セレフィラの兄にあたるアルベール侯爵の子息である。


「お待ちしておりました、殿下。こちらです」

 

 カインに連れられた先、待っていたのはセレフィラだった。息が詰まりそうになった。


「お久しぶりですね」

「ああ、君も変わりないようだ」

「時間がありません。用件だけお伝えいたします。召喚された聖女はお二人です。ヨーコ様とは別の聖女様がこの離宮に幽閉され不遇な扱いを受けています」

「どういうことだ」

「ごめんなさい、私にも詳細は知らされていないの。でも侍女たちによれば、幽閉されている方は、何もしないハズレの聖女だと言われている、と」

「それで?」

「人払いは済んでます、聖女様にお会いになってください」

「いや、私は」

「ヴェリトールを許していいのですか?! 貴方を裏切り、前王を殺した大罪人を」

「ヨーコという聖女には治せなかった。虹色に輝く光は伝承に聞く聖女の力だ。別の聖女に会ったとて結果は分かり切っている」

「お願いよ、ニクス……貴方しかいないの」

「……会うだけだ」


 カインが聖女をお連れします、そういって聖女の居る部屋へ向かった。ニクスは人払いされているとはいえ、誰かにセレフィラと二人で居るところを見られると面倒だと、彼女に背を向け離宮内に入った。

 行事の際に会うことも度々あったが、ここ最近はセレフィラが体調不良で表に出ることが少なくなったため、実際に会うのは久しく、健康そうな顔色に安心した。

 そんな物思いに耽っていると、応接室の前付近で何かにぶつかられ、体制を崩してしまった。


「ご、ごめんなさい!」

 

 顔を上げれば、心配そうにこちらを見つめる黒髪、黒目の幼い少女。

 こんな小柄で慌てふためく少女に、ぶつかられただけでひっくり返るとは、情けないな。ニクスはフッと笑みをこぼした。


「いや、私も考え事をしていたようで、君に気づくのが遅れてしまった」

「あの、立てますか? 今治しますね」


 そう、祈りを捧げるように手を組めば、眩い虹色の光が周囲を照らした。洋子の時とは比べものにならない程の光。まさかこの子が、とは思ったがその虹色は間違うことなどない。


「……これは」

「もう大丈夫だと思います!」


 ゆっくりと立ち上がったニクスは立ち尽くしていた。

 少女から落としていた杖を手渡され、気づいた。自分は今、杖を使わずに立っている。


「あの、私どうしても行かなきゃいけなくて」

「待ちなさい、君」

「本当にごめんなさい!」


 そそくさと逃げていく少女を追うようにカインが現れた。


「殿下、聖女様がいませんっ」

「先ほど、そちらへ走って行かれた。……私の足を治してな」

「えっ、それでは」

「……ああ、聖女様をお守りしろ」


 カインは聖女が走り去っていった方へと向かった。

 ニクスもゆっくりとだが後を追い離宮を出た。ふと見上げれば空には満月が淡く輝いている。

 どれくらい空を見上げていなかっただろうか。あの日からずっと俯いていた。

 きっと、今日ここへ来なければ、死ぬまで俯いたまま、そのままこの空に浮かぶ満月の美しさにも気付かなかっただろう。


「奇跡、か」

 

 満月の夜に聖女と出会い、聖女の癒しの力で足が治ったのだ。

 ヨーコと呼ばれる聖女には治せなかった足が。


「殿下、聖女様が倒れていて、その、寝てます」

「……部屋にお連れしなさい」

「はっ」

「カイン、セレフィラに伝えてくれ。ヴェリトールには罪を償ってもらう、と」


  奪われたものは全て返してもらうぞ、ヴェリトール。



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