01 誰かの世界
いつからだろう、誰にも必要とされなくなったのは。
英 美愛という生を受け、両親の元で愛情をたっぷりと注がれ何不自由なく6年を過ごした。
そんなまだ幼い頃に両親が事故で他界。それからは地獄だった。
厄介者扱いで親戚の家をたらいまわし。学校も転々としているため友達もできずに独りぼっち。中学卒業と同時に高校への進学は寮制度の学校を選んだ。
毎日お金のやり繰りに追われ、勉強とバイトとせわしなく、本来のんびり屋の私にとってこの世界は生きにくい。
そんな私にも一つくらいの趣味はあった。携帯一つでなんでもできる世の中、深夜遅くまで漫画や小説を読みふけっては色んな妄想を掻き立てる。
それが異世界。それは夢のような世界だった。
できることならそんな世界に行ってみたい。なんのしがらみのない今、異世界に行けたらどんなに幸せだろうか。
平日の学校と休日のバイトに加え、趣味の夜更かしが祟ってか、美愛は睡眠不足でグロッキー状態に風邪をこじらせ、制服に着替えたところでダウンしてしまった。
学校は休めても仕事へは行かないといけない。制服のままだと気づいたが、着替えるのも億劫で、そのまま重い体を引きずりながら仕事へ向かった。
体調不良の所為で動作が重く、それによりだらだらするなと叱責されながらも仕事を終わらせ帰宅途中、胸が急に苦しくなって、体が崩れ落ちた。ああ、これはダメなやつ。と思っても体に力は入らず、顔が地面が近づいて、瞬間悲鳴が聞こえたけど、もういいか、とそっと目を閉じた。
空に居る両親の元へ行くのだろうか。でも、両親の顔だってもうあんまり覚えてないな。自暴自棄のように自嘲気味に笑えば、ごぼっと液体が肺の中に入ってきて、盛大に咽た。
気付けば変な噴水のようなものの中にいた。ここは天国なのだろうか? いや、そんなわけがない。目の前に広がる噴水だと思っていたのは、光の線で描かれた魔法陣のようなものの中心で、囲いもないのに水が波打っている。
漫画でよく見た光景に美愛は衝撃を受けた。
きっとここが異世界で、私の居場所なんだと、思いたかった。私の隣でここはどこだと騒いでいる女性がいなければ。
剣と魔法、不思議な生物に魔物という存在。説明されている中、私はここで何をして生きていけるのだろうか、と魔法という言葉に胸を高鳴らせていた。隣の女性が話の節々で異議を申し立てるまでは。どうやら彼女は空気が読めないらしい。
「ちょっと待ってもらっていいですか?! 大体こんな幼い子に聖女という役目を押し付けるなんて大人として何も思わないんですか!」
先ほどからこんな調子で叫ぶ女性に、条件反射のようにびくりと体が震えた。
「しかし、鑑定の結果はその少女が聖女だと言ってる。ならば、役目を全うしてもらうしかない」
聖女とは私のことらしい。聖女だなんて本当に漫画の中の世界。これは夢なんだろうか、と頬を抓ってみたりしていた。痛い。
「役目? 了承もなく勝手に連れてきておいて、そのうえ役目を押し付けるなんてどうかしてるわっ」
というか、本当に先からこの女性、めちゃくちゃうるさい。確かに彼女は巻き込まれてしまったのかもしれないけれど、とりあえず説明くらい静かに聞いてほしい。結局、私はなにをしたらいいの?
「貴女を巻き込んでしまったことは申し訳なく思いますが、聖女としてこの世界に来た以上、働いてもらわなくては」
「それがおかしいっていってるんでしょう? 自分たちじゃ何もできないのに彼女一人にすべてを背負わせるなんて非常識にもほどがある」
ずっと説明をしてくれている神官のような白いローブを着込んだ男性が困り果てたように肩を竦めた。それでも彼女は止まらない。自分は間違ってない、と言わんばかりに相手を言葉で追い詰めていた。
別に私は何も言ってないのに、どうして私のことを自分のことのように言えるのだろうか。神官も助けてくれと私の方へ視線をやれば、かち合った。いや、声掛けづら。
そうは言っても、そろそろ話が進まないので声をかけた方がいいのかもしれない。でも、生来のコミュ障がここで仇となる。
「あ、あの、大丈夫、です……私が聖女だというのなら、その力があるのなら、私、が、頑張ってみますから」
めちゃくちゃどもってしまった……。
「貴女……無理しなくていいのよ! 貴女が背負う必要なんてないんだから!」
そういって私の手をぎゅっと握りしめた。途端に虹色に輝く光の粒が現れ二人の手をキラキラと包み込んでいる。
これが、魔法の力?
「これは……」
神官が驚愕の声を上げた。私はやっぱり聖女なんだ。ここが私の世界なんだ。嬉しさのあまり顔が綻んでしまう。しかし、その喜びもすぐに雲行きが怪しくなった。
「どうやら貴女にも聖女の力があるようですね?」
「え?」
「は?」
貴女も、って……。
「どういうことですか?!」
私が聞きたかったセリフを彼女が口走った。神官は戸惑いを隠せない様子で口を開いた。
虹色に輝く光は聖女の力の共鳴。つまり、彼女も私と同じ聖女としての力を持っているということ。
「どうやら力は小さいようだが」
「……本当ですか?」
女が意を決したように口を開いた。いやいや、めちゃくちゃ嫌な予感する。
「なら、私が彼女の代わりに聖女として役目を果たします! だから、この子には無理なことを強いらないでください!」
名前も知らぬ女が、私の代わりに聖女をすると言い出した。ちょっと待って、私はやらないなんて一言も言ってないのに。私の控えめな抗議も空しく、そこに居た大人たちが何故か揃って首を縦にふった。
結果、うるさい女もとい、橋都洋子がこの世界の聖女となった。
なんで??