STORIES 076: 鮮血
STORIES 076
とても暑い夏の日、外気温はもう30度をだいぶ超えているのだろう。
事務作業の傍ら、応接スペースで来客応対をしていた上司に呼ばれ、売り込みに来た商材の話に加わった。
そこに組み合わせる資材のサンプルがあるほうが、たぶん話が早い。
その場を抜け、使い慣れたパイプカッターを取り出し、事務所裏に置かれたポリエチレンパイプを50cmほど切り出そうとした。
吹き出るように汗が流れる。
30mほど巻かれた太いパイプを手元に引き寄せ、少し不安定な体勢でカットしようとした。
スパッ…
手元を誤り、カッターの刃が水平に滑る。
軽い痛みとともに、鮮やかな赤いものが滴り落ちる。
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あ、やっちゃったな。
傷口は数ミリ程度の浅さ。
長さは1cmにも満たない。
その割には、流れ落ちる量が多い。
咄嗟に親指を口に含む。
鉄の味が広がる。
あ、これは止まらないな…
持っていたものを脇に置き、傷口を指で圧迫しながら周りを水道水で洗い流す。
念の為、口元なども。
圧迫を続けながら、車や事務所のなかの絆創膏を探し回り、今度はしっかりと止血した。
ちょっと大袈裟なくらい流れるものだから…
痛みなどより、他の人たちに見られたり、床に垂らしたりしないように気を付けるほうに苦労する。
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刃物を扱っていると、たまに怪我をする。
切れない刃ほど失敗しやすい、ともいわれる。
けれど、やはり鋭利に研ぎ澄まされたもののほうが、心象としては数段怖い。
そして、大抵は清潔な室内ではなく、屋外や山の中だったりもする。
亡くなった祖母は、若い頃に鎌で草刈りをしていて指を落としたことがあったそうだ。
適切に処置されたため、傷跡は残ったものの、失くしてしまうことはなかった。
とにかく早く医療機関へ。
その原則は変わらない。
まぁ、今回はそこまでのものでははないが。
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2時間半も経過しただろうか。
強めに巻いた絆創膏の下から、赤黒い染みが滲み始めた。
洗い物をしたり、少し力をかけたりすると、簡単に傷口が開いてしまう。
いずれは無人島で暮らすのが夢だ、なんて気楽に言うけれど…
おそらく僕は、飢えや渇きよりも先に、傷口からの感染症であっさりと命を落としてしまうのだろう。
そんなことを考えながら、飽き始めたデスクワークにため息をつく、夏の終わりの午後。